3LOVE=6x x= (上)

天海 時雨

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侯爵

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「……ああ、じゃあもう解決したの? お手柄ね」
「えぇ、もう元に戻りました。朝餉あさげではいつも通りかと」
「じゃあ、パーティーでも必然的に二人でしょうね。私達が干渉する必要はなさそう……じゃあ、いつも通りにいきましょうか」
「うん、そうだね。余計にやって怪しまれてもね」

 朝餉の後、ニーアリアンはシレーグナの部屋に行った。そこにはちょうどクラネスもおり、植物園での事の顛末を話して聞かせた。

「……じゃあ、今日は昼餉ひるげは無しで最後の準備ということだから、よろしくね」
「えぇ、よろしくお願い致します」

 今日のパーティーは、貴族はもちろんのこと、その友人の招待──庶民でも許される──が許可されており、かなりの人数が予想される。目を疑うほどのいつもはしまってある繊細な加工を施された高級品の皿を出したり、花瓶に花を生けたりと仕事はたくさんある。
 そして六人がそれぞれの仕事を終え、正装に着替えた後──盛大なパーティーは始まった。

「……まさか貴族達からの挨拶が一人の代表で済まされてしまうとは思いませんでした」

 髪色とは対照的な青いドレスに身を包み、アーリゼアが言った。

「建国記念日とはいえ、堅苦しい挨拶は誰も好まないだろう。省略して済ませるよう命令した」

 微笑しているカトレルの手には酒の入ったグラスが握られている。どうやらすでにほろ酔い加減のようだ。

「父上、やりすぎですよ」
「良いではないか、誰も気にしておらぬ」

 アーリゼアとカトレルの会話が続くなか、シレーグナはある一人の娘に声をかけられていた。

「あ、あの、シレーグナ様!」
「確かあなたは、貴族の挨拶を代表した者の娘……だったわね?」
「覚えていて下さるなんて光栄です! 私はサナ・レルルナ・ロネルと申します、以後お見知り置きを」
「あなた、筋がいいわね。貴族の娘ではなく、何か別のことを出来そう……失礼かも知れないけれど、侍女とか」
「はい、とても好きですよ。そういえばシレーグナ様は、外に出る事がお好きと聞いていますが」
「えぇ、特にこの季節は好きよ。あなたは?」
「私は──」

 二人が共通の趣味などで語らおうとしたちょうどその時────。

「サナ」
「……あぁ、父上! シレーグナ様、こちらは私の父です」
「コヌル・サクシア・ロネルと申します。娘が失礼を」
「いいえ、面白い話を聞かせていただきました。聡明な娘をお持ちのようですね」
「えぇ、妻共々鼻が高く……そうだサナ、少し席を外してくれないか? ちょっと話があってね」
「えぇ、分かりました。ではシレーグナ様、御機嫌よう」

 シレーグナ達から離れた瞬間、男に話しかけられているサナ。やはり目を惹いている。

「……私に協力して頂きたい」
「……なんのことでしょう?」

 先程までの温厚な態度とは打って変わって、傲慢な態度をとるコヌル。にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

「クラネス様と離縁して頂きたいのです」
「…………」

 どす、と後頭部に何かを打ち込まれたようだ。

「シレーグナ様には相応の暮らしを約束致します。金銭や生活に不自由するようなことはありません」

 ──嘘だ。

「……何を馬鹿な──」
「『愛は生まれない』のでしょう?」
「っ……!?」
「この宮には私の手の者がおりまして、ちょうどその者が聞いていたようです。……愛がない結婚など、しても意味はないのでは?」
「……スパイですか」
「えぇ。……これはあなたの為でもあるのですよ。それに、私はクラネス様から相談を受けまして」
「……え?」
「……シレーグナ様は、気づかれていなかったのですね。あなたは──」

 妾腹しょうふくの子なのですよ、そうコヌルは口にする。馬鹿にしたような憐れむような、強烈な不快感を催す口調だ。

「そんな血を引く者と結婚しても、逆に恥ずかしいのでしょうね。さぞご不満げでした」
「…………」
「それにあなたは義理の姉や妹からも嫌われている。こんな場所にいても傷つくだけではございませんか?」

 にやにやと、笑い続けるコヌル。

「……ここにいて、意味がないわけではない」

 息を吸い、言葉を発したシレーグナ。隠してこそあるものの、その手は少し震えている。

「私が妾腹なら、他の姉妹を守る役目に徹するだけだ」
「ふふ、綺麗事ですね。あなたとクラネス様が婚約を解消すれば、全て丸く収まるのですよ?」
「…………」
「馬を用意してあります。クラネス様には外の空気を吸いに行くとでも言えばいいでしょう」
「……私は!」
「姉妹方がどうなってもいいと?」
「っ……それは脅しですか」
「分かっているではありませんか」

 シレーグナの一番の弱点を、この男は見抜いていた。
 そしてその頃、クラネスはというと────。

「先程シレーグナ様とお話しましたの。とても聡明な方でしたわ」
「あぁ、シレーグナと話していたのはあなただったのですか。今回のパーティーは人が多すぎて……」
「えぇ、私もそう思います。そうだ、クラネス様は外に出ることは──」

 サナと楽しげに談笑していた。それを、遠くからシレーグナが見ていたとも知らずに。

「……シレーグナ様の居場所は、サナに埋めさせます。ご心配なく」

 質素な馬車のドアが閉まる直前、シレーグナはそれを聞いた。
 割れかけたガラス細工を、水に溶かした接着剤でなんとか保っているだったシレーグナの心は、既に割れていた。
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