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気付かない『発見』
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「……まるで、童話に出てくる森みたいだ」
眩しい光が目を刺すフィランソ森に、クラネス王子は来ている。正装ではなく、動きやすく風通しもいいゆったりとしたデザイン。藍色を淡くしたような色をした──しかし値段は物凄く高いであろう──服を着ていた。
「…………」
自分を取り囲む大樹を見つめ、そして逸らし、また見る。
「……ここに、シレーグナが?」
「えぇ。父はそう御者に命令したと言っていました……」
「そうか……ここからは一人でも構わないか?」
後ろを振り向き、少し不安の見える顔でサナに問うクラネス。
「……クラネス様を信じ、そうさせていただきます」
「あぁ、ありがとう」
サナは、あの一件の後婚約者の実家ノルクに嫁ぎ──表向きは処罰としてだが幸せな生活を送っていた。王家に対する忠誠心は愚父(字の通りの意味で)──とは桁違いであり、そのことからもカトレルとロアールの信頼を勝ち取る。おかげで少しずつノルク家にも馴染みつつあるようだ。
「……どうか、御身に幸運が舞い降りますように」
「ああ、サナも」
足を踏み出すごとに小さな小枝の折れる音、そして鳥達の騒ぐ声。全てに国宮と違って解放感があることに、クラネスがシレーグナの外好きの訳を感じた。
「…………」
しばらくは何もなかった。所々でトルアにもあった植物だったり、カヌラにしかない植物を見つけたりしただけ。クラネスの心に不安と落胆が渦巻き始めた、その時────。
「……人、なのか?」
紺色のフード付きのマント、少しだけ布から出た細い腕。全てが人間とは思えない儚さをその人間から醸し出しており、その雰囲気はクラネスの目を惹いた。
「…………」
よく見るとその人間は獣を撫でており、その獣は凶暴そうな雰囲気だ。
「……暴れちゃダメだよ、コナ」
「ガルルルルッ!」
「きゃっ……!」
手を払いのけられ、腰がひける人間。しかし獣の目は明らかにクラネスを捉えている。
「……気づかれてしまったか」
素直に姿を見せよう、そうクラネスは覚悟した。
「……驚かせてすまない。少し人を探し──」
ていて、と発する筈だったその唇は閉じることができなかった。深いフードから少しだけ覗いた目は女のものであり、シレーグナとそっくりの葡萄色の目をしていたからだ。
「あなたは……?」
「あ、あぁ、名乗るような者でもない。君はなんでこんなところに?」
「……ここで暮らしてるから」
葡萄色の目と白い肌を紺色のフードから覗かせ、少し高い声で女は答えた。
「……名前は?」
「……ルカ。あなたの名前はもう知ってるから言わなくていいわ」
「え……俺を知ってるの?」
「私は国民。でもあなたは違うでしょう?」
姿だけでなく、声も儚さを持っている。獣はクラネスから興味を失ったようで、ルカに撫でられる事に夢中なようだ。
クラネスがルカに近付こうとすると────。
「近付かないで! ……コナは人見知りだから」
「ガルルルルルルッ!」
また獣が唸り立てる。
「……その、コナって?」
「グラッサージアの一族の末裔……知ってる?」
「……生憎動物はよく知らないんだ」
ふふふっと笑い、ルカは『グラッサージア』の説明を始めた。
「翼のある馬。でも唸り声は馬に聞こえないでしょ? 翼の羽は燃やすと毒に、水につけると薬、そのまま持っていれば強力な護符や呪符にもなって……乱獲された時期もあった。それで大半は絶滅しちゃって、残ったこの子は最後」
コナの鼻面を撫でながらルカは説明を終える。よく見るとポケットには落ちていたのであろうコナの羽がいくつも入っている。
「……君は、何に使うの?」
「動物に傷つけられた木の治癒……後は両親に」
「親も住んでるのか」
「……義理だけどね。で、あなたは誰を探してるの?」
そのルカの質問に苦笑しながらクラネスは答える。
「……前の──いや、今もだけど、婚約者を探してるんだ」
「婚約者……頑張ってね」
「あぁ、絶対見つける」
クラネスは、ルカが自身が探している女という事に気付いていないらしい。
「……じゃあな、気を付けろよ」
