令嬢は、婚約破棄をご所望ですか?

シャオリン

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30. 推論

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 貴方、男の子なんでしょう?

 羨ましい。


 ジュリエット嬢の言葉が鋭く、刺さる。

 心が……軋んだ音をたてる。

 これはジュリエット嬢の……違う、私の音だ。

 
 生まれた時から決まっていた『役割』が心を歪める。

 女性は結婚して家庭にいるのが当たり前。そもそも賃金が低い職にしか就けないら自立なんてできない。

 でも男性に生まれたからって自由とは限らない。
 学があれは稼げる仕事に就けるけど、文字を読めるようになるための、機会も時間も、お金も無い。

 図書館へ行くにも入館料がかかるから、養わなければいけない家族がいる人は私みたいに食費を削ることもできず、貧困から抜け出せない。

 知識があっても平民はコネが無いと、結局良い仕事には就けないけど。

 身分が高価くても自由にはなれない。

 王国で最も身分の高い王子だって、その嵌められた枷に苦しんでいる。

 皆、羨みながらもがいている。
 生まれたときに誰かが決めた・・・役割がその身を縛る。

 その中でこの人ジュリエット嬢は必死で藻掻いて信念を突き通そうとしている。
 私みたいな存在にさえ、藁をも掴む気持ちで縋ってくる。

 心が揺さぶられる。

 もしかしたら罠かもしれない。
 でも救いを求める手に心を動かすなというなら、心はなんの為にあるの?

「私は……あなたを信じます。」

 その返答を、ジュリエット嬢は反芻するように受け取った。
 パッと鼻元を抑え、眉は歪み今にも泣きそうになっている。

 ありがとう

 ジュリエット嬢の口元は、そう動いた。
 音の無いお礼を受け取る。心が伝わった気がした。

 気持ちを落ち着かせるためか、深く呼吸するジュリエット嬢。


「どうか……殿下に、危険を知らせて。

 この学校で舞踏会が催されるの。

 アシュレー・ド・リオンヌ様の婚約者はシャルル殿下。リオンヌ様をエスコートする為に出席されるはず。

 でも生徒達の集まりですもの、正式な王族主催の舞踏会より警備は手薄になってしまう。

 王位継承第一位と第二位が揃う絶好の機会と、その命を狙うそうなの。」

「わかりました。アシュレー様と、できれば王子にも危険を知らせます。

 具体的な計画はわかりますか?

 また銃ですか?」

「いいえ、銃では無いわ。証拠が残るもの。

 使うのは…」

ドバッン!!!!

「お嬢様!余計なことはされてませんか?!!!」

 勢いよく戸を開けたのは鉄扇令嬢だった。

「ベアトリス!」

 ジュリエット嬢が身体を緊張させる。厚化粧の下のはきっと血の気が引いているに違いない。

「帰りますよ、お嬢様。もう必要な告知は受け取ったのですからこんな下らない所にいる必要はありません。」

 冷静さも礼節も欠いた様子でジュリエット嬢を急かす鉄扇令嬢。
 キュレット様にこってり絞られたんだろう。
 知ること全部吐かされたに違いない。一刻も早く家に帰り証拠を消さなきゃってとこかな。

 ジュリエット嬢の背を押し無理矢理退室させようとしている。突き飛ばしていると言っても良いくらい乱暴に。
 引きずられながらも、ジュリエット嬢はハンカチで口元を拭いそれを床に捨てた。
 その行動に鉄製令嬢は訝しげな目線を向けたが諌める時間も惜しいようで、ハンカチは捨て置かれたままジュリエット嬢のドレスを掴みあっと言う間に部屋から去っていった。

 チラッと最後に向けられたジュリエット嬢の視線は救いを懇願している様だった。

 平民が相手にするには敵は大きすぎる。
 そんなことわかってるけど、私にだってできることはあるはずだ。

 ジュリエット嬢が落としていったハンカチが床にぽつんと残されている。
 これが無ければ、あの強烈な令嬢達との騒動が夢だったかと思うほど部屋の中は静寂に満ちていた。

「王子達を狙う武器を聞きそびれちゃった…」

 ハンカチを拾い上げる。

「ん?」

 ハンカチには口紅で文字が書かれている。そういえばジュリエット嬢は捨てる前に口元を拭っていた。

「I…V…………a?」

 IVa?何だろう?
 王子達を何で狙うか言いかけていたから、それに関することかな。

 IVa…Ivao(イバロ)とか人の名前か、地名か…
 いや、IVが大文字だから略語かもしれない。
 isolation valve(遮断弁)、いやintravenous drip(点滴)かintravenous injection(静脈注射)のほうが一般的か。
 だとすると考えられるのは毒を注入しての殺害…

