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第七話 【魔物】 3
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「真っ先に飛び込んでくるのはあの隻眼かと思っていたがな」
総勢四人ものダズファイルが、同時に口を開いた。どのダズファイルが声を発しているのか、はたまた全員が声を出しているのか。ギルドルグは全てを注視したものの、わずかな揺らぎさえ見られない。それほどまでに完璧な分身であった。
だが不思議と恐怖は感じていなかった。
今のギルドルグを支配するものは、紛れもなく昂揚感だった。命をやり取りをする場だというのに、楽しくて仕方がなかった。
「あいつよりも先に、あんたにはお礼をしておかなくちゃならなくてね」
「殊勝なことだ。だが勇気と無謀は似て非なるもの……おっと」
返事をするまでもない。
ギルドルグはダズファイルが言葉を紡ぐ途中に、そう言わんばかりに近くにいたダズファイルに距離を詰めた。
軍人であるピースベイク達と比べれば、やや不格好な姿勢の攻め方かもしれない。
しかし彼にも、長年宝狩りで培ってきた経験がある。足の運びの速さでいえば、ピースベイク達にも全く引けを取らず、それどころかその速さはダズファイルよりもほんの僅かに勝っている。
ピースベイク達に言わせれば戦闘のアマチュアにすぎない彼も、あるいはその速さをもって圧倒することは可能かもしれない。
ただしそれは、あくまでも敵が“一人だった”時の話である。
「お前がいくら速かろうが、相手が複数となれば話は別だろう?」
ギルドルグが襲い掛かったダズファイルが、手に持つ黒剣でその襲撃をいなす。と同時に近くにいたもう一人のダズファイルが剣を突き出し、ギルドルグの利き手の腕を狙う。
なんとかギルドルグはバックステップで回避するも、また別のダズファイルがさらに剣をもってギルドルグに襲い掛かる。
ジリ貧だ。ギルドルグは舌打ちする。
苛立つ彼を尻目に、相対するダズファイルだけでなく、他のダズファイル全てが邪悪な笑みを浮かべた。
「正解は一つだけだ。はてさて、貴様に見極めることが出来るかな」
本来ならば、声が聞こえる影を見定めればいい。聞き定めればいい。正解である本体以外が霧で形成された偽物であるならば、声まで全てのダズファイルから聞こえてくるわけはない。
幸いギルドルグ自身、耳の機能自体に全く問題はない。ただしそれでも、幾度剣を交え、言葉を交わそうとも本体の特定は未だ成しえない。
理由はこの戦場、洞窟にあった。
静謐で重苦しい雰囲気が漂うこの場所は、霧厳山脈の中腹深くにある洞窟だ。洞窟を切り開いて造られたこの場所は、声の反響というものが開けた場所に比べて非常にしやすい。
淀んだ空気に加え、光も松明に頼っているため、そもそも敵の正確な姿も認識し辛い。
ダズファイルにとってこの場所は、自身の特性を生かすための最高の条件が整っていた。
「……知ってっか、クソジジイ」
しかし突如。その静謐な空間に、一人の襲撃者。
ギルドルグの視界の端には、何度もその影は姿を見せていた。見せてはいたが――視線は決して向けることはなかった。
全てはこの奇襲のため。暗闇でも誰よりも目が利く、耳が利く、鼻が利く彼を、霧の王へと襲撃させるため。
闇は何も、ダズファイル・アーマンハイドだけの味方ではない。
例えば――そう、野生の狼等にとっては、絶好の狩りの機会になるだろう。
宵闇の襲撃者。ゼルフィユ・アブゾが己の爪を鋭く伸ばした。
「狼ってのは、耳がいいんだぜ」
この広間は光を松明に頼っているため、敵の正確な姿を認識し辛い。
この条件は人間である以上、ギルドルグ達でなくダズファイル側にとっても当然の状況だ。
故に。
「餓狼鋭爪(ヴォルフネイル)!」
奇襲による一撃は、これ以上なく有効であった。
突如暗闇から顕現した、狼化したゼルフィユによる奇襲攻撃。
