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天海 時雨

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消えるシレーグナ

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「…………」

 シレーグナは、外の景色の見えない馬車に乗り、頬杖をついていた。もうどうにでもなれという気持ちになっていた、その時────。

 ガチャーンッ!

「っ、何……!?」
「あ、やっぱり誰かいるねぇ。貴族かなんかかね」
「関係ない。どうせこいつらがさらってきたんだろう」
「それもそうだね」

 そんな会話と共にドアは蹴破けやぶられ、シレーグナはようやく外の景色を見ることが出来た。

「──ここは……?」

 たくさんの緑に囲まれている。ふと上を見れば空には満天の星達が輝いていた。

「おやおや、これまた大分高貴なお方のようで? とりあえず降りな。こんなところにいたら息がつまる」
「あ、あなたは!?」
「あたしはマヤ。あんたは……おっと、噂の姫君シレーグナ様とやらかい?」
「っなぜ、私を……」
「その外見ですぐ分かるんだよ、あたしには。ほら降りな、窮屈だろう?」
「え、あ……はい」

 降りると、そこは木々に囲まれている獣道だということが分かった。馬の御者は既に事切れていたが、女──マヤは、それをシレーグナに見せるような真似はしなかった。

「あなたはなぜ私を?」
「あんたは国中の噂だよ。王様の兵が探し回ってる」
「父が?」
「ああ、やっぱりシレーグナ様か」
「え……えぇ、私はシレーグナだけど」
「ふーん。あんた三日も馬車に乗っててきつくなかったのかい?」

 ドレスについた汚れを払い、女──マヤが言った。

「え……三日も!?」
「あぁ、きっと眠り香ねむりこうだね。トク、椅子の下探しといて!」
「もう見つけた。粉々に割っておいたぞ」
「うん、ありがと。……いいかい、シレーグナ。あんたは探されてるんだよ」
「……父に、ですか?」
「カトレルというよりはクラネスさんだね。最近よく兵を見るよ」
「……それは間違いでしょう。とりあえず、私はどうすればいいですか?」
「私達の家においで。とりあえず服を変えないと、すぐに見つかってしまう」
「あ──この人はどうするの?」

 シレーグナは、既に命はないとも知らずに御者のを指差す。

「心配しないで、森の外に逃がすから」
「馬は?」
「……一緒に逃がす。早く!」

 そうしてシレーグナは、二人──『マヤ』と『トク』の家に向かった。それは二つ並んだ大樹を支柱として出来ており、バルコニーもある。

「……うん、似合うわね。そのうち街に出て生地を買って、シレーグナ用の服を作るわ。それまでは我慢してね?」
「いえ、そんな……ずっといても迷惑ですし」
「まぁいいのいいの、ほら座った座った! で、シレーグナはなんで宮から逃げ出したんだい?」
「……実は──」

 シレーグナが全てを話し終えたときには、もう日が昇る時刻になっていた。

「へぇー……侯爵がね。でも実際捕まってはいないよ」
「やっぱりですか……」
「それどころか娘と見合いをさせたいんじゃないかって噂が流れてるよ」
「それは事実でしょうね……まぁクラネスも何をするか分かりませんが」
「まぁあんたには関係ないか。気にすることないよ。──にしても、ねぇ? 愛人? ……いやぁ、まだあいつは子種撒き散らしてんのね? ばかねぇ」
「それぐらいしか能がないんだろう。外見は聡く見えるけどな」
「えぇー? あんなこと知っちゃえば外見なん──」
「あ、あの……」
「ん? どうかした?」
「お、お二人はどちら様で……?」

 シレーグナの座る木で出来た椅子を挟むようにして座っている男女。二人とも黒髪であり、よく見ればカトレル王の面影がどこかにあるような気もする。

「あぁ、あたしたちはあいつの愛人の子。私とこの──」
「トクラだ。よろしく」
「そ、トクラ。でまぁ腹違いの……兄? にあたる訳だけど、まぁ知らずに恋をした訳よ」
「え、えぇ……!?」
「だって俺ら戸籍認定されてねぇしな、いないも等しい存在ってわけ。そのいない存在が腹違いの妹と何しまいとカンケーねえし」
「え……共通する親は誰なんですか?」
「カトレル」
「…………」
「まぁそりゃそうなるよねぇ。父親が愛人何人も作ってたなんて」
「でも今は一人で娘が三人──」
「三番目は愛人よ。黒でしょ? 髪」
「え……ニーアリアンが?」
「あぁ、そうそうニーアリアン。あの子あたしの……えっと、姪?」
「じゃあ、マヤは私の……」
「義理の叔母ってやつかしらね」

 からからと笑うマヤ。その瞳には恨みなどという負の感情はなく、ただただ語るような瞳。そしてその瞳はダイアモンドのようにきらきらしており、その色は金に染まっている。

「…………」
「じゃあ俺は義理の叔父か?」
「そうなるわね。叔父叔母と暮らしてみる? シレーグナ」
「え……?」
「あんたの名前がシレーグナって分かったら、速攻引き戻されるわよ。それにあんたの戸籍はちゃんとあるから、私たちみたいにもなれないし」
「…………」
「……まぁどっちにしろ、少しここで過ごしてみろ。名前はどうする?」
「……名前?」
「そ。ここで暮らす間のあんたの名前。こればっかりは私も決めたくないわ」
「なま、え……」
「…………」
「……ルカが、いいです」
「そう。じゃあ、あなたは私の姪よ、ルカ。これからよろしく!」
「……よろしく、マヤ」
「よろしくな、ルカ」

 そうして時は過ぎ、また日の落ちる時間となる。

「……ねぇ、マヤ。意味って必要?」
「ん、どうしたんだい?」
「……私がいることに、意味はあるのかな」
「──さあ、どうだろうねぇ。ほら、寝な。朝は早いよ」
「……うん。おやすみ」
「おやすみ」
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