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新章

十八話 空のやりたいこと

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 夜のとばりが落ちた暗闇の中で、絶対に嫌いにならないと言ってくれたネネを抱きしめる。

 ギュッ……

 引き締まった小さい肉体が抵抗せずに、密着する。
 ……柔らかくて良い匂い。

「上も下も落ち着いたようね……」
「お蔭様で」
「良いのよ。貴方の気持ちなら、全て受け止めてあげるから」

 ……なんだろう。このずっと縋り付きたい抱きしめていたい感覚は。
 愛しい。きっと、そういう感情なんだろう。

「んふふっ、もちろん。普通にシてくれても良いのよ?」
「……ゴメン」

 そういえば、最近、何時もネネとは、吐き出せない気持ちのはけ口として抱いてきた。
 ……俺って最低だな。
 でも、ネネはそんな俺を受け入れてくれた。

「……愛しい」
「ふふん。その言葉だけで、十分よ」
「あっ!」

 気持ちが声に出ちゃった。
 いや、ちょうど良いか。なら、はっきり言おう。

「好きだ。ネネ。ずっと一緒に――」

 居てくれ。
 そう、言おうした唇に人差し指を置かれてしまう。

「要らないわ。私は何を言われるようと、されようと、永遠に貴方だけのモノだから」
「……」
「貴方が好きなときに、好きなように、私を抱きしめて良いわ。ずーっと抱いていて良いわ」
「ネネ……」

 また、高ぶった。
 止まらない。

 ふぅ……っ。

 事後、ネネの身体を抱いていると、

「さて、これからどうするの?」

 そう問われた。
 ……解らない。

「ふふっ。私の所有者なんだから。もっと強欲になりなさい」
「強欲?」
「そう。どうするかと問われたら、どうしたいかを答えれば良いの」

 どうするかと問われたら……どうしたいかを答える。
 どうしたいか?
 ソレは……ある。
 けど……

「私に隠す必要がある?」

 ない。
 ネネは俺の悪いところも含めて受け入れてくれる。
 だから言えた。

「リスティーと仲直りしたい」

 でもソレは最低なこと。
 優柔不断にも程があり、全てを無に帰す最悪の事柄。

「まだ甘いわね。……他には?」
「っ」

 他にもある。
 けど、ソレだけは絶対に駄目だ。

「強欲になりなさい。ダーリンは自分の気持ちに嘘を付くから火傷するのよ」
「……」
「大丈夫。何を求めても、私は隣にいるわ。……やらずに後悔だけはしちゃダメよ?」

 ネネの言葉からしみじみさを感じる。
 そうして念を押すようにもう一度……

「強欲に生きなさい。ダーリンの隣には私がいてあげるから」
「……解った」

 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ……決められた。決意した。

「俺は『…………』が欲しい」
「ふふんっ。強欲ね。それでこそ私のダーリンよ」

 妖しいネネの微笑みに魅了され、唇と身体を重ね、新しい一歩を踏み出した。
 
 二日ぶりの自宅。
 その玄関を覚悟をもって開け放つ。
 目手は一つ……

「「お帰りなさいませ、御主人様……とネネ様」」
「ネネで良いわよ……」

 メイドのメイとマイが、玄関先で出迎えてくれる。
 おおーっ。これがメイドのいる家に戻ってきた気分なのか。
 素早く上着を脱がしてくれる二人に感服していると、

「ご主人様。メイにしますか?」
 
 と、マイ。

「ご主人様。マイにしますか?」

 と、メイ。

「「それとも、メイとマイにしますか?」」

 と、両方。
 じゃあ、メイとマイにしよかな?
 とか考えかけて……気づく。

「肉欲しか選択肢がないじゃないか!? お風呂とご飯はどこ行った!?」

 ツッコミにメイとマイは揃って首を傾げ、

「「……?」」

 暫くコソコソ相談してから、

「では、マイを食べながら」
「メイがお風呂でご奉仕するのは」
「「どうですか?」」

 考えて出した答えが、一周回って肉欲しか解決していないのが残念でならない。
 ……でも、この二人、あの天上院家に仕えていたメイド。
 これが普通なのかもしれない。

「「因みに、このサービスは星野様だけの為に二人で考えました」」
「突っ込まない! 突っ込まないからな!」
「突っ込まれるならメイに」
「いえ、マイに」
「「では、間をとって両方同時にお願いします」」
「それどこの間を取ったの!?」

 メイド二人の悪乗りに翻弄されていると、ちょいちょいとネネに腕を引かれる。

「ねぇ? ダーリン。その子達。捨てて良いわよ? 家事くらい私がやってあげるから」
「……」

 ジーッ。

「何よ? その目!? あっ! 疑ってるのね! 孤児をナメるんじゃないわよ! 掃除洗濯炊事。全部完璧にこなせるんだからね!」

 疑ってない。
 でも、それだとネネとの時間を捻出したいという事が出来なくなり本末転倒。

「まあまあ、性格がコレでも仕事が出来れば問題ないよ」
「そうね……」

 何か言いたそうなネネの言葉は敢えて聞かずに、

「メイマイ。リスティーは?」
「お嬢様はお部屋で……」
「ご主人様を罵っておられます」
「「今は行かない方が宜しいかと」」

 罵ってる……か、大体想像できる。
 メイとマイの言うことも一里ある。
 きっと、今行っても火に油。……時間を置いた方が良いに決まっている。
 でも――

「ちょっと、行ってくる。二人きりにして」
「「……畏まりました。ご主人様」」

 ――行く。
 今すぐ、リスティーに伝えなきゃいけないことがあるから。

「そうよ。ダーリン。どうするかを迷ったときは」
「どうしたいのかで決める。だろ?」
「んふふ♪ そして、何があっても私は貴方の味方よ?」
「……ありがとう。ネネ」

 そう、何があってもネネが居る。
 それがとてつもなく大きな勇気となっている。
 ……俺は行く。もう一度、リスティーと仲良くなるために。

 





 


 
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