不屈の葵

ヌマサン

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第5章 飛竜乗雲の章

第203話 五月雨は露か涙か不如帰 我が名をあげよ雲の上まで

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 牛久保城攻めを優位に進め、三河一統へ王手をかけた家康。そんな折、家老・石川与七郎数正がもたらしたのは、京の二条御所にて将軍・足利義輝が討たれた、後世に『永禄の政変』と呼称される一大事であった。

「して、与七郎!公方様を討ったはどこの誰ぞ!」

「はっ、三好左京大夫義重率いる三好の軍勢とのこと!その傘下には三好三人衆と松永右衛門佐義久とのこと!」

「三好が公方様を殺めたと申すか!公方様より偏諱を受けておきながら、その公方を手にかけるとは鬼畜の所業ぞ!」

 家康の怒りはもっともであった。武家の頂点である将軍を討つなど、下剋上という次元を超えた、沙汰の限りとでも言うべき行いなのだから。

「なんでも、三好勢が集めた兵数はおよそ一万であったと」

「い、一万じゃと!」

「はい。清水寺参詣を名目に兵を集め、その兵を率いて二条御所に押し寄せたとのことに。なんでも、公方様に訴訟があると訴え、取次を求めて御所へ侵入したとのこと」

「風説によれば、二条御所は落成間近であったはずじゃ。落成前を狙って攻め入るとは、なんと卑劣な……!」

 完成間近の城を攻める。戦国大名同士の争いならばいざ知らず、三好軍がそれを行ったのは武家の頂点・足利将軍家に対してなのである。まさしく、卑劣としか言い表せないことであった。

「開戦は辰の刻、公方様は三好の軍勢が万を超える数だと耳にし、死を覚悟なさり、近臣らへ酒を与えて別れの酒を酌み交わす、最後の酒宴を催されたとのこと。この際、三好家との取次役であった進士晴舎殿が三好の軍勢が御所へ踏み入ったことを詫び、公方様の前で自害したそうにございます」

「……そうであったか。聞けば聞くほど、わしも涙が止まらぬわ……」

 畿内における一大勢力、三好家との取次役を任せるほどの家臣が目の前で自刃し、他の家臣らと別れの酒を酌み交わす。一体、どのような心境であっただろうかと想像すればするほど、家康は涙を瞳より決壊させる。

「戦いは一刻半にて幕引きとなり、幕臣の方々は三好の軍勢に突撃して皆討ち死にとなり、当代の剣豪であらせられた公方様も力尽きて討ち取られたとのことにございますれば」

「そうか、皆討ち死にか。たしか、公方様は御年三十であったな」

「はっ、殿より六ツ上にございますゆえ、そうなりましょう」

 三年前、今川家との停戦を命じる御内書を受けた時には、それはできぬと突っぱねたこともあるが、決して将軍家を敬っていないわけではない。

 そんな自分とそこまで年の離れていない将軍の死は、家康にとって大きな衝撃を伴う変事であった。

「また、三好の軍勢は公方様の生母であらせられる慶寿院様も自害に追いやり、側室の小侍従局様、ご令弟の鹿苑院院主の周暠様まで殺害したとのこと」

「まさしく乱賊の所業じゃ……!ここまでの殺戮を行おうとは、断じて許せぬ」

「それだけではございませぬ。三好の軍勢は二条御所に火をかけ、多くの殿舎が炎に包まれたとのことにございます」

「そうか、御所にも火をかけたか……」

 将軍を討つにとどまらず、生母を自害させ、側室と弟を殺害。挙句の果てには、御所まで焼き払ったというのだから、三好軍の行いはとんでもないことであったことは間違いなかった。

 ちなみに、この永禄の政変の報せに接し、足利義輝と親しくしていた大名らは激しく憤った。

 越後の上杉弾正少弼輝虎は「三好・松永の首を悉く刎ねるべし」と神仏に誓ったほどであり、河内畠山氏の重臣・安見宗房も「前代未聞で是非も無いこと。無念の至りだ」と怒りを露わにし、輝虎の重臣である河田長親と直江景綱に弔い合戦を持ちかけており、越前の朝倉義景の重臣らも同様に、「誠に恣の行為で、前代未聞、是非なき次第で沙汰の限りだ」と怒りをあらわにしている。

