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妬み
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【イサベル】
時は少し遡り、昨日の夜のこと。
リティシア様の部屋を出て、自室に帰ろうとした時であった。
「イサベルさん、これもやっておいて?」
「あぁ、これもお願いします」
「凄いですね、もう終わったんですか?ではこれもお願いしますね」
数人からそう声をかけられ、私はため息をついた。
昨日挨拶をしに行った殆どの使用人が優しい人であった。だが、その内のほんの数人が、明らかに私に仕事を押し付けるようになっていったのである。
掃除に洗濯料理、そして裁縫などは普段生活する上で必要なスキルであったため、人よりも少しばかり早くこなすことができる。
そのせいか、侍女達がこなすよりも早く終わらせてしまい、彼女達のプライドを傷つけてしまったようなのであった。
もしかしたら仕事がおぼつかない憐れな新人に仕事を教えようと考えてくれていたのかもしれない。
私はリティシア様に雇ってもらえたことがただ嬉しくて、その事について全く考えていなかったのだ。
彼らとの関係が上手くいけばいいと願っていたが、このような状況を想定していなかったわけではない。侍女達の気持ちがそれで満足するならと私は与えられた仕事をそつなくこなしていった。
だがこなしていけばこなしていくほどに彼女達の眉は酷く吊り上がる。私は適度なペースでこなす事にした。
料理を手伝うように言われた時、調理場担当の侍女達の設定ミスにより火が燃え上がった。慌ててシェフが火を消したのだが、近くにいた私の腕に火の粉が飛び散り、少しだけ火傷をしてしまった。侍女達はそんな私を見てクスクスと影で笑っていた。
私には分かった。あれは設定ミスなんかじゃなかったと。
だが自分が彼女達のプライドを傷つけてしまったせいでもあるので、リティシア様には黙っておいた。心配をかけたくなかったから、というのもある。
願わくばリティシア様に知られる前に、侍女達と仲良くなりたい。
私はできる限り平気な顔をして仕事をこなしていった。
そして今朝、朝早くに起こされて昨日の夜以上に働くよう指示された。侍女長は必要以上にこき使われる私を見ていたが、特に何も言う事はなかった。
「イサベルさん」
ふと、私に仕事を押し付けた一人が呟いた。
「はい…」
「一応忠告しておくけど、リティシア様には注意した方がいいわ」
「…注意ですか?」
「そう。あの女は何をするか分からないから。今はどうせ猫を被ってるだけよ」
「…お言葉ですが、自分の主人をそのように言うのはあまりよろしくないのではありませんか?」
「…あぁ、その様子だとあの女の本性を知らないみたいね。可哀想なイサベルさん」
侍女は口元に笑みを浮かべたが、目は笑っていない。
これ以上彼女を刺激してはいけないと分かってはいるのだが、命の恩人であるリティシア様の悪口とあれば黙っていられない。
まだリティシア様と出会ってから数日も経っていないが、私には分かる。彼女の瞳は淡く優しいピンク色であった。
あのように美しい色の持ち主が…悪い人間なわけはないと。
「リティシア様はそのような方では…」
「ところでイサベルさん、貴女本当に貴族?貴女の名字、一度も聞いたことないわよ」
「いえ…私は平民です」
「あぁ、やっぱりそうなの。そうだと思ってたわ。どうやってあの女に取り入ったの?可愛い顔して恐ろしいわね」
「取り入ったわけではなく、リティシア様に助けて頂いたのです。そして働く場所を与えて下さった、私にとっては命の恩人です。『あの女』と呼ぶのはおやめ下さい」
嫌味な笑みを浮かべていた侍女の表情が変わった。彼女は私の言葉を聞いて、目を見開いて驚いている。
「えっ、ちょっと待って…リティシア様が貴女を助けたってこと?」
「はい、そうです。誘拐されそうになったところを助けて頂きました。ですから、リティシア様はとても優しい方です」
「ふぅん、リティシア様がそんなことをね…。でも、この話を聞いてもそう言い切れる?」
侍女は冷たい眼差しを私に向ける。その瞳には、鋭さの裏に隠された悲しさが込められていた。
「『あんたって、まるで平民みたいね。いてもいなくても変わらない存在価値のない女だわ』ってリティシア様に…あの女に言われたの。悔しかったわ。自分が、まるで勝ち組みたいに。でもそうよね、私は貴族とは言っても所詮は下級貴族。公爵令嬢に逆らうことはできないんだもの。」
「…リティシア様が…そんなことを…」
リティシア様は私が平民だと知っても何も言わなかったのに…心ではそう思っていたというの?いいえ、そんなはずないわ。
リティシア様は…見ず知らずの私を助けてくれた、優しい人だもの。私は、あのお方を信じたい。
「そうよ、これが貴女の知らない本性。これを聞いてもまだ優しいって言いきれる?きっとイサベルさんを助けたのはただの気まぐれよ。好きなように遊ばれて捨てられる。あいつは、そういう人間なの。」
「そんなことありません!リティシア様は…えっ、あの…その腕は…?」
侍女の袖から一瞬見えた痛々しい傷跡に思わずそれを指摘してしまう。彼女はちらりと自分の傷を一瞥すると平然として呟いた。
「あぁ、この傷はあいつに作られたの。ちなみにこの傷は侍女達全員にあるわ。治しても治してもすぐに新しい傷を作られてね。面倒だから放置してるだけ。もう慣れたわ」
まただ、私の知らないリティシア様の一面。
侍女が嘘をついているようには見えないからこそ不安になる。
でも、だとしたら私が今まで見てきたリティシア様は?
