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新章

十三話 理想の終わり

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 まさに至福の時間だった。
 可愛い女の子を抱きながら、気ままにその身体で遊ぶ。
 それを、一度も嫌がらない。
 ……姫野さん。

 俺に抱かれる姫野さんも、されるがままになっているが、時折、ここぞと言うタイミングで、遊びはじめる。
 いや、接待といっても良い。
 不快に成らない様にやり過ぎず、俺の行動は邪魔せず、あの手この手で、快悦だけを延々ともたらしてくれる。
 姫野さんを抱いているだけで、本当に一日中……いや、何日でも楽しんでいられるだろう。

「ちゅっ……ふふっ。私、ずっとこうする事が夢でした」
「……それは俺の台詞だよ」

 身体にキスをしてくれながら、そんなことを言ってくれる姫野さん。
 快楽だけを与えてくれる女の子……きっとそれが姫野さんなんだろう。

「君は……俺の初恋の女の子なんだから」
「……」

 邪魔にならないから、煩わしくならない。
 身体の相性が最高だから、ずっと抱いていたい。

 なんでこんなにも、理想の女の子なんだ……
 なにもかも……俺が思う、彼女にするならこんな女の子と付き合いたい。
 その条件を全て満たしている。

「姫野さん」

 ぎゅっ……

 柔らかい肉体を、抱きしめる。
 そして……

「もう……俺の負けで良いよ。俺には君と離れるなんて選択出来ないから」

 負けを認めた。
 姫野さんは本当に一生、俺の好きなように抱いていようと、俺から離れようとはしないだろう。
 そして、理想の女の子は、俺もずっと抱いていたい。
 好きな物を、好きな者に離れてほしくない。

「姫野さん……」

 足と腕、身体を全て使って姫野さんを抱きしめる。
 
「……っ」

 ……俺のものになって。

 ぎりりっ。
 奥歯を噛み締めて言葉を飲み込む。
 ただ、静かに最後の温もりを貰って……

「もう……終わりにしよう。こんなこと……ね?」
「……」
「姫野さんが素敵な女の子な程、この関係は、悲しくて、侘しいものになる」

 ようやく、終わりの言葉を言えた。
 その言葉を聞いて姫野さんは一瞬、眉を動かした気がしたけど、すぐに涼しく微笑んだ。

「これが終わりたい人の抱擁ですか?」
「……本能が君を離すなって言ってるだけ。理性ではやめないとイケないって……ダメなんだって……解ってるから」

 言いながら、ゆっくりと抱くのを辞める。
 と、言っても、抱き絞めるのを、やめただけで、突き放すことは出来ず、密着するのは辞められない。
 ……意気地なしです。

「解ってよ、ね?」
「解りません」

 ぎゅっ……

 抵抗するように姫野さんが、身体に抱き着いて来る。
 ……離した意味がなくなった。
 
「終わりにするというなら、私を突き放してください」
「……」
「空様が本気で嫌がれば、私は身を引きますので」

 それができれば、とっくにしてる。
 
「俺は……好きな君を……突き放せない」
「では、良いではないですか。一日の数時間、空様が誰ともお会いしないその時間……私と時を過ごしましょう」
「……」
「私なら、空様の負担にはなりませんよ?」

 姫野さんの言う通り、誰にでも一人になりたい時間ってのがある。
 でも、姫野さんならその時間を侵害せず、一緒にいられるんだろう。
 
「空様……貴方のお邪魔はしません。貴方に愉悦だけをもたらします。癒しだけを与えます。……だから、良いではないですか。この半月。私が、居たことに不都合はありましたか?」

 不都合なんてない。
 むしろ、相談に乗ってくれたり、欲望のはけ口になってくれたり、良いことしかなかった。
 リスティーが怒ったのだって、リスティーとの時間に、姫野さんのところに行こうとしたから。
 姫野さんのせいではない。むしろこうして、癒しをくれている。

「でも、君と会うのを隠さないと……リスティーが怒るんだ」
「……っ」
「君とあってる事を知ったら……リスティーが悲しむんだ」
「……」
「俺は……大切な人を騙したくない」
「全ては……クリティーナさんの為……ですか」

 そんなんじゃない。

「それを出来るなら、君とこうしてないよ。俺はもっと最低でクズい男なんだ。ただの自己満足を満たしたいだけなんだ」
「……」

 ぎゅっ……。

 姫野さんが腕を握ってきた。
 離さない……いや、離れたくない。
 そういう意図だろう。

「私は空様が全てです。貴方を奪われてしまったら、私は空っぽになってしまいます」
「……」
「生きている意味もありません。また、自殺してしまうかも知れませんよ?」
「それは辞めて……」

 ぎゅっ。

 たゆんと揺れる胸が、押し付けられる。
 ……いや、抱き着いただけか。

「じゃあ……どうしろと? 私に、どうしろと言うんですか? 今、貴方に会えなくなったら、自殺じゃなくても……喪失感だけで死んでしまいますよ? だから――」

 来た。
 これだ。
 ここだ。

「姫野さんに紹介したい人がいる」
「っ!」
「頼む。一度、新しい可能性を模索しようよ。俺は君を見捨てたりしないから……」

 聡明な姫野さんの事だ。
 俺の言葉の裏まで全て、解ってくれた筈。
 だからこそ、コンピュータが、膨大なエラーで処理落ちした時みたいに止まっている。
 ……もう一押し。

「頼む……」
「……」

 言うと長い沈黙の後、大粒の涙を流しながら、

「空様の願いを断るわけには行きません……」

 そういってくれた。
 ……よかった。
 これで全て終わらせられる。

「ですが! 空様。もし、私が他の殿方に乱暴されても……また、抱きしめてくれますか?」
「乱暴……って」
「また、こうして穏やかに……出来ますか?」
「大丈夫だよ。エロ本の世界じゃないんだし、無理矢理そんなことする奴いないよ」
「答えてください!」
「っ!」

 あまりに真剣な瞳だった。
 ……だから答えるしかなかった。

「わからない。正直、ネネみたいな事情でもないなら……俺はそれを受け入れられない……かもしれない」
「ふふっ。正直者ですね。そういう嘘をつけない所も好きなんですよ?」
「……」

 姫野聖という、俺の理想の体現者ならなおのこと。
 他の男と寝たら今のように、好きにはなれないだろう。
 それは、俺の理想とは掛け離れているから。

「私が呼んだら、助けに来てくれますか?」
「……」
「私では、殿方の力にはかないませんし、私を助けるのは、空様じゃないと嫌ですから」
「……」

 まあ、紹介するんだから、それくらいの責任は持たないと駄目か。

「解った。何があっても絶対に助ける」
「……約束ですよ?」
「うん。約束する」

 これで本当に、準備は整った。

「じゃ、行こうか」
「今! すぐなんですか!?」

 それは……ごめん。
 姫野さんとの勝負に時間を使いすぎた。
 というか、勝負の報酬……あれは忘れてもらおう。

「一応、身体を綺麗にしていく? それくらいの時間はあると思うけど?」
「絶対に嫌です! むしろ、空様のをたっぷり詰め込んで行きます」
「え?」

 冗談……

「私は冗談は言いませんよ?」
「……っ」
「自衛手段の一つです。空様……助けに来ないと大変な事になりますからね?」
「うっ……」

 結局、本当にやらされた。
 俺は紹介する女の子にナニをしているんだろうか?
 まあ、それぐらいで、嫌うなら姫野さんを貰う価値なんてないから良いか。
 
 




 

 



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