 また、公家の山科言継は足利義輝の殺害を「言葉がない。前代未聞の儀なり」と日記に記しており、天皇に仕えていた女官も同様に「言葉もないことだ」と嘆き悲しんでいる。

 まさしく三好左京大夫が三好三人衆や松永右衛門佐らが行った足利義輝殺害は諸大名や朝廷からも反感を買うこととなったのである。

「それと、殿。今一つ、申し上げたき儀がございます」

「なんじゃ、申してみよ」

「はっ、なんでも正親町天皇も公方様の死を悼惜なされ、従一位・左大臣を追贈なされ、政務を数日間停止して弔意を示されるご意向であるとのことにございます」

「誰から聞いた話じゃ」

「京都誓願寺の僧、泰翁慶岳様にございまする。殿へこのことをお伝えくださるように、とのことにございましたゆえ」

 泰翁慶岳と言えば、岡崎出身の僧侶である。家康も幾度か書状のやり取りをしたことのある、信用のおける人物であった。

「そうであったか。かの者は五摂家の近衛家にも出入りしておるゆえ、その情報はまず間違いなかろう」

「はい。ましてや、公方様の生母と正室は近衛家の出にございますれば、集まる情報の質と量はけた違いにございましょう」

「であろう。じゃが、帝も弔意を示されるご意向とあらば、このように戦を続けておくわけには参らぬ。ただちに撤兵し、牛久保城攻めは延期といたす!」

 将軍・足利義輝殺害を受けて、正親町天皇もその死を悼み、政務を停止する意向であるとの情報を得た家康の対応は迅速であった。

 ただちに本陣からは城攻め中止を伝える早馬が出され、牛久保城内へも実直に永禄の政変により将軍が殺害されたことをはじめ、赤裸々に告白し、双方合意のうえで撤兵する運びとなった。

「殿、さすがの牧野民部丞も公方様が亡くなられ、帝も弔意を示されるご意向であると聞けば、停戦を受け入れるのですな」

「うむ、此度のことは日ノ本中に多大なる影響を及ぼすであろう。城内に放った草の者からは牧野民部丞は大病を患い、満足に指揮も執ることが叶わぬとの報せを受けておる」

「なるほど。然らば、牧野勢としても当家からの和睦は渡りに船であったと」

「そうであろう。そして、代理で指揮を預かっておる稲垣平右衛門重宗と申す宿老より牧野家の嫡男である新次郎の返還に応じるならば、降伏もやむなしと書かれておろうが」

 石川与七郎は主君より手渡された稲垣平右衛門重宗の書状に目を通すと、大きく頷いた。内容からして、牛久保城主・牧野民部丞成定の病は真なのであろうことも推察される文面である。

「さりとて、殿が牧野新次郎を手元に置いておかれていたとは思いませんでした。一体、いつの間に……?」

「簡単なことよ、今川方の三河国衆が人質はどこへ出されるかを考えればよいのじゃ」

「なるほど、吉田城にございますな。さしずめ吉田城代の大原肥前守が退去する際に引き渡された人質の中に牧野新次郎がいたと」

「然り。何せ、牧野民部丞にとって大切な一人息子じゃ。この新次郎が家康に手にかけられては牛久保牧野氏は断絶ともなるゆえ、身柄を返してくれるならば降伏もやぶさかでないと申し入れてきておるのじゃ」

 今、牧野新次郎は齢十一の少年に過ぎない。しかし、牧野民部丞とその宿老・重臣らにとっては唯一の和子。彼が家康の命で処刑などされてはたまったものではない。何せ、当主もまた病身で、いつ息を引き取るやも分からない生死の境を彷徨っているのだから。

「然らば、殿。あとはより良い条件で取りまとめるだけでよろしゅうございますな。こちらは何も焦ることなどないのですから」

「さすがは与七郎、察しが良い。ゆえに、こちらからは牧野新次郎を返還し、所領も安堵とする旨を伝えておる。その代わり、服属後は吉田城に入った左衛門尉の指揮下に入ること、体調が回復したならば城主自ら岡崎へ一度出仕せよ、とも申し入れておる」

「ずいぶんと譲歩なされましたな」

「構わぬ。これ以上、三河の者同士で殺し合ったとて、得をするのは遠州や駿州の者らじゃ。ならば、なるべく兵力は温存し、交渉で決着させるが賢明であろう」

 家康の何気ない一言に、石川与七郎は主君がまた一つ成長したことを痛感させられた。最後の最後まで抵抗した敵を憎しむのではなく、取り込むことで三河一統を成し遂げようとしているのだから。