「えぇ、次会うときは──」
一ヶ月後ぐらいかな。
その言葉は、クラネスには届かない。
眩しい光が目を刺すフィランソ森に、クラネス王子は来ている。正装ではなく、動きやすく風通しもいいゆったりとしたデザイン。藍色を淡くしたような色をした──しかし値段は物凄く高いであろう──服を着ていた。
「…………」
自分を取り囲む大樹を見つめ、そして逸らし、また見る。
「……ここに、シレーグナが?」
「えぇ。父はそう御者に命令したと言っていました……」
「そうか……ここからは一人でも構わないか?」
後ろを振り向き、少し不安の見える顔でサナに問うクラネス。
「……クラネス様を信じ、そうさせていただきます」
「あぁ、ありがとう」
サナは、あの一件の後婚約者の実家ノルクに嫁ぎ──表向きは処罰としてだが幸せな生活を送っていた。王家に対する忠誠心は愚父(字の通りの意味で)──とは桁違いであり、そのことからもカトレルとロアールの信頼を勝ち取る。おかげで少しずつノルク家にも馴染みつつあるようだ。
「……どうか、御身に幸運が舞い降りますように」
「ああ、サナも」
足を踏み出すごとに小さな小枝の折れる音、そして鳥達の騒ぐ声。全てに国宮と違って解放感があることに、クラネスがシレーグナの外好きの訳を感じた。
「…………」
しばらくは何もなかった。所々でトルアにもあった植物だったり、カヌラにしかない植物を見つけたりしただけ。クラネスの心に不安と落胆が渦巻き始めた、その時────。
「……人、なのか?」
紺色のフード付きのマント、少しだけ布から出た細い腕。全てが人間とは思えない儚さをその人間から醸し出しており、その雰囲気はクラネスの目を惹いた。
「…………」
よく見るとその人間は獣を撫でており、その獣は凶暴そうな雰囲気だ。
「……暴れちゃダメだよ、コナ」
「ガルルルルッ!」
「きゃっ……!」
手を払いのけられ、腰がひける人間。しかし獣の目は明らかにクラネスを捉えている。
「……気づかれてしまったか」
素直に姿を見せよう、そうクラネスは覚悟した。
「……驚かせてすまない。少し人を探し──」
ていて、と発する筈だったその唇は閉じることができなかった。深いフードから少しだけ覗いた目は女のものであり、シレーグナとそっくりの葡萄色の目をしていたからだ。
「あなたは……?」
「あ、あぁ、名乗るような者でもない。君はなんでこんなところに?」
「……ここで暮らしてるから」
葡萄色の目と白い肌を紺色のフードから覗かせ、少し高い声で女は答えた。
「……名前は?」
「……ルカ。あなたの名前はもう知ってるから言わなくていいわ」
「え……俺を知ってるの?」
「私は国民。でもあなたは違うでしょう?」
姿だけでなく、声も儚さを持っている。獣はクラネスから興味を失ったようで、ルカに撫でられる事に夢中なようだ。
クラネスがルカに近付こうとすると────。
「近付かないで! ……コナは人見知りだから」
「ガルルルルルルッ!」
また獣が唸り立てる。
「……その、コナって?」
「グラッサージアの一族の末裔……知ってる?」
「……生憎動物はよく知らないんだ」
ふふふっと笑い、ルカは『グラッサージア』の説明を始めた。
「翼のある馬。でも唸り声は馬に聞こえないでしょ? 翼の羽は燃やすと毒に、水につけると薬、そのまま持っていれば強力な護符や呪符にもなって……乱獲された時期もあった。それで大半は絶滅しちゃって、残ったこの子は最後」
コナの鼻面を撫でながらルカは説明を終える。よく見るとポケットには落ちていたのであろうコナの羽がいくつも入っている。
「……君は、何に使うの?」
「動物に傷つけられた木の治癒……後は両親に」
「親も住んでるのか」
「……義理だけどね。で、あなたは誰を探してるの?」
そのルカの質問に苦笑しながらクラネスは答える。
「……前の──いや、今もだけど、婚約者を探してるんだ」
「婚約者……頑張ってね」
「あぁ、絶対見つける」
クラネスは、ルカが自身が探している女という事に気付いていないらしい。
「……じゃあな、気を付けろよ」
「えぇ、次会うときは──」
一ヶ月後ぐらいかな。
その言葉は、クラネスには届かない。
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