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26.王子、街に出る 3
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戸の隙間から外に滑り出ると、すぐ側にトニー達が立っていた。
話し声が聞こえていたのか、手に持った瓶を見てぎょっとした表情をした。
「これは毒じゃないよ。薬…かな?」
「くすり………なの?」
静まりかえった家の中から時折荒い息づかいが聞こえてくる。
「これを飲むとね、体の悪いところが治ったりするんだよ。その代わり熱病に掛かったみたいに酷く汗が出たり、呼吸が苦しくなったり、目の前が霞んだりするけどね。」
使用者の健康状況によっては死ぬほど苦しむ場合もあるらしいからこの薬は一般に知られてないし、使われてもいない。
色味はワインに似ていても、味や風味は全然違う。上流階級の人間なら少し口に含んだだけでワインじゃないって気がついたのにね。
王子を見ると硬い表情をしていた。
「オジサンは明後日には楽になると思うよ。そしたら今までよりも元気だ。
それまで気休めに、これを飲ませておいて。じゃが芋を似た時に鍋の底に残るデンプンで、毒じゃないから。」
デンプンの入った薬包を握りしめ、トニーが引きつった声で尋ねてくる。
「クラリスは………お姉ちゃんは売られたの?」
「そうみたいだね。」
父親との会話が聞こえてたんだ。
幸か不幸か、売られた先は娼館じゃなかったし、クラリスに背負わされた借金は100リーフだ。
女子の労働賃金は低いから稼げて一日1リーフ。生活費に使ったら10ソル余ればいい方か。
とすると100ソル=1リーフだから借金返済まで1000日。
うまく行けば3~4年で自由の身だ。
でもそれはちゃんと賃金が貰えたり、騙し盗られなかったり、病気にならなかったり、他に売り飛ばされたり、死んでなかったりした場合の、最高の未来。
とても、可能性の低い未来。
トニーをぎゅっと抱きしめる。
骨ばった、とても細く冷たい体。呼吸の度にガサガサ小さな音がトニーの体内から響いてくる。
大丈夫、なんて言えない。
頑張れ、とも言えない。
本当の自分から逃げてる自分が偉そうに言えることなんて無い。
ありがと。小さな声を残して、痩せっぽっちの少年は自分の家に消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街の中心部から少し歩くと、開発が進んでいない地区に出る。人通りも少なく、少しだけ緊張を緩めて一息ついた。
建物の隙間から覗く城壁と、その先に拡がる荒野を見つめる王子はやはり美しかった。
王子がクラリスを買い戻す!と言い出すかとヒヤヒヤしたが杞憂に終わりホッとした。
トニーやクラリスを思うと辛い。でも同じ様な境遇の人は数えきれない程いる。
貧民街の子たちで姿が見えなくなった者は、死んだか売られたかのどちらかだというのは常識だ。
本当は、トニーはクラリスが売られた事を知っていたんじゃないかな。でも確かめることができなかったのかもしれない。
「トニーのオジサンは働きに出ず、クラリスやおばさんが稼いできたお金で飲んでばかり。」
王子が振り返る。日に透けて髪がキラキラと輝いている。
「でもね、昔は真面目な靴屋だったんだって。
不景気でお客が減って商売がうまく行かなくなってたとき役人に目をつけられた。
言い掛かりみたいな理由で家ごと店を取り上げられ、今ではその場所に豪華な貴族の家ができてるよ。
役人に抵抗している時に腕を怪我して、ちゃんと治療できなかったから動かすと今も傷むそうだよ。
トニー達のおばさんもね、必死に働いて支えてたけど病気になって何年か前に亡くなってる。」
おばさんの火葬で、煙に向かって叫んでいたオジサンを思い出す。
お酒も止めて、必死に働いて薬を買おうとしていたらしい。でも偶々同じ薬を買いに来た金持ちが根こそぎ高値で買い取ってしまい、薬を手に入れることができなかった。
オジサンの口汚い罵声は、自分を責めてるようだった。
クラリスを売るんだったらもっと早く、もっと高く売れたんだ。
今回本気で売るつもりは、無かったのかもしれない。
「100リーフ…」
王子が小さく呟いた。
「それだけの金額のために子供が売られているなんて…知らなかった………」
クラリスの件に愕然としている様だった。
王子は100リーフというお金の少なさに驚いているのか?
100リーフ。王族からしたゴミみたいな金額。王子の靴下一枚だってきっと買えない。
でも、王子にそれを嘆かれたくない。
知らずに握りしめていた拳がプルプル震えていた。
腹が立つ。
皆必死で生きている。それでも貧困から抜け出せ無い。
その原因を作っておいて、同情なんかするな。
「働いたって、税金に取られてばっかりだ。食べ物を買ったって税金を払わなきゃいけない。
粉を挽いても税金、焼いても税金。パンなんか買えやしない!!!」
ヤバイ。
王子に向かってこんなこと言ったら不敬罪で首が飛ぶ。
でも巷で人気の『王族を前にしてぶちまけたい不満リスト』が止まらないっっ。誰だ、こんな特集を新聞に載せたのは。
『パンが無ければお菓子を食べれば良いじゃん』とか、考えた人天才か!!!