 ――三河一向一揆において手痛いしっぺ返しを受けたことが良い方向へ家康を導いているのではないか。

 そのように思えてならない石川与七郎なのであった。

 そうして家康は牛久保城の包囲を解くと、各隊を所領へ戻し、無暗に戦をせず、喪に服すよう命じ、一ヵ月以上軍事行動を停止させたのである。

 そんな中、同年七月二十八日夜、幕府に絡む動きが起こった。その場所は二条御所のある京――ではなく、大和国の興福寺であった。

「覚慶様!こちらでございます!」

 夜陰に紛れ、汚らしい野武士のような恰好をしている公達たちが手招くのは『覚慶』なる齢二十九の若き僧侶であった。

「あのような忌まわしき事件より二ヵ月もお待たせしてしまい、まことお詫びのしようもございませぬ」

「与一郎、そのようなことを申すでない。そなたはこうして今、予を救うべく奔走してくれておるではないか。先月には越前守護である朝倉左衛門督義景より兄の仇である三好や松永らへ直談があったそうじゃが、それもそなたらの働きかけによるところであろう」

「それは畏れ多いことに。されど、その直談も破談となりましたゆえ、こうしてお救いに参上したのでございます」

「うむ。思えば、私もこうして興福寺へ預けられ、別当の座を約束されておったからこそ、興福寺を敵に回すことを恐れた三好や松永の暴徒どもも幽閉に留められておるのです。運が良かったというほかございませぬ」

「はい。ですので、これを活かさぬ手はございませぬ。某が米田源三郎求政殿へ依頼し、覚慶様への連絡役を任せ、今日は番兵に酒を勧めて沈酔させてもおります。さっ、御供衆の一色式部少輔藤長殿も先に手勢を率いて待っておりますので、そこまで走りましょうぞ」

 覚慶は幕臣・細川与一郎藤孝に手を引かれ、草叢の中を駆け抜ける。そうして覚慶は兄・義輝の遺臣たちの手引きで興福寺を秘かに脱出し、奈良から木津川を遡り、伊賀の上柘植村を目指したのである。

「与一郎、伊賀へ抜けたとして、何処へ向かうつもりか」

「まずは近江国甲賀郡和田の豪族である和田伊賀守惟政殿を頼りまする。かの地への案内人はこの与一郎が務めまするゆえ、ご安心くださいませ」

「そうか、兄が殺害された折、和田城へ謹慎を命じられておった伊賀守を頼るか」

「はい。あの者も某と同じく、亡き公方様には恩義がございますゆえ、それに報いねばなりせぬ」

 今回の覚慶の興福寺脱出には多くの足利義輝の遺臣が関与していた。当人が亡くなってなお、その弟を盛り立てようと奔走するほどの忠臣に恵まれていた兄を覚慶は改めて誇らしく思った。

「じゃが、和田城へ移ったとて、その先はいかがいたすつもりか」

「はい。覚慶様には足利将軍家の当主となる旨を宣言していただき、各地の大名へ御内書を送っていただく所存にございます」

「なんと!」

「越後の上杉弾正少弼輝虎殿をはじめ、これに応じる大名は数多ございましょう。かくなるうえは一人でも多く味方を集い、三好や松永を屈服させることこそ肝要」

 細川与一郎の言い分は道理に適っていた。その第一歩として、まずは興福寺を脱出して監視下から逃れ、多数派工作を実施する必要があったのだ。

 そうして細川与一郎の案内の元、足利義輝の弟・覚慶は近江国甲賀郡にある和田伊賀守が居城・和田城へ入ったのは翌二十九日のことである。

 覚慶はただちに細川与一郎から提案のあった足利将軍家の当主になることの宣言と各地の大名らへ御内書を送り協力を求めた。

 この覚慶からの呼びかけに対し、覚慶の妹婿で若狭守護である武田義統、近江の京極高成、伊賀の仁木義広らが応じた。他にも細川与一郎の兄・三淵藤英をはじめ、一色藤長、大舘晴忠、上野秀政、上野信忠、曽我助乗といった幕臣らが続々と覚慶のもとへと参集し始めたのである。

「覚慶様、御内書は誰に出されましたか」

「うむ。関東管領である越後の上杉弾正少弼輝虎へは幕府再興へ依頼する旨を、安芸の毛利元就、肥後の相良義陽、能登の畠山義綱らへは出兵を要請する旨の書状を出し、いずれも和田伊賀守の副状を発給してもおる」

 そんな覚慶の産卵する文机には他にも三通の書状が残されていた。宛先は越前守護・朝倉左衛門督義景、河内の畠山尚誠。そして、三河の松平蔵人佐家康の名が、たしかに書き記されていた――
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