ライオンハート

紅夜蒼星

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第五話 【力試】 2

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 そこは一つの椅子と机だけが鎮座するやや広めの空間だった。扉の対面の壁には大きな窓があり、穏やかな朝日を部屋の中へと誘う。壁にはエルハイム王国の紋章や、何やら歴史がありそうな剣や槍が飾られている。
 そしてギルドルグ達から見て机の反対側。一つだけ存在する椅子に坐するは、国境警備軍の頂点。ピースベイク将軍であった。
 将軍といえばもっと歳を召しているのが一般的だが、彼は普通よりも大分若々しい印象を受ける。
 傍らには金髪の女性が立ち、さらに護衛のつもりなのか、彼の後ろと両の壁際にはそれぞれ二名ずつ軍人が配備されていた。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はピースベイク。国境警備軍の将軍だ、言っちまえばトップってことだな。隣のコイツはアルドレド・イントゥガンルだ、将軍補佐官兼秘書ってとこだ。……さてギルドルグ・アルグファスト。お前には聞きたいことは色々ある」

「奇遇だな。俺もアンタに聞いてみたいことがあったんだ」

 鷹のようなオーラに気圧されぬよう、ギルドルグはピースベイクへと返答する。
 すぐに言葉が返ってくるとは思わなかったのか、彼は逆に言葉をつぐみ、正面に立つギルドルグをまじまじと見ながら言う。

「はっ、殊勝な態度じゃねぇか。まぁいい、まずはこっちの質問に答えろ。その剣を一体どこで手に入れた」

 若き将軍は懐疑的な目をギルドルグへと向ける。
 獲物を狙う際の、狩人のような瞳にやや怯んだが、ギルドルグは深呼吸してから口を開く。

「これは依頼人からの前受金みたいなもんだ。鏡介が言うには、依頼をするのと同時にこれを置いて帰ったそうだが」

 ほぉ、とピースベイクは小馬鹿にしたように腕を組む。

「その依頼人が一体何者なのか調べたいが、無駄だろうな。まず種明かしをするとだ、こいつはお前の親父の切り札だった名剣だ」

 いきなり衝撃的な事実を口にするピースベイク。
 部屋の空気が熱を増したように感じられ、興奮気味に小さなざわめきが起こるのも無理はなかった。
 ギルドルグに至っては渦中にある自身の剣を、地面へと滑り落としてしまっている。

「それは私も初耳ですが。彼はその異名通り、大剣を使っていたのではないのですか?」

 ピースベイクの傍で控えていた金髪の女性、アルドレドが初めて声を発する。
 そもそもの話ギルドルグ自身がこの剣の存在を知らなかったのだ。赤の他人である彼女が知らなくとも自然である。
 しかしどうやら目の前にいる赤髪の将軍は、この剣の存在を初めから知っていたようだ。

「だから切り札と言っただろ。彼の戦闘スタイルは大剣を所構わず振り回して制圧する、言ってみれば一対大勢に特化した戦闘スタイルだ。だが強者と相対する時、彼はそのスタイルを捨ててとある剣を手に取った。その剣こそが、今そいつが持っている剣だ」

 優が、ゼルフィユが、その部屋にいる全員がギルドルグの持つ剣に視線を注ぐ。
 まじまじと見てみればなるほど、どこか気品や高貴さも滲んでいるような気がする。
 彼が感じていた“自分のために作られたような”感覚というのは、つまりそういうことだった。
 英雄の剣は、その息子が持つにふさわしい。
 ギルドルグ・アルグファストは正式なる継承者として認められたのだ。父に、そして手に持つ剣そのものに。

「王から直接賜与された誉れ高い栄光の剣。彼が落命した際その剣は奪われたと聞いていたがな。一体どういう経緯で、あるべきところへと戻って来たのか。いや一番気になるのは、この剣をわざわざ息子に託して、一体何になる? この剣を所有していたのは敵なのか、味方なのか。分からん……全てが分からん」

 頬杖をついて、ピースベイクは再度ギルドルグと目線を交わす。

「んじゃ次の質問だ。さっきも聞いたが、何でお前らはあの山脈に入り込んだ。一般人が許可なく入り込むことは禁止されている。知らないわけがないだろう」

「勿論知ってはいたが、鏡介がこの剣を見て依頼を受けると決めた以上、俺としては行かなきゃならないんでね。その剣に王家の印が印されていると鏡介は言っていた。だったら王家の許可を取っているも同然とな」

「俺もあいつのことはよく知ってるが、あいつがこの剣を知らないわけがないだろ。当然王家からの許可なんざ出てねぇ。騙されたんじゃねぇの、お前」

 あの野郎、知ってて送り込みやがったな。
 帰ったら一発鏡介をぶん殴ってやる覚悟を決めながら、ギルドルグは言葉を紡ぐ。

「じゃあなんで鏡介は俺たちにこの剣を託して、この山脈に入らせようとしたんだ? 入山には許可がいることを知らないほど馬鹿じゃねぇだろ、あいつ」

「鏡介がこの剣を見て何も思わなかったはずがない。あいつ一体何を考えて――いやちょっと待て。お前ら、依頼の具体的な内容は何だ?」

 三人は互いに目配りした。
 ピースベイク将軍はおそらく信用に足る人物だ。しかしこのことを外部に漏らすのはまずいのではないか。
 価値あるものは人を変える。ピースベイクほどの男でも、魔法石に魅せられ、変わり果ててしまうかもしれない。
 だがこのことを話さなくては、恐らく先に進むことはないだろう。
 ギルドルグは覚悟を決め、依頼内容を語るべく口を開く。

「“霧厳山脈にある永遠の秘宝を、調査してもらいたい”」

 しかし声を出したのはライド・ヘフスゼルガだった。三人の後ろにいたライドに注目が集まる。 
 味方に向けられる懐疑の視線。それに全く怯むことなく、それどころか心地よいとさえ思っていそうな笑顔で彼は言う。

「ピクさん、昨日ギルドルグ君が言っていたじゃないですか。“この山の奥に眠る秘宝を、国家安寧のために取りに来た”と。彼の言っていることが全て本当ならば、依頼というのは大方こんなところでしょう」

「ライドよ、お前ホントに頭がいいな。全てを知ってるんじゃねぇかってくらいに」

「はははクリスさん、買い被りすぎですよ」

 右側の壁にいた兵士が疑いを向けても、ライドは軽く受け流す。先程まで彼を単なるいい人だと思っていたギルドルグ達であったが、ここで大きく評価を変えた。
 “この男には、何かある”と。真意を見せないその張り付いた笑顔の奥に、一体どんなモノを隠しているのか。本当に頭脳明晰で単なるいい人なのかもしれないが、彼らはライドへの不信感を募らせた。

「とりあえずこっちからも聞きたいことがあるから、聞くぜ?」

 ギルドルグの大きなわざとらしい咳払いは、そう広くない部屋を再び静寂させるには充分であった。
 部屋の全ての視線が、再度彼を向く。
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