ダズファイルの余裕が張り付いた顔へ、僅かに驚愕の色が宿る。
襲撃は有効だった。否、正確には、有効なはずであった。
総勢四人ものダズファイルが、同時に口を開いた。どのダズファイルが声を発しているのか、はたまた全員が声を出しているのか。ギルドルグは全てを注視したものの、わずかな揺らぎさえ見られない。それほどまでに完璧な分身であった。
だが不思議と恐怖は感じていなかった。
今のギルドルグを支配するものは、紛れもなく昂揚感だった。命をやり取りをする場だというのに、楽しくて仕方がなかった。
「あいつよりも先に、あんたにはお礼をしておかなくちゃならなくてね」
「殊勝なことだ。だが勇気と無謀は似て非なるもの……おっと」
返事をするまでもない。
ギルドルグはダズファイルが言葉を紡ぐ途中に、そう言わんばかりに近くにいたダズファイルに距離を詰めた。
軍人であるピースベイク達と比べれば、やや不格好な姿勢の攻め方かもしれない。
しかし彼にも、長年宝狩りで培ってきた経験がある。足の運びの速さでいえば、ピースベイク達にも全く引けを取らず、それどころかその速さはダズファイルよりもほんの僅かに勝っている。
ピースベイク達に言わせれば戦闘のアマチュアにすぎない彼も、あるいはその速さをもって圧倒することは可能かもしれない。
ただしそれは、あくまでも敵が“一人だった”時の話である。
「お前がいくら速かろうが、相手が複数となれば話は別だろう?」
ギルドルグが襲い掛かったダズファイルが、手に持つ黒剣でその襲撃をいなす。と同時に近くにいたもう一人のダズファイルが剣を突き出し、ギルドルグの利き手の腕を狙う。
なんとかギルドルグはバックステップで回避するも、また別のダズファイルがさらに剣をもってギルドルグに襲い掛かる。
ジリ貧だ。ギルドルグは舌打ちする。
苛立つ彼を尻目に、相対するダズファイルだけでなく、他のダズファイル全てが邪悪な笑みを浮かべた。
「正解は一つだけだ。はてさて、貴様に見極めることが出来るかな」
本来ならば、声が聞こえる影を見定めればいい。聞き定めればいい。正解である本体以外が霧で形成された偽物であるならば、声まで全てのダズファイルから聞こえてくるわけはない。
幸いギルドルグ自身、耳の機能自体に全く問題はない。ただしそれでも、幾度剣を交え、言葉を交わそうとも本体の特定は未だ成しえない。
理由はこの戦場、洞窟にあった。
静謐で重苦しい雰囲気が漂うこの場所は、霧厳山脈の中腹深くにある洞窟だ。洞窟を切り開いて造られたこの場所は、声の反響というものが開けた場所に比べて非常にしやすい。
淀んだ空気に加え、光も松明に頼っているため、そもそも敵の正確な姿も認識し辛い。
ダズファイルにとってこの場所は、自身の特性を生かすための最高の条件が整っていた。
「……知ってっか、クソジジイ」
しかし突如。その静謐な空間に、一人の襲撃者。
ギルドルグの視界の端には、何度もその影は姿を見せていた。見せてはいたが――視線は決して向けることはなかった。
全てはこの奇襲のため。暗闇でも誰よりも目が利く、耳が利く、鼻が利く彼を、霧の王へと襲撃させるため。
闇は何も、ダズファイル・アーマンハイドだけの味方ではない。
例えば――そう、野生の狼等にとっては、絶好の狩りの機会になるだろう。
宵闇の襲撃者。ゼルフィユ・アブゾが己の爪を鋭く伸ばした。
「狼ってのは、耳がいいんだぜ」
この広間は光を松明に頼っているため、敵の正確な姿を認識し辛い。
この条件は人間である以上、ギルドルグ達でなくダズファイル側にとっても当然の状況だ。
故に。
「餓狼鋭爪(ヴォルフネイル)!」
奇襲による一撃は、これ以上なく有効であった。
突如暗闇から顕現した、狼化したゼルフィユによる奇襲攻撃。
ダズファイルの余裕が張り付いた顔へ、僅かに驚愕の色が宿る。
襲撃は有効だった。否、正確には、有効なはずであった。
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