令嬢は、婚約破棄をご所望ですか?

シャオリン

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19.公爵男子の独白

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 社交界デビューは15歳。幾人かの令嬢とダンスは踊ったが、まだ自分に婚約者はいない。

 皆同じような服装、髪型で、特別な女性というものが自分の中でいなかった。
 似たりよったりという表現は姉に怒られそうだ。
 だが令嬢達と話をしても、皆一様に差し障りない世間話しかせず特徴が無い。

 普遍な令嬢量産の機械でもあるのだろうか。
 最近の繊維業における機械化は目覚ましい物がある。令嬢育成機があっても不思議では無い。

 何をやらせても優秀な姉はもう婚約が決まっている。
 だが自分は嫁を娶るより、建築や設計をしていたい。

 人間に執着するような恋愛には、縁がないと思っていた。


 図書館である少年に出会った。
 年は16、というがダボダボの麻シャツから見える細い首は自分と同じ年頃の男のものには見えなかった。
 だがその少年の持つ学術知識たるや自分を遙かに凌駕していた。

 一体この少年は何者だ?と考える暇を与え無いかのように少年は次の行動を起こすので、付いていくのに必死だった。

 教授の無罪を晴らすためだから失敗できないと自分を追い詰めているからか、その手がかりが見つかったからか、今日はいつもより心臓が早い。
 少年が笑う。また心臓が跳ねる。

 いつの間にか自分の中で謎の少年を認めていた。
 クーと呼びかけると、ウィルと愛称で呼び返される。

 ボワッソ弟が連行されたあとクーと目線か絡まり、感極まって歓声をあげながら互いに抱擁した。

 腕を回していた小さな体は骨が感じられるほど薄く、でも所々柔らかかった。
 自分の胸元までしか無い背。力いっぱい返される抱擁は心地よい苦しさだった。

 我に返って腕を外したがクーはまだ抱きついていて、ギュッと力が入り腕の力は解かれた。
 頭がこてっと胸にもたれ掛かってきた。

 体の芯が激しく痺れる。どうしたんだこの心臓は。脈打つ音が耳で聞こえるほどドクドクしている。
 顔が、体が熱い。
 思いっきり抱きしめたい。
 頬ずりしたい。

 この現象の原因である小さな生きものは、息を少し吐き一歩離れる。

「やったね。」
 照れを隠すようにニッと笑った。


 こんな優秀な者をゴシップ記者として眠らせておくなんて勿体無い。そうだ、従者にしたら良いではないか。
 分野は違うが他の仕事でもその有能さは発揮されるだろう。

 従者になるんだからリオンヌ邸うちに住めばいい。自分専属なんだから同じ部屋でもいいか。
 このベッドは広い。一緒に寝ても大丈夫だろう。

 初めてできた『親友』にどうしようもなく気分が高揚する。
 クーの意向を確認せず準備をしていると姉に止められた。
 そして教授がクーを助手にと望んでいることを知る。

 そうだ、クーは大学へ行きたがっている。
 『親友』ならばその道を応援すべきだろう。

 心の底でチリチリする変な感情が邪魔だな。



 クーが教授の助手となった。

 茹だるような暑さの夏、更に火でガラス器具を加熱している。襟足から流れる汗が見える。
 薬品のツンとする刺激臭に交じるクーの汗の匂い。
 甘く、そして少し酸っぱい。
 たまらない。
 クーの汗の匂いに病みつきになりそうだ。
 変態っぽいが、本当なのだ、仕方ない。
 もっと匂いを嗅ぎたくて、できるだけ側に寄る。

 からかってきたから頬をグリグリしてやる。
 柔らかさに、その笑顔に心の飢えが満たされる。

 クーが男で良かった。女性ならこんな様に触ることは以ての外、近づくことすらできない。

 不味いと思うほど自分の中のクーが大きな存在になってゆく。


「んー、ここに来るまでは決まった寝床なんて無かったよ。部屋を借りるほどお金ないし。」

 何気なく教授の助手になる前の生活を聞いて驚いた。

「どこに寝てたか?だいたいは橋の下だけど、図書館でお世話になったこともあったかな。
 アランの新聞社に泊まってもいたけど、穴を狙われるから止めたんだよね。」

 ……あな?
 ………………穴ですと?

「ウィル、鼻息荒過ぎ、過呼吸になるよ。
 穴を狙われていると言ってもスブッとはされてないから大丈夫。先っぽだけだし。」

 先っぽだけ。

 嫉妬と、先っぽだけで止めた偉大さと、無垢な子に悪戯した事への怒りが湧いてきた。

 クーは自分が何をされたか知らないに違いない。
 自分だって、色々知ったのは最近のこと。
 クーが知らないのを良いことに、あんな事やこんな事をしたに違いない。
 アランとやら、許さない。

 クー、怖かっただろう、可哀想に。

「確かに少し怖かったけど、結構気持ち良かったよ。
 ちょっと痛かったけどね。

 うわっ!ウィル!!
 血が!!!」

 怒りに、頭に血が登りすぎて鼻血が出てしまった。何故か下半身にまで血が集まって恥ずかしい。

 鼻の上を軽い力で抑え、止血してくれるクー。

嗚呼クー、そんな近くに寄らないでくれ。
 でももっとクーを近くに感じたい、なんなら抱きしめたいという激情を理性で鎮める。

「耳掻きって言うんだって。

 東洋の文化だそうだよ。自分じゃできないからって言われても、耳に入れられるの怖いよね。
 耳の粘膜って傷つきやすいしさ。」

 耳!!
 粘膜!!!

 クーの口からでる卑猥な言葉に目眩がする。

 いつの間に来たのか、教授が温かい目でこちらを見ていた。

 そんな平和で刺激的な日々はクーの性別がわかる日あのまで続いたのだった。
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