悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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走れ

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【リティシア】


 アーグレンが作ってくれたチャンスを利用して、私たちは来た道をただひたすらに走り続けていた。


 …正確には私を抱えているアレクシスのみが走っているので、私はただ振動に耐えるだけであったが。


 万一にも落ちたりしたら大変なので、彼の首に手を回しているが、本当は今すぐにでも離したい。何度も言うけど距離が近すぎるのよ。


 これは何?私への当てつけなの?絶対に結ばれない彼と最後の思い出を作れってわけ?


 ホント神様は最低ね。


 …まぁお姫様抱っこで王子様に運ばれるこのシチュエーションは…悪くないけどね。これで私が本当に姫だったら最高だったんだけど。もしくは主人公ね。


「…アーグレンが剣を持ってるところなんて初めて見たわ」


 ふと、そんなことを思い口にする。


 アーグレンが私の護衛騎士になってからというもの、特に剣を抜くほどの危険な状態に陥らなかったので、少し不思議な感じがする。


 騎士が剣を持っているのが不思議というのは木こりが斧を持っているのが不思議というのと同じくらい変な話だが、実際に見ていなかったものだから少し不思議に思ってしまった。


 そして同時に、まともに剣を持ったアーグレンを見て私は改めて感じた。あぁこの人はあの小説に出てきた最強の騎士なんだって。


 現時点で彼は完全な私の味方だからよかったけど、原作小説では当然リティシアとも敵対していた。


 イサベルも、アレクシスもリティシアを本気で殺したい訳ではなかったが、正直アーグレンだけは、本気の殺意を抱いていたのではないかと思う。


 当然と言えば当然だ。親友を狙い、親友の恋人を殺そうとする悪女をアーグレンが許すはずないのだから。


 彼の好意がいつ殺意に変わってしまうのか、正直とても怖い。


 …まぁそんなこと言ったらずっと怖いんだけどね。いつどのタイミングで私が悪女として処刑されるのか分からないんだから。


 私が転生したと気づく前のリティシアだって相当な悪事を働いてきたはずなのに、それをなかったことみたいにして関われるアレクシスは本当に凄い。


 一体どうして私にそこまで優しくしてくれるの?全然分からないわ。


「あぁ、グレンは騎士だからな。剣を扱うのは俺なんかよりずっと上手なんだ」


 …え?あぁ、そうか私アーグレンが剣を持ってるところなんて初めて見たって言ったんだっけ。


 色々他のことを考えすぎて完全に忘れてたわ。悪役令嬢に転生すると考えることが色々と多いのよね…。主人公が無事に登場したし、今後の事もまたじっくり考えなきゃね。


「…そうらしいわね。ところで本当に一度も勝ったことないの?」


「…まぁ…ないけど…」


 剣でアーグレンに勝てる人間などこの世にいない。それが例え男主人公であるアレクシスであっても同様なのだ。アーグレンは、文字通り本作最強の騎士なのである。


 アレクシスは少し恥ずかしそうにしながらも、事実を話した。


 私は真実を確かめようがないんだから、一回くらいはある、とか言えばいいのに。バカね。


「ふふ、意外と弱いのね」


「…リティシア、からかってるだろ?」


「まさか。」


「…」


 私の反応に、なんとも言えない表情をする彼が面白くて思わず口から笑い声が漏れてしまう。


「悔しいけど事実だから何も言えないんだよなぁ…」


「完璧じゃない方がずっといいわよ」


 私は、自分の心に従い、素直な感情を告げる。


「どうして?」


 アレクシスが、即座に聞き返した。私は口元だけで笑ってみせる。


 どうして完璧じゃない方がいいかって?そんなの決まってるじゃない。


「だってその方が可愛いもの」


 アレクシスの表情が、驚きへと変わった。


 その表情を間近に見て、実は私は幸せ者なのかもしれないと思った。ずっと不幸だと思ってたけど、これはどう考えても幸せだわ。


 だって大好きな人のこんな表情、キャラクターに転生でもしなきゃ絶対に見られないでしょ?私の言葉でどんどん表情が変わっていく様を見るのってとっても楽しいのよ。


 唯一難点があるとすれば…そうね。


 もっと好きになっちゃうところかな。


 アレクシスが何かを言おうと口を開いたその時、私の視界の隅でギラリと何かが光った。


「アレクシス!上!」


「えっ?」


 咄嗟に何かが光った天井を指差したのだが、両手が塞がっているアレクシスより私が攻撃した方が確実だろう。ナイフを持ち、落下してくる男に向けて私は指を向ける。


 アレクシスを傷つける者は、この私が絶対に許さない。


燃えろリフレイア!」


 私の指から放たれた燃え盛る炎は瞬く間に男の全身を包み込み、男は思わず悲鳴をあげる。


「うわぁ!身体が燃える!」


 流石に焼き殺すというのは後味が悪いので私が指を鳴らすと炎が一瞬にして消える。そして再び呪文を唱え、ナイフを完全に溶かしてやると男は完全に戦意を喪失してしまった。


 地面にへたり込み、そのまま呆然とこちらを見つめていた。先ほどの奇襲で仕留められると思ったのだろう。


 甘いわ。史上最悪の悪役令嬢を…なめるんじゃないわよ!


「ありがとう、助かったよ。先を急ぐぞ」


 アレクシスはそう言って微笑むと、走る速度を早めた。


 先ほどの男は、きっとイサベルを連れ去った男の仲間であろう。まだどこかに隠れているかもしれない。私がなんとしてでもアレクシスを護らなければ。


 主人公を求めてここまでやって来たのよ。


 どんな手を使ってでも、絶対に幸せにしてみせるわ。
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