悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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「えっ、今何か言った?」


「ありがとうって言ったんだよ。ほら早く行くぞ」


 彼は私から視線を背けるとさっさと案内をしている店員に着いていってしまう。だが私は彼の手の動きを見逃さなかった。


 耳を触ってる…照れてるの?


 小説でもよく記載されていた彼の癖であり、私も何度か目にしたことがある。


 だが何故照れているのかが分からないため、私は困惑せざるを得なかった。


 そして私達がとある店員の前を通り過ぎたその瞬間、その店員の表情が一瞬にして変わる。彼は慌てて私とアレクシスに小声で声をかけてきた。


「失礼を承知で伺いますが…もしかして…アレクシス=エトワール殿下とリティシア=ブロンド公女様でいらっしゃいますか?」


 やっぱり気づかれるわよね…だって変装してないもん。でも先程の店員、それからお客さんが私達に気づく様子はない。


 そもそも町中に公女と王子がいるなど夢にも思わないのだろう。


「はい…そうです」


 アレクシスがそう答えると、店員は一瞬驚いたものの、すぐに営業スマイルを浮かべてみせる。


「このような店へわざわざ足を運んで下さり誠に有難うございます。他のお客様に騒がれるといけませんので、お二方はプライベートルームへとご案内させて頂きますが宜しいですか?」


 プライベートルーム…!?


 プライベートルームってあの超お金持ちしか入れない空間のこと…!?


 正直その存在すら疑ってたくらいなのに…。


 ちゃんとしたお店には用意されているのね。


「ねぇ、あの人ってもしかして…殿下じゃない?」


 まさか私がプライベートルームに入れるようになる日が来るなんて…と感動していた最中、どこからかそんな声が聞こえてくる。


 嘘、さっきまで全然気づいてなかったじゃない。やっぱり主人公オーラは隠せないのかな…。


「殿下がこんな町中にいるわけないでしょ。きっとよく似た別人よ」


「でもあの髪色にあの目の色…なかなか見ないよ?」


「平民の中にも魔法が優れた魔術師がいるでしょ。魔術師なら簡単に見た目を変えられるのよ。」


「でももし殿下だったら…」


「はぁ…あんた殿下大好きだもんね。パーティに行ったことすらないから噂で聞いただけなのによくそんなに好きになれるよね」


「そりゃ誰だって自分の国の王子様は気になるでしょー?きっとあの人みたいなイケメンなんだろうなー。私、勇気出して話しかけてみようかな?」


「やめなよ。殿下が身分に関わらず接してくれるっていうのはどうせお偉い貴族様が流したデマなんだから。もし本当に殿下だったら平民の話なんて聞いてくれないよ」


 はぁ?そんなことないわよ、その噂は本当なのに。


 でもそうか…パーティに行けるのは平民の中でも裕福な人だけだもんね。殆どの人がパーティに参加するためのドレスがそもそも買えないんだから。


 アレクシスを実際に見たことがない平民の方が多いのは当たり前だわ。


 それにアレクはパーティにすら殆ど参加してなかったからね…婚約者である誰かさんのせいで。


 仮にいくつかのパーティに出席したとしても…彼の姿を見た平民はほぼいないということだろう。


 それにしても勿体ないわ、こんなにイケメンは滅多にお目にかかれないのに。


 …でも好きでそう生まれてる訳じゃないもんね。


 私だって転生したのがリティシアじゃなかったらそもそもアレクの姿を見ることすらままならなかったはずだもの。


 彼女を徹底的に否定する女性を不服に感じたのか、女性客は口を膨らませて反抗する。


「でも、殿下が連れて行った平民が騎士団長になったって話は有名じゃない。そんな人が平民差別なんてするのかなぁ」


「それは能力があったからでしょ。きっとなーんにも使えない平民だったら見もしないわよ。貴族とか王族は平民を人間だとすら思ってないんだから」


 だからアレクは他の貴族や王族とは違うのよ!そもそもアイツらなんか比べ物にならないんだから!


 私が勝手に盗み聞きして怒りに表情を歪めているとアレクシスがそれを見て驚く。


 どうやら彼には今の内容が聞こえていなかったらしい。つまり私は彼にとってみれば突然怒り出した謎の女に見えているということだ。


「り、リティシア!?なんで怒ってるんだ?」


「あの人…貴方が平民を能力でしか見てないって言ってたわ…だから私、止めてくる」


「…アレクシス…今から私が犯罪者になっても貴方は強く生きるのよ…」


「待て待て!その気持ちは嬉しいけどまずは落ち着け!」


 彼は私のまさかの犯行宣言に本気で焦ったのか、こちらの腕を凄い勢いで掴んでくる。


 冗談だってば。そんなにびっくりしないでよ。


「どうしてお前がそこまで怒るんだよ…」


 彼の口から溢れた純粋な疑問に思わず私は素直に答えてしまう。悪役令嬢らしからぬなんとも弱々しい声色で。


「だって…なんか悔しいじゃない。」


「え…」


 あっ、まずい。このままだと私が彼の為に怒ってるって気づかれちゃう。なんとか早く訂正しなきゃ。


「…この私の婚約者が誰かに悪口を言われてるなんて私のプライドが許さないのよ」


 私がそう呟いたその瞬間、彼は酷く悲しそうな表情を浮かべた。


 すぐにその表情は消えたが、彼のその表情は一瞬にして私の脳裏に焼き付いた。


 私は一体何回この顔をさせれば気が済むの?


 私がやっていることは何?


 ねぇ、私は一体…誰の為にこんなことをしているの…?
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