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Aの生態ファイル

Aから君へ相談がある。蘭さんには内緒だ

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なあ画面の向こうにいるあんた。
そう、普通の人間のキミ。
今から俺の思考を開示するから少し付き合ってほしい。
こわがるなよ。別に何もしやしない。
俺の悩みを聞いてほしいだけだ。

「いやー!やっぱスコアランキングトップのAさんがチームに入ると、ギルドのトータルランキングも上がるなァァァ!最高ー!!」

「……それは良かったです」

「Aさんてエイムアシストもなしでほぼ外さないですからね!どうやって即撃ちしてるんです!?」

「あ、それ!アタシも知りたいたいです!!良かったら今度、動画配信して下さいよ!!」

「いいね!参考になるし!」

「……動画、配信……」

っていうのはあれか。
俺のゲームプレイをみたいということか。
それは構わないのだが……。

「顔出しはNGだ」

「えー!Aさんの声、チャットだと凄くイイ声だから期待してたのに!」

「おいおい、Rionちゃんぼくは!?」

「だるさんは別に~いいかなぁwww」

「オ゙ィィィィィィィィィ!!!」

「まじ草」

これは、サバイバルホラー型のFPSゲームの仲間達だ。
蘭さんが暇を持て余している俺に買ってきてくれた。
だからやっている。

「すまないが、時間だ。そろそろ落ちる」

「Aさん落ちるの?じゃ、アタシも落ちよーっと」

「お、もうこんな時間か。Aさん居なくなると一気に過疎るからなぁ」

「ねぇねぇAさん!!最後におやすみって言って!言って!」

「……………………おやすみ」

「ギャァァァァァ♡」

「ってなんでだるさんまで♡飛ばしてんのwww」

「ってかROMってる人も死んだんじゃないか?今!」

「Aさんゾンビだけじゃなくてユーザーへの殺傷能力もたっか!たっか!」

そんなこんなで俺は今、このゲーム内で人気者らしい。
注目されるのは別に嫌ではない。
マイク付きのヘッドフォンを外すと、俺は一呼吸おいた。
オープンチャットから抜け出すとフレンドに通知が行く仕様らしい。
だからその瞬間に俺の個人チャット宛てに様々な通知がくる。
ゲームの攻略の話から、これから2人で話したいだの俺の年齢だの異性としてのやりとりを求めるやつもいれば、そこを通り越して完結にエロい話を持ち出してくるやつもいる。
それから暴言を吐いてくるやつも。

「観察しているだけで面白いな、人って」

人間ってのは様々だなと思う。
間接的ではあるが普通の人間と話をするのは正直言って楽しい。
するとそこに、

「で、話ってなんすか?なんか怖いんだけど……」

と、ギルドマスターのだるから通知が来た。
先程の返事だ。
俺は再びヘッドフォンを付けた。

「いや、特に恐ろしい話はしない。単純に悩みを聞いてほしいんだ」

「え、あ、うん、ぼくで良ければ……」

おどおどしているのは、だるが実は人と話すことに慣れていないからだと思った。
それを見抜いたからこそ、俺はキミに話を聞いて欲しかった。

「好きな人がいるんだが、気を引くにはどうしたらいいと思う?」

「は?」

だるがキョトンとした声を返してきた。

「タイム!Aさんて歳いくつ!?」

「そこ重要なのか?」

「重要バチクソ重要!」

「17」

くらいだ、多分。

「じゅーななぁぁぁぁ!?DKやーーーん!!」

DK……ああ、男子高校生のことか。
あ、癖で脳内サーチエンジン働いちまった。

「そう、DKだ」

「DK!イケボのDKと話しているぼく!!」

なんでそこまで喜べるんだ。

「この話、りおんちゃんに言ってもいい?りおんちゃんもJKなんだよ!知ったら喜ぶよーきっと!」

JK……女子高生か。日本語は面白いな。振り幅があって。

「なんでRionが喜ぶ」

「そりゃあだってお前……」

「ん……?」

「お前のこと好きみたいだからな……」

「……………………」

「あー、Aさんならきっともうファンがいるし、きっと彼女くらいいるって言ってるんだけどね……。いつもAさんが~Aさんが~しか言わんし、Aさんがチームいる時に誘うとめちゃくちゃ喜ぶしね、りおんちゃん」

「つまりだるは、Rionが好きなのか」

「な、な、な、なんでそうなるの!?べべべつにぼくは……」

「はは、隠すの下手だな、だるは」

「え、Aさんが笑った……だと!?」

「笑うくらいはする」

好きだ……と言われても俺には蘭さんがいる。
あの人は俺を子供としてしか見てないようだが。
こうやって通常の人間とコンタクトを取るのも、楽しいと思えたのはあの人のお陰だ。

「あ、ごめん、ぼくのことはどうでもいいんだよ。Aさんの話聞かないとな。というか、Aって呼んでもいい?ぼくのが年上だったし」

「構わない」

「ありがとう!おお、あの殺し屋のAと仲良くなれるなんて思ってなかった!」

「俺も、ここまで誰かと喋るとは思ってなかったかな」

「もうリリースから3ヶ月以上経つもんなぁ。諦めずずっと勧誘続けてて良かったよ」

「そこは別に気にしなくても……。ギルドは特に何処でも良かったし」

「そうなんだ?むしろAくらいの実力なら、自分がギルマスなれば良かったのでは?」

「そーゆーのは面倒くさいんだ」

「あーわかる!相手のプレイング情報とか気にしないといけないしねー……」

「そこはだるに任せるよ。結構、向いてると思う」

「ほんと!?そんなこと初めて言われた!しかもAに言われたら俄然やる気が出てきたよ!」

だるは単純だが、悪いやつではないと思う。
俺を引き入れたことで他の連中から叩かれたことがあったようだが、だるの人間性でそれも今は鎮火している。
だる本人もよくあることだと言って、わざわざ蒸し返したりはしない。

