ライオンハート

紅夜蒼星

文字の大きさ
上 下
41 / 52

第七話 【魔物】 3

しおりを挟む
「真っ先に飛び込んでくるのはあの隻眼かと思っていたがな」

 総勢四人ものダズファイルが、同時に口を開いた。どのダズファイルが声を発しているのか、はたまた全員が声を出しているのか。ギルドルグは全てを注視したものの、わずかな揺らぎさえ見られない。それほどまでに完璧な分身であった。
 だが不思議と恐怖は感じていなかった。
 今のギルドルグを支配するものは、紛れもなく昂揚感だった。命をやり取りをする場だというのに、楽しくて仕方がなかった。

「あいつよりも先に、あんたにはお礼をしておかなくちゃならなくてね」

「殊勝なことだ。だが勇気と無謀は似て非なるもの……おっと」

 返事をするまでもない。
 ギルドルグはダズファイルが言葉を紡ぐ途中に、そう言わんばかりに近くにいたダズファイルに距離を詰めた。
 軍人であるピースベイク達と比べれば、やや不格好な姿勢の攻め方かもしれない。
 しかし彼にも、長年宝狩りトレジャーハントで培ってきた経験がある。足の運びの速さでいえば、ピースベイク達にも全く引けを取らず、それどころかその速さはダズファイルよりもほんの僅かに勝っている。
 ピースベイク達に言わせれば戦闘のアマチュアにすぎない彼も、あるいはその速さをもって圧倒することは可能かもしれない。
 ただしそれは、あくまでも敵が“一人だった”時の話である。
 
「お前がいくら速かろうが、相手が複数となれば話は別だろう?」

 ギルドルグが襲い掛かったダズファイルが、手に持つ黒剣でその襲撃をいなす。と同時に近くにいたもう一人のダズファイルが剣を突き出し、ギルドルグの利き手の腕を狙う。
 なんとかギルドルグはバックステップで回避するも、また別のダズファイルがさらに剣をもってギルドルグに襲い掛かる。
 ジリ貧だ。ギルドルグは舌打ちする。
 苛立つ彼を尻目に、相対するダズファイルだけでなく、他のダズファイル全てが邪悪な笑みを浮かべた。

「正解は一つだけだ。はてさて、貴様に見極めることが出来るかな」

 本来ならば、声が聞こえる影を見定めればいい。聞き定めればいい。正解である本体以外が霧で形成された偽物であるならば、声まで全てのダズファイルから聞こえてくるわけはない。
 幸いギルドルグ自身、耳の機能自体に全く問題はない。ただしそれでも、幾度剣を交え、言葉を交わそうとも本体の特定は未だ成しえない。
 理由はこの戦場、洞窟にあった。
 静謐で重苦しい雰囲気が漂うこの場所は、霧厳山脈の中腹深くにある洞窟だ。洞窟を切り開いて造られたこの場所は、声の反響というものが開けた場所に比べて非常にしやすい。
 淀んだ空気に加え、光も松明に頼っているため、そもそも敵の正確な姿も認識し辛い。
 ダズファイルにとってこの場所は、自身の特性を生かすための最高の条件が整っていた。

「……知ってっか、クソジジイ」

 しかし突如。その静謐な空間に、一人の襲撃者。
 ギルドルグの視界の端には、何度もその影は姿を見せていた。見せてはいたが――視線は決して向けることはなかった。
 全てはこの奇襲のため。暗闇でも誰よりも目が利く、耳が利く、鼻が利く彼を、霧の王へと襲撃させるため。
 闇は何も、ダズファイル・アーマンハイドだけの味方ではない。
 例えば――そう、野生の狼等にとっては、絶好の狩りの機会になるだろう。
 宵闇の襲撃者。ゼルフィユ・アブゾが己の爪を鋭く伸ばした。

「狼ってのは、耳がいいんだぜ」

 この広間は光を松明に頼っているため、敵の正確な姿を認識し辛い。
 この条件は人間である以上、ギルドルグ達でなくダズファイル側にとっても当然の状況だ。
 故に。

「餓狼鋭爪(ヴォルフネイル)!」

 奇襲による一撃は、これ以上なく有効であった。
 突如暗闇から顕現した、狼化したゼルフィユによる奇襲攻撃。
 ダズファイルの余裕が張り付いた顔へ、僅かに驚愕の色が宿る。
 襲撃は有効だった。否、正確には、有効なはずであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...