悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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お揃い

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 暫しの沈黙の後に、イサベルは焦ったように顔の前で両手を激しく左右に振る。


「り…リティシア様!?そんなことできません!私がリティシア様のドレスを着るなんてそんな恐れ多いこと…」


「お嬢様、イサベルさんにドレスを着せるとは一体どういうことですか?納得のいく説明をして頂けませんか」


 ルナが真剣な眼差しをこちらに向けるが、私はその視線を軽く跳ね除ける。彼女の言いたいことはよく分かるが、だからといってこのまま引き下がるつもりはない。


 この機会を逃せば二人を引き合わせるチャンスはもうやってこないかもしれない。


 私はこの為に今まで頑張ってきたんだから。イサベルには何が何でもドレスを着せるわよ。


「説明も何も今言った通りよ。イサベルには私のドレスを着てもらうわ。そんな服じゃパーティに出られないでしょ」


「ですがお嬢様…イサベルさんは侍女なのですよ?なのにお嬢様のドレスをわざわざお貸しすると言うのは…」


「ルナ?身分はもう気にしないんじゃなかった?」


「いえ、身分とかではなくその…そうですね、すみません。分かりました。イサベルさん、この中から好きなドレスをお選びください…」


 私の圧を察したのかルナは案外あっさりと引き下がった。アーグレンはと言うと完全に私の意思に従ってくれるらしく、特に否定の言葉は口にしない。


 …ただ当の本人のイサベルが一番取り乱していた。


「リティシア様、やはり私はルナ侍女長も仰られた通り侍女ですのでリティシア様のドレスを着るというのは…」


「…イサベル。貴女は主人の言う事に逆らうつもりなの?」


 その言葉にイサベルが一瞬にして固まった。


 本当は命令なんてしたくないのだがこうでもしないと聞き入れてくれないだろう。ごめんね。


 イサベルは固まった状態のまま「分かり…ました…選ばせて頂きます」と受け入れる意志を示した。断りきれないことを察したらしい。


「そうそう。初めからそう言えばいいのよ。ところでイサベルはどんなドレスが好きなの?」


「えっと私は…その、生まれてから一度もドレスなんて選んだことがなくて…どれが好きとか似合うとか分からなくて…」


「大丈夫。貴女ならどんなドレスでも似合うわ」


「えぇそんな…ありがとうございます」


 イサベルが着ればどんな服も高級ドレスに早変わりよ。心配する必要なんて少しもないわ。


 イサベルは暫く辺り一面に敷き詰められたドレスを眺めていたが、やがて言葉を発する。


「…あの、リティシア様は青いドレスをお召になられるのですよね?」


「そうよ。貴女が選んでくれたものを着るわ」


「そ、そうですよね。ありがとうございます。とても嬉しいです」


「…?それが言いたかっただけ?」


「あぁ、いえ、その…」


 確信に迫るような質問を投げかけると彼女は何故か口ごもってしまう。


 彼女のこの様子からしてイサベルが言いたいことは絶対にこれではない。一体何が言いたいのだろう。


 私とアーグレン、そしてルナの視線を一度に受け、それに耐えきれなくなったイサベルはとても小さな声で「…い…です」と呟く。


 私が「え?なんて言ったの?」と聞き返すと彼女は大声で叫んだ。


「とても図々しいお願いなことは分かっているのですが、私はリティシア様とお揃いのドレスが着たいです!」


 イサベルの渾身の大声に少しだけ耳がキーンとなってしまう。この広い空間にも彼女の綺麗な声が何度か反響していた。


 耳に徐々に音が戻ってきたので私は彼女の言ったことを頭の中で整理して理解する。


「…お揃い…?お揃いが着たいの?」


 彼女の言葉を繰り返すと、イサベルは真っ赤になりながら何度も頷いてみせる。予想以上に大きな声が出てしまったことに羞恥心を感じているらしい。


 お揃いか…それは考えもしなかったわね。


 主人公と悪役令嬢が仲良くお揃いのドレスを着るなんて…改めて思うと不思議な関係性だわ。


「…水色のドレスならお揃いのものがあるかもしれないわ。ルナ、私が着てるものと同じデザインのものを探して」


「お嬢様、お揃いのドレスを着ると言うのは流石に…」


「探して」


「畏まりましたこちらです…」


 ダメ元で私に抗議をしようとしたようだが、諦めてルナは既に見つけていた水色のドレスを差し出す。私はそれを受け取ると、そのままイサベルの手に乗せる。


「リティシア様、本当によろしいのですか…?」


「えぇ。構わないわよ。貴女が普通にパーティに参加するより、私とお揃いのドレスで出た方が仲の良さをアピールできて貴女自身を護ることにも繋がるからね」


「リティシア様、そんなことまで考えてくださったのですね…!本当に…本当にありがとうございます!」


 イサベルのパーティの思い出が最悪にならないように少しでも私との仲の良さをアピールしておくべきよね。平民を毛嫌いしている貴族達が山程来るだろうから…。


 本当に嬉しそうにドレスを抱えるイサベルに私は「そんなに嬉しいの?」と思わず問いかけてしまう。彼女は迷うことなく頷いた。


「私…一度で良いから仲良しなお友達とお揃いのドレスを着てパーティに出てみたかったんです…」


「…そうだったのね」


「あっ、い、いえリティシア様が私のお友達だという訳ではなくてですね、その」


 慌てて弁解しようとしたようだが上手く言葉が出てこなかったらしくそのままあたふたしているイサベルに思わず笑ってしまう。


「良かったじゃない。それとも私と友達になるのは嫌?」


「いいえ…とっても嬉しいです!!」


 イサベルの顔に花が咲くような可愛らしい笑みが浮かぶ。


 アーグレン、このまま事が進めば小説の貴方の気持ちが分かるかもしれない。


 友達に…好きな人を取られる気持ちが。
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