輪廻に踊れウィリアム

佐々木犬蛇MAX

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第2章 永久凍土の守銭奴

2.2 ギブミーマネー

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「おカネ、ちょうだい」

 先の銃撃戦などまるでなかったかのようにスローンは平然と大きな手のひらを差し出した。

 色んなものが染みついた"赤い"手袋。その禍々しい様を見せつけられ、男が躊躇していると、「あぁ」と何か納得した風にして手袋を外す。現れたのは猛禽類を思わせる歪な手。爪には乾ききって落ちない酸化した血糊がこびり付いていた。それを隠すようにコートの内から取り出された新しい手袋を嵌めるとスローンは優おぞましく微笑んだ。

「おカネ、ちょうだい」

 今度は真新しい白い手袋を差し出し、にっこりと笑って見せる怪人。

 本人にとっては営業スマイルのつもりなのかもしれないが、相対する男から取って見れば不気味な事この上ない。床に転がる2体の肉塊。"その瞬間"を直接は見ていないがそれを生み出したのは状況的に見てもこの黒衣の巨人しかいないだろう。

 この2人は何者だったのか、狙いはどうやら俺ではなくスローンなのだろう。"伝説"の殺し屋。この図体に自身を隠そうとする気もない立ち振る舞い。素人考えに知名度の高い殺し屋など3流の証だと、コレをみるまではそう思っていた。

 しかし、結論として必要が無いのだ。隠し、潜み、偽計る。殺し屋として、影の住人としてのアレコレなど。この化物には。

 こんな得体のしれない奴と関わるなど、これまでの男の生き方では考えもしない論外なものだっただろう。だけれども、今回に限ってはそれも異なる。得体こそ知れないが、『殺したい人間を確実に殺してくれる』ただそれだけが男の求めるヒットマンの条件だからだ。

「うーーーーん? これはなんだい?」

 男がスローンの手に乗せたのは5つの札束だった。スローンはそれをつまみ上げると感情の無い声で尋ねた。

「"前金"だ。お前のことがまだ信用できないし、失敗したらまた新しい殺し屋を雇わければならないからな」

「・・・モーリー? この子に説明しておいてはくれなかったのかい?」

「いいや、言っておいた筈だぜ。アンタへの依頼は"全額前払い"。ついでに値段交渉なんてしようものなら死期を早めるぞ、ともな」

 自身の怪我を治療しつつ店主がそう言った。

「まってくれ、確かに聞いていたがコッチも後がないんだ。アンタが失敗したときに身を護るにも金は要る! 報酬なら言い値でいい! 手持ちが足りなければ何年かかっても必ず払おう!」

「生憎と信用取引クレジットは信用していなくてねぇ。後払いも小切手も無し。現金一括キャッシュ払いしか受けてないんだよ」

 スローンは受け取った札束を懐へとしまい込むと席を立った。見上げるほどの長身に改めて息をのむ。

「待て! 受けれないってんなら前金は置いていけ!」

 そのまま立ち去ろうとするスローンを呼び止める男。するとスローンが振り向く。

「キミの"願いは札束5つ分"。そういうことでいいんだね? イイよ、受けようじゃないかお仕事を。ワタシは依頼に値段は付けていないんだ。100億だろうとコイン1枚だろうと、断りはしないよ」

「・・・・え?」

 男がスローンに渡した金も十分大金だ。けれども人殺しの依頼料としてはあまりにも安すぎる。以前依頼をした殺し屋は成功報酬に今の20倍の金額を指定してきた。結局失敗して前金のみを損する形となってしまったが"相場"としてはそのくらいにはなるのだろう。

 ましてや相手は"世界一"の殺し屋。成功報酬として更に多くの金を用意してきた。それが、こんな額で? もしそれが本当ならばありがたいが。

「・・・・なにか裏があるのか?」

「あるよ? でもどうするかはキミ次第だ。金額を上乗せするもよし。このまま依頼するもよし。キャンセルだって受け付けよう、その場合、この貰った金は返さないけどね」

 男の頭を駆け巡る打算。

 恨む相手を殺すために半生を地獄において稼いだ金。

 テオドールを殺すためならば惜しくなどないが、ヤツのせいで失われた生涯に怒りがないわけではない。

 もし、この依頼金で殺しが全うできるなら、残った金で余生を謳歌できるじゃないか。

「よく考えな兄ちゃん。そいつは間違いなく"悪人"だぜ」

 店主のモーリーがひと言だけ忠告した。

 けれどもすでに、男にそんな言葉など届くことはなく。

「その金で奴を、テオドールの糞ったれを殺してくれ。頼む」

「いいよ、殺してあげよう」

 恨みと欲望に歪んだ顔を男は浮かべていた。

 感情の無い笑顔を怪人は浮かべていた。

 そして店主は、この後に起きるであろう未来を憂いてそっと目を伏した。

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