ライオンハート

紅夜蒼星

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第八話 【饗宴】 3

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 ピースベイクはこの局面に来て初めてダズファイルと対峙した。肩で息をする彼とは対照的に、敵には余裕が感じられる。剣はどこかで落としたとでもいうのか、戦場だというのにダズファイルの手には何も握られていない。
 ――散々霧を操っておいて、疲れはナシときた。
 想像以上に厄介な相手だと、国境防衛軍の将軍は苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべる。

「王の前に立つとは頭が高いぞ。控えろよ諸人」

 言うが早いか、ダズファイルは右腕を薙ぐように振るった。何も持っていない筈だが、ピースベイクは何と無しに防御の構えをとる。無駄な動作だと構えた後に気付いたが、それは彼の骨まで染みついている防御の姿勢だった。
 しかし結果的には、その行動がピースベイクを救う。構えていた左剣に、何か剣のようなものが命中したのだ。
 構えていたとはいえ不意を突かれた彼は、すぐさま右剣も左剣に添え、胸の前でクロスするように防御した。しばらくダズファイルは右腕一本のみで隻眼の剣士を圧倒したが、やがて飽きたように自分から剣をひいた。
 不可視の剣が、今は見えるようになっていた。簡単な話だ、霧を操って自らの剣をも消していたのだ。分身が消えたとあって油断していたが、それくらいの操作は造作もないのだろう。
 
「防ぐとはな。褒めてやろう雑兵」

「光栄だぜ王様よォ! 雑兵もなかなかやるもんだろうが!」

 今度はピースベイクから仕掛けた。数歩の距離をとったと思えば両腕を広げ、自らの胴を軸に回転しながらダズファイルに迫る。全てを破壊し尽くす、嵐のような斬撃が霧の王を襲った。ピースベイク自身はこの剣技を“壊嵐(カイラン)”と名付けている。
 しかしダズファイルは、剣を猛烈な勢いで縦に振り切って強引に回転を止めた。その腕力のみでピースベイクの回転そのものを阻害したのだ。
 破られたことのない技だった。自信と矜持をもって放ったにも関わらず、それは防がれた。能力以前に、とんでもない戦闘能力を持つ男だ。大乱の首謀者、ダズファイル・アーマンハイド。当然と言えば当然だが、よもやこれほどとは。
 ピースベイクは一人の戦士として、彼に少しばかりの敬意を覚えた。
 どれほどの鍛錬と修練で、その段階にまで達したというのだろう。どれほどの覚悟と決意で、その次元にまで至ったというのだろう。
 そして何故、道を違えたのか。これほどの男が、守るのではなく奪うために力を振るうとは。
 ――そういえば、気になることがもう一つあったな。 

「ヴァルプルギスの夜は、俺も聞き覚えがある。だがお前の言った話とは大分違ったぜ」

 ここで初めてダズファイルが、眼前の敵に興味を示した。彼らは両者、切先と敵意を相手に向けながら動きを止める。
 戦闘中でもその他大勢の一人としか認識しなかったその目は、先程までとは確かに違う。どこまでも見下すような冷たい目ではなく、純粋に続きを促す目。ピースベイクにその意識を向ける視線。

「……ほう」 

「魔法使いが集い、春の訪れを待つ宴だ。長く閉ざされた冬が終わり、誰もが待ち望んだ春がやってくるのを待つ夜だ」

 双剣の使い手は再び、凄まじい攻勢を仕掛ける。そこに一切の慈悲はなく、容赦のない斬撃が霧の王に浴びせられる。
 しかしダズファイルはその全てを避け、あるいは防ぎながら攻撃の隙を窺っている。彼は狡猾だが、かつての戦争でオスゲルニアを率いたほどの実力者だ。その程度は造作もない。
 二人の剣戟は霧厳山脈の大気を揺らし、ときに火花を散らしながら打ち合う。ピースベイクの頬や腕には小さい傷が走っているが、対するダズファイルはほとんど無傷だ。息遣いや体の疲労も、二人には差がありすぎる。
 だが倒れない。屈しない。エルハイムの守護を司るものとして、揺らぎのない誇りがピースベイクを突き動かしていた。

「必ず春はやってくる。孤独な冬も、やがては終わる」

 彼は左の剣を顔面めがけて勢いよく突き立てるものの、すんでのところで防がれた。しかしそれはあくまでも囮だった。ピースベイクは一歩踏み出し、右の剣を横に走らせると、ようやくダズファイルの身体に傷がつく。
 傷をつけられたという事実に舌打ちし、忌々しげにピースベイクを見るダズファイル。
 そんな霧厳山脈の主に、国境警備軍の将軍は切先を向けて宣言する。
 
「全てに必ず終わりは来るんだ。このエルハイムの、長い冬にもな」

 お前の時代は終わりだと言わんばかりに、若き将軍は言い放った。
 めまぐるしい攻防が、再度展開される。
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