私を命がけで助けてくれたリティシア様は…偽りだったと言うの…?
時は少し遡り、昨日の夜のこと。
リティシア様の部屋を出て、自室に帰ろうとした時であった。
「イサベルさん、これもやっておいて?」
「あぁ、これもお願いします」
「凄いですね、もう終わったんですか?ではこれもお願いしますね」
数人からそう声をかけられ、私はため息をついた。
昨日挨拶をしに行った殆どの使用人が優しい人であった。だが、その内のほんの数人が、明らかに私に仕事を押し付けるようになっていったのである。
掃除に洗濯料理、そして裁縫などは普段生活する上で必要なスキルであったため、人よりも少しばかり早くこなすことができる。
そのせいか、侍女達がこなすよりも早く終わらせてしまい、彼女達のプライドを傷つけてしまったようなのであった。
もしかしたら仕事がおぼつかない憐れな新人に仕事を教えようと考えてくれていたのかもしれない。
私はリティシア様に雇ってもらえたことがただ嬉しくて、その事について全く考えていなかったのだ。
彼らとの関係が上手くいけばいいと願っていたが、このような状況を想定していなかったわけではない。侍女達の気持ちがそれで満足するならと私は与えられた仕事をそつなくこなしていった。
だがこなしていけばこなしていくほどに彼女達の眉は酷く吊り上がる。私は適度なペースでこなす事にした。
料理を手伝うように言われた時、調理場担当の侍女達の設定ミスにより火が燃え上がった。慌ててシェフが火を消したのだが、近くにいた私の腕に火の粉が飛び散り、少しだけ火傷をしてしまった。侍女達はそんな私を見てクスクスと影で笑っていた。
私には分かった。あれは設定ミスなんかじゃなかったと。
だが自分が彼女達のプライドを傷つけてしまったせいでもあるので、リティシア様には黙っておいた。心配をかけたくなかったから、というのもある。
願わくばリティシア様に知られる前に、侍女達と仲良くなりたい。
私はできる限り平気な顔をして仕事をこなしていった。
そして今朝、朝早くに起こされて昨日の夜以上に働くよう指示された。侍女長は必要以上にこき使われる私を見ていたが、特に何も言う事はなかった。
「イサベルさん」
ふと、私に仕事を押し付けた一人が呟いた。
「はい…」
「一応忠告しておくけど、リティシア様には注意した方がいいわ」
「…注意ですか?」
「そう。あの女は何をするか分からないから。今はどうせ猫を被ってるだけよ」
「…お言葉ですが、自分の主人をそのように言うのはあまりよろしくないのではありませんか?」
「…あぁ、その様子だとあの女の本性を知らないみたいね。可哀想なイサベルさん」
侍女は口元に笑みを浮かべたが、目は笑っていない。
これ以上彼女を刺激してはいけないと分かってはいるのだが、命の恩人であるリティシア様の悪口とあれば黙っていられない。
まだリティシア様と出会ってから数日も経っていないが、私には分かる。彼女の瞳は淡く優しいピンク色であった。
あのように美しい色の持ち主が…悪い人間なわけはないと。
「リティシア様はそのような方では…」
「ところでイサベルさん、貴女本当に貴族?貴女の名字、一度も聞いたことないわよ」
「いえ…私は平民です」
「あぁ、やっぱりそうなの。そうだと思ってたわ。どうやってあの女に取り入ったの?可愛い顔して恐ろしいわね」
「取り入ったわけではなく、リティシア様に助けて頂いたのです。そして働く場所を与えて下さった、私にとっては命の恩人です。『あの女』と呼ぶのはおやめ下さい」
嫌味な笑みを浮かべていた侍女の表情が変わった。彼女は私の言葉を聞いて、目を見開いて驚いている。
「えっ、ちょっと待って…リティシア様が貴女を助けたってこと?」
「はい、そうです。誘拐されそうになったところを助けて頂きました。ですから、リティシア様はとても優しい方です」
「ふぅん、リティシア様がそんなことをね…。でも、この話を聞いてもそう言い切れる?」
侍女は冷たい眼差しを私に向ける。その瞳には、鋭さの裏に隠された悲しさが込められていた。
「『あんたって、まるで平民みたいね。いてもいなくても変わらない存在価値のない女だわ』ってリティシア様に…あの女に言われたの。悔しかったわ。自分が、まるで勝ち組みたいに。でもそうよね、私は貴族とは言っても所詮は下級貴族。公爵令嬢に逆らうことはできないんだもの。」
「…リティシア様が…そんなことを…」
リティシア様は私が平民だと知っても何も言わなかったのに…心ではそう思っていたというの?いいえ、そんなはずないわ。
リティシア様は…見ず知らずの私を助けてくれた、優しい人だもの。私は、あのお方を信じたい。
「そうよ、これが貴女の知らない本性。これを聞いてもまだ優しいって言いきれる?きっとイサベルさんを助けたのはただの気まぐれよ。好きなように遊ばれて捨てられる。あいつは、そういう人間なの。」
「そんなことありません!リティシア様は…えっ、あの…その腕は…?」
侍女の袖から一瞬見えた痛々しい傷跡に思わずそれを指摘してしまう。彼女はちらりと自分の傷を一瞥すると平然として呟いた。
「あぁ、この傷はあいつに作られたの。ちなみにこの傷は侍女達全員にあるわ。治しても治してもすぐに新しい傷を作られてね。面倒だから放置してるだけ。もう慣れたわ」
まただ、私の知らないリティシア様の一面。
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でも、だとしたら私が今まで見てきたリティシア様は?
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