 この話をアシュレー様に早く伝えないと。
 最終講義はとっくに終わっている。帰ってしまったかもしれない。でも、なんとなく予感がする。
 
 使用人出口から外に出たところで一台の馬車が停まり、声をかけられた。

「もしよろしければお送りしますと、お嬢様が仰られています。」

 見上げると、飾りたててはいないが高そうな馬車。隠す様に刻まれた白い鳥。リオンヌ家の紋章だ。

 御者に案内され乗り込んだ先には予想通りアシュレー様がいた。
 いつも通り優雅な微笑み。

 この麗人をジュリエット嬢は『怪物』と呼んでいた。敵対していたら恐ろしく見える程の洞察力。
 私の身分だったら一生関わることの無かったはずの人だけど、敵として出会わなくてよかった。

 馬車が静かに走り出す。

「ご存知の通り、先程ジュリエット・メディンヌ様と少し話すことができました。」

 微笑みを返され先を促される。

「例の王子暗殺未遂はメディンヌ家が企てたものだったそうです。次は女学校で開かれる舞踏会で狙うつもりです。………アシュレー様も一緒に。」

「そうでしたか…。舞踏会を欠席できれば良いのですが、学校の行事とはいえ私は筆頭公爵家の者。出席せざるを得ないでしょう。
 王立の女学校ですから、仮染の舞踏会とはいえ王族である殿下の出席も望まれています。」

 そもそもメディンヌ家が謀を起こせば、ジュリエット様も無事ではいられないはず。とアシュレー様は柔らかく重く言い放つ。
 例えそれを密告したとしても、女子は家の一部なので同様の処分は免れないと。

「ジュリエット様との出来事を詳しく教えていただけますか?」

 アシュレー様に事のあらましを伝える。

 鉄扇令嬢の行動からジュリエット嬢はメディンヌ家から見張られている、つまり家を害する行動をしている可能性がある事。
 ピエールに送られた毒には解毒剤があり、それが送られてきたこと。
 ジュリエット嬢の腕にあった折檻の跡。

「ですが確か、ジュリエット様はあの事件の時に殿下と接触したと聞いております。
 ジュリエット様が毒を盛った可能性もあるのでは?」

「その可能性はとても低いと思います。
 私が王子と会って図書館から逃げる際、一台の馬車に轢かれそうになりました。
 その時、ジュリエット様の声を聞きました。そしてその馬車は外側から鍵が掛けられていました。
 まるで中に入れられた人が逃げ出さない様に。」

「メディンヌ家にとって、ジュリエット嬢は都合よく動く駒では無いという事なのかもしれないのですね。
 しかしそれだけではジュリエット嬢自身が毒を盛った可能性は消せませんわ。」

 図書館での王子暗殺未遂で分かっていること。

 窒息の原因物質はエステル液とボロン鉱の重合化合物であり、ボロン鉱は食事に混ぜられていた。

「ボロン鉱を混ぜたと思われる人物はたぶん、もう殺されてしまっています。でもたぶん実行したことは間違いないと思います。

 でもエステル液はどうやって王子に盛られたのか?

 エステル液は、色はワインの様な赤褐色。でも味は全く違う。
 重合反応が起る程濃度の高いエステル液がワインに混ぜられていたら、ワインの味を知っている人なら絶対一口で気がつくはず。
 なのに王子はそれなりの量を口にしている。

 エステル液には、体温を上げるという面白い性質があるんです。熱病に掛かったようになるけど、体の不調も治る、と言われて高貴な人々の間では薬として使われている物だとか。」

 二回目に王子と会った日、頭を撫でられた。

 その指の爪は横方向に深い皺が幾つも刻まれてた。熱病を経験した者、特有の横皺。それが幾つも。

 定期的に熱病に掛かっていた。
 
 もしくは似たような症状に度々なっていたか。
 例えば、エステル液の常習的な使用。

 幼い頃より王子を知っているアシュレー様。
 度々体調を崩すことも、その原因も知っているに違いない。

「つまりエステル液は殿下自らお飲みになったと言うことですわね。
 そして、殿下がそれをお飲みになる事も、そのタイミングも知っていた者がこの事件に関わっていたということ…」

「ジュリエット嬢からも、王子の近くに謀反者がいると聞いています。」

 それはたぶん、私のことを知るあの人物。


「ですと、舞踏会で起こると示唆された事案についても重く受け止めなくてはいけませんね。

 クー様、貴方にお願いしていたのは婚約破棄なのに。こんな事に巻き込んでしまってお詫びの仕様がありませんわ。」

 そう、最初は婚約破棄の手助けを持ちかけられて関わることになった。


 でも。

「アシュレー様、本当の望みは婚約破棄ではないですよね?」
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