話し声が聞こえていたのか、手に持った瓶を見てぎょっとした表情をした。
「これは毒じゃないよ。薬…かな?」
「くすり………なの?」
静まりかえった家の中から時折荒い息づかいが聞こえてくる。
「これを飲むとね、体の悪いところが治ったりするんだよ。その代わり熱病に掛かったみたいに酷く汗が出たり、呼吸が苦しくなったり、目の前が霞んだりするけどね。」
使用者の健康状況によっては死ぬほど苦しむ場合もあるらしいからこの薬は一般に知られてないし、使われてもいない。
色味はワインに似ていても、味や風味は全然違う。上流階級の人間なら少し口に含んだだけでワインじゃないって気がついたのにね。
王子を見ると硬い表情をしていた。
「オジサンは明後日には楽になると思うよ。そしたら今までよりも元気だ。
それまで気休めに、これを飲ませておいて。じゃが芋を似た時に鍋の底に残るデンプンで、毒じゃないから。」
デンプンの入った薬包を握りしめ、トニーが引きつった声で尋ねてくる。
「クラリスは………お姉ちゃんは売られたの?」
「そうみたいだね。」
父親との会話が聞こえてたんだ。
幸か不幸か、売られた先は娼館じゃなかったし、クラリスに背負わされた借金は100リーフだ。
女子の労働賃金は低いから稼げて一日1リーフ。生活費に使ったら10ソル余ればいい方か。
とすると100ソル=1リーフだから借金返済まで1000日。
うまく行けば3~4年で自由の身だ。
でもそれはちゃんと賃金が貰えたり、騙し盗られなかったり、病気にならなかったり、他に売り飛ばされたり、死んでなかったりした場合の、最高の未来。
とても、可能性の低い未来。
トニーをぎゅっと抱きしめる。
骨ばった、とても細く冷たい体。呼吸の度にガサガサ小さな音がトニーの体内から響いてくる。
大丈夫、なんて言えない。
頑張れ、とも言えない。
本当の自分から逃げてる自分が偉そうに言えることなんて無い。
ありがと。小さな声を残して、痩せっぽっちの少年は自分の家に消えていった。
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街の中心部から少し歩くと、開発が進んでいない地区に出る。人通りも少なく、少しだけ緊張を緩めて一息ついた。
建物の隙間から覗く城壁と、その先に拡がる荒野を見つめる王子はやはり美しかった。
王子がクラリスを買い戻す!と言い出すかとヒヤヒヤしたが杞憂に終わりホッとした。
トニーやクラリスを思うと辛い。でも同じ様な境遇の人は数えきれない程いる。
貧民街の子たちで姿が見えなくなった者は、死んだか売られたかのどちらかだというのは常識だ。
本当は、トニーはクラリスが売られた事を知っていたんじゃないかな。でも確かめることができなかったのかもしれない。
「トニーのオジサンは働きに出ず、クラリスやおばさんが稼いできたお金で飲んでばかり。」
王子が振り返る。日に透けて髪がキラキラと輝いている。
「でもね、昔は真面目な靴屋だったんだって。
不景気でお客が減って商売がうまく行かなくなってたとき役人に目をつけられた。
言い掛かりみたいな理由で家ごと店を取り上げられ、今ではその場所に豪華な貴族の家ができてるよ。
役人に抵抗している時に腕を怪我して、ちゃんと治療できなかったから動かすと今も傷むそうだよ。
トニー達のおばさんもね、必死に働いて支えてたけど病気になって何年か前に亡くなってる。」
おばさんの火葬で、煙に向かって叫んでいたオジサンを思い出す。
お酒も止めて、必死に働いて薬を買おうとしていたらしい。でも偶々同じ薬を買いに来た金持ちが根こそぎ高値で買い取ってしまい、薬を手に入れることができなかった。
オジサンの口汚い罵声は、自分を責めてるようだった。
クラリスを売るんだったらもっと早く、もっと高く売れたんだ。
今回本気で売るつもりは、無かったのかもしれない。
「100リーフ…」
王子が小さく呟いた。
「それだけの金額のために子供が売られているなんて…知らなかった………」
クラリスの件に愕然としている様だった。
王子は100リーフというお金の少なさに驚いているのか?
100リーフ。王族からしたゴミみたいな金額。王子の靴下一枚だってきっと買えない。
でも、王子にそれを嘆かれたくない。
知らずに握りしめていた拳がプルプル震えていた。
腹が立つ。
皆必死で生きている。それでも貧困から抜け出せ無い。
その原因を作っておいて、同情なんかするな。
「働いたって、税金に取られてばっかりだ。食べ物を買ったって税金を払わなきゃいけない。
粉を挽いても税金、焼いても税金。パンなんか買えやしない!!!」
ヤバイ。
王子に向かってこんなこと言ったら不敬罪で首が飛ぶ。
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