小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

知略の女神、動く

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一日経って、結城たちは再び刺松市の丘の上に登っていた。しかし昨日とは一転して、空気はかなり重い。
 なぜかと言えば、結城に肩車された媛寿がこれまでにないほど落ち込んでいたからだ。彼女は今にも雨が降りそうなくらいにどんよりとして、結城の頭に顔を埋めていた。
「う~、う~」
 おまけに時々思い出したように結城の髪を引っ張った。
(痛いんだけど……)
 結果として、結城が立てた座敷童子の力を応用した潜入作戦は失敗に終わった。どうやっても友宮邸の中には入れなかったのだ。玄関は言わずもがな、壁の上、裏口、人が出入りできそうなところから侵入しようとしても、見えない壁のようなものに遮られてしまった。
 媛寿も座敷童子としての意地が出てしまい、途中でコンビニの300円クラスのアイスクリームを要求し、食べて気合を入れてから再挑戦したものの、最後まで潜入は適わなかった。
 さすがにプライドが傷ついたのか、撤収してから一晩経っても媛寿は落ち込んだままだった。
 機嫌が悪いわけではないので凶運に見舞われてはいないのだが、いつも元気一杯な媛寿がこうも暗い雰囲気だと、結城はもちろん、他の三人も調子が狂っていた。
