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〔0:1:1〕死神

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0:カンカンカンカン...

女:(心の声)遠くから踏切の音が聞こえてくる
列車が近づいてくる合図だ

0:...危ないですので黄色い点字ブロックの内側にお下がりください

女:(心の声)いつも何気なく聞いている放送...
でも、今日は違う

0:遠くから電車が来る音

女:(力強く呟きながら)私は...今日、自由になる...ッ!

謎の人物:...きみは、死ぬのかい?

女:..!?

0:時間がとまる

謎の人物:きみは今、この鉄の塊に飛び込もうとしている
こんなものにぶつかれば…きみの体はバラバラに吹き飛ぶだろう...きっと
それは...とても痛そうだ

女:...誰...!?

謎の人物:...?

女:あなた、誰よ
私の邪魔をしないでよ

謎の人物:...ああ、そういえばまだ自己紹介していなかったね
やぁ、ワタシは死神さんだよ

女:しに...がみ...?

謎の人物:そうさ

女:(心の声)死神を名乗るその人物は、髪は黒く長く、綺麗な顔立ちをしていた

女:あなた、何者なの

謎の人物:死神だと言ったじゃないか


女:それは聞いたわよ
でも死神なんでしょう?
死神がどうして死のうとする人間を止めるのかしら?

謎の人物:死神だって人の死に興味があるさ
興味があるならば、理由を聞くだろう?

女:それって余計なお世話だと思わない?

謎の人物:余計なお世話...か
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったよ

女:(心の声)なんなの、この死神を名乗る人物は...

0:死神、女の方へ歩み寄ってくる

謎の人物:ふむ、ふむふむ

女:な、なによ...人のこと、ジロジロと観察して

謎の人物:...いや、きみはとてもかわいらしい女性だと思ってね

女:...セクハラ?

謎の人物:褒めているのさ

女:最近は、そういう意図でもセクハラは成立するのよ

謎の人物:そうか、それは大変だ
...しかし、きみはとてもかわいらしく、キレイで、ステキだ
死を渇望するとは思えないね

女:...なによ、それがいけないっていうの?

謎の人物:...

女:だいたいあなたなんなのよ?
いきなり出てきて、「私は死神です」って
私をバカにしてるのかしら

謎の人物:...

女:それに、死神が私になんの用?

謎の人物:ここいらで死の予約が入った人間がいたから来たのさ
そうしたら、きみがいた

女:それじゃあ、ちょうどいいじゃない
ちょうど死にたがりがここにいるのよ
あなたみたいな死神が求める...ね

謎の人物:たしかに死神からしたらとてもありがたい存在さ、きみは

女:あとね、私は信じてないの
あなたが死神だということを

謎の人物:...そうか、私が死神である証を見せればいいのか

0:謎の人物の手に鎌が現れる

謎の人物:これはあまり具現化させたくないのだけどね...重たいからさ

女:で...で...デスサイズ...!
アニメやマンガでしか見たことないやつ...!

0:以降、「謎の人物」は「死神」に役名変更

死神:ふぅ、どうだい?
死神だということ、信じてくれるかい?

女:まだにわかには信じがたいけど...あなたが普通の人間じゃないことはわかったわ

死神:それはよかった
それで、どうしてきみは死のうとしていたんだい?

女:...

死神:...

女:それを聞いてあなたはどうするの?
「死んでもいいことないぞ」って、止めるの?

死神:どうするか...?ああ、なんてことだ、そこまで考えていなかった

女:...あなた、変な死神ね
普通死神なんて、生きた人間から魂を奪い去って死に至らしめるというのに

死神:...私だっていつもはそうするさ
生きてる人間も、死にそうな人間も
死を司る「神」である以上、ね

女:ならば私にもそうしてくれると助かるのだけど

死神:...最近この駅で自ら命を絶つ者が多くてね
死神としては商売繁盛で、ありがたい限りだけれど

女:たしかに、この駅での人身事故は今年に入って急増しているわ

死神:そうなると、やはり死神としても気になるわけさ
「どうして死にたいのか」...とね

0:重々しい間の後、女がゆっくりと口を開く

女:...失恋したの

死神:失恋?

女:...そう

0:30秒程の間

女:大恋愛だったの...将来も誓いあって...

死神:...

女:私は、彼の望むことならなんでもやったわ
お金の無心、身の回りのお世話...
夜も求められれば応じたわ
夜中の寒い中、わざわざ彼の部屋まで行ってね

死神:...

女:私は身を粉にして尽くしたわ
尽くしたはずだった!!
でも...でもね...

死神:...

女:私の中にはね、もう一人いたのよ
でも、死んじゃった
...いや、違うわ
私が「殺した」って言った方が正しいわね

死神:...それは

女:彼ね、好きだったの
ゴム無しでするの

死神:...なるほど

女:私は当然喜んだわ
だって愛した男との子どもだもの
嬉しいに決まってる

死神:...

女:死神にとってはいい話題じゃあないかしらね

死神:そんなことはないさ
死神とて、新しい生命が育まれることはこの上ない至上の喜びさ

女:...