「ところでごめん、Aの話だったよな。……好きな人だっけ、どんな人?」

「いや、今日はいいよ。また別の時に話そう」

「え?ぼくなら時間あるしまだまだ大丈夫だけど」

「なら、このまま1on1付き合え。攻略少し教えてやる」

「ままま、まじで!いいの?」

「ああ、気にするな!」

「うわぁぁあ!こりゃあ、りおんちゃんだけじゃなくて他のAファンからもまた叩かれるよーw」

「じゃ、黙っとけ。とりあえずマッチングするぞ」

「おっけー」

だるは話しやすい。
前に居たギルドマスターからは、ああしろこうしろだの指示が飛んできて、まるで施設にいた頃のような感覚が強かったが、だるとのプレイングはまるで自由だ。
慣れないマッチング相手を助けに行こうが、気に入らない仲間をキルしようが、だるはゲームだから好きに遊ぼうと言ってくれた。
そして、俺なんかのチームに入ってくれてありがとうな、と感謝の言葉をくれた。
ただ、加入しただけでだ。

「だるが苦手なこのステージやろう」

「え、なんで知ってんの?」

「スコアの伸びが、だるはこのステージだと極端に低いからだよ」

「そこに気づいてるの、Aさんだけだよ、ほんとに助かる」

「だるはスナイピングは上手いけど、乱戦苦手だもんな」

「うん、囲まれると焦っちゃうんだ」

「なら、この場所に真っ先に向かうといい。ここはゾンビの群れが集まりやすいが障害が少ないからスナイピングもしやすい。雑魚ばかり集中するから固まってきたら火炎弾も有効だ。タゲられてボス級クリーチャーが来ても、ここに現れるまでには相当数別のユーザーに削られているはずだから、残弾数しだいで片付けられるし、無理なら逃げてフレンドと協力すれば今よりはポイントが稼げるはずだ」

「な、なるほど!地形的にスナイピング向かないのかなと思ってめちゃくちゃ前線にでてたよ!ショットガンじゃかなり打ち込んでも変異体にはあまり効かないし、四方からタコ殴りだったからさ……」

「そうだろうなと思って援護はしてた。いつも助けられなかったけど」

「え、恥ずかしー!言ってくれよ!ぼく、ギルマスだけど弱いからw」

「指示をだすのがあまり良くないと思ってた。俺がそうだから。好きにやりたいし」

「え?Aからの指示は別だよ!だってこのゲーム1上手いんだからさ!ほら!おれ!このステージ初めて1度も死なずにクリア出来たし!ってAさんのスコア何それ!神なん?」

「ボスをほぼ全て倒すとこうなる」

「ま!?どうやって倒してんの?」

「散弾銃で近距離からウィークをひたすら狙う。ちょっとコツがあるけど。ミスると即死するし」

「だ ろ う ね !」

「今度教えるよ」

「うわぁ!うわぁ!すげぇ!ありがてぇ!Aさんてめちゃくちゃ優しいじゃん!もうもっとクールかと思ってた!」

「会話をするのも、聞いてるのも嫌いではないかな」

「そうなんだ?でも、なんか他の話があったみたいなのにごめんな。明日は聞くから」

「ありがとう。助かるよ。それじゃ、また」

「おう、またな!おやすみ!DK!」

DK……。
何やらあだ名がついてしまった……。
でもまあそれも悪くない。
こーゆーの、友達、とかいうやつなのかな?
会ったこともないから、分からないのだけれど。

「よぉ、楽しくゲームしてたみたいだな」

「蘭さん、いつから見てたの」

「ついさっきだよ。エィが必死に、友達の援護の為にボスの気を引いて珍しく死にかけてた当たりからだ」

「あ、あれは……前線に出るとターゲッティングされやすくなるからで……」

友達……蘭さんからもそんな風に見えたのか。

「エィの優しいところに気づいてくれる人が居て、パパは嬉しいよ」

そして、蘭さんはボクにおやすみといって背を向けた。
その手を引くと、蘭さんは驚いたようにこちらを振り返った。

「蘭さん……その……」

「どうした?1人じゃ眠れないとか?」

「いや、そうじゃなくて……その、このゲーム、買ってくれてありがとう……」

「なんだそんなことか。元々Aは肉弾戦が好きだしな。それに何より本来クリーチャー側の人間だからな……。ユーザーキルで楽しむかと思ってたが……でも仲間を助けることを覚えた優しい子だ。今はそれが分かっただけで、パパは充分だよ」

「……俺も少しずつ人間に近づけてるってことか?」

「そうだ。もっと自信を持っていい」

蘭さんはとても優しい。
施設に居た時からカッコよくて、綺麗で、大人で、時々気が強い。そこが可愛い。
俺は蘭さんに助けられたことを一生忘れない。
だって。そうじゃなかったら俺は……。

「じゃあな。また明日。エィ」

「ああ、おやすみなさい、蘭さん」

あのゲーム中のクリーチャーと、なんら変わらない殺す為に生み出された生物兵器にしか過ぎなかったから。

俺を、人間にしてくれてありがとう、蘭さん。


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