死神:...しかし、きみのその口ぶりからするにそうはいかなかったようだね

女:死神でさえ喜んでくれるというのにね...
私の彼は違ったの

死神:...「殺した」、つまりは

女:そう...堕ろしたの
いや、「堕ろさせられた」…

死神:歓迎されなかったんだね

女:私が報告した時の彼の顔...あなたにも見せてあげたかったわ
この世のものとは思えないほど動揺した顔だったもの

死神:しかし、きみはバカな男に捕まったようだね

女:ほんと、私ってバカよね
堕胎させられる前に気がつくべきだった

死神:...

女:彼は私にこう言ったの
「子どもは、まだぼくたちの間には早すぎる」
「だから、堕ろしてくれ」
ってね

死神:それを素直に受け入れたのかい?

女:...だって、彼はいつだって正しいの
だから、今回も、彼の言うことが正しいの...
そう言い聞かせて...堕ろしたわ

死神:きみのその彼に対する絶対的な信頼、私には全く理解できないな

女:今にしてはバカな話
でもあのころは彼しかいなかったから
彼に縋るしか無かった

死神:...

女:私って本当の愛を知らないの
愛されたことも愛したこともなかった
...彼に出会うまでは

死神:...

女:実の両親すらも私を愛してくれなかった
そんな私に「愛してる」って言ってくれたのは、彼が初めてだったから

死神:私の経験則で申し訳ないが
たとえ好意を持つ人間に軽々しく「愛してる」という言葉を使う人間にロクなやつはいない

女:本当にそうよね...

死神:きみにとって「彼」が全てだったのは理解した
しかし、それだけでは死ぬ理由にはならないだろう?

女:...「堕胎」したあとも私は彼を愛したわ
「いつかまた、時期が来れば…子どもも認めてくれる」...って

死神:...

女:それからも私は彼に尽くした...尽くし続けた
セックスだって彼の求められるままにたくさんしたわ

死神:避妊は

女:する訳ないじゃない
だって彼は生が好きなんですもの
私は彼が悦ぶために自らの体と精神を削りに削ったわ

死神:酷い話だ

女:そして私は...見てしまったの

死神:見てしまった...

女:そう...彼がね...私の知らない女性と楽しそうに歩いていたの
しかも、その二人の間には、子どもが...!

死神:彼は、既婚者だったのだろうか?

女:たぶん、そう...

死神:...

女:私は彼に詰め寄ったわ
「どういうことなの!」って

死神:...

女:彼が言うにはね、私はただの「都合のいいセフレ」だったの

死神:セフレ...

女:彼が好きだったのは「私自身」じゃなくて「私の性器」だったみたい
あと行為中の声も...

死神:...

女:彼に捨てられた私にはもう何も残ってないの
お金も...何もかも...

死神:...私は死神
「死を司る神」...

女:...

死神:きみは、復讐したいと思わないのかい?

女:復...讐...

死神:そうさ

女:...したいと思ってる

死神:私は死神さ
人の「死」は私の手中にあると言ってもいい

女:...

死神:きみが望むのならば、私はその男の命を盗ろう

女:...ありがとう

死神:話を聞かせてもらった礼さ

女:...

0:女、しばらく考え込む

死神:...

女:...

0:女、決意したように重く、口を開く

女:...ありがとう、死神さん
その気持ちだけで、十分よ

死神:...復讐はしない...ということかい?

女:...あはは、やっぱり私、バカだったみたい
彼のこと、憎くて憎くて、この手で殺してやりたい気持ちなのに
それでも...

死神:...きみは、バカなんかじゃあ、ないよ

女:...

死神:人が良すぎたんだ
人が良すぎたために損をする
そんな人間だ
...私は、そんな人間が大好きさ

女:ありがとう...死神さん

死神:...さて、そろそろこの時間も終わりが近づいてきたようだ

女:...

死神:きみは、どうする?
このまま、この鉄の塊に当たって、死ぬかい?

女:...

死神:...私のこのカマで魂を狩りとることも出来る

女:私...私は...!

死神:今なら間に合う...生きる選択も、ある

女:...私は、このまま...死ぬわ

死神:...それで、いいんだね

女:...ええ

死神:死んだ先が救済の道とも限らない

私:...

死神:それでも、生を諦めるかい?

女:...私、決めたの
この世界は、私にとって正しくなかったの
正しくない私は...ここから排除されなければならない...

死神:...わかった
きみの意志を尊重しよう

女:ありがとう、死神さん

0:女、線路に目を向ける

死神:...それじゃあ...
きみが魂だけになった時に、また会おう
...最も、その時きみは私を認知出来ないだろうけどね

0:女、死神がいた方向を見る

女:...いない...
ふふふ、そうよね、最初から死神なんていなかった
ただ私が、最期に誰かに話を聞いて欲しくて創り出した幻想だったのよ...

0:時が動き出す

女:妄想とはいえ、私の最期に付き合ってくれて、ありがとう...死神さん

0:線路の宙を舞う女の体

女:さよなら、世界

0:女のからだと通過電車が接触し、鈍い音がホームに響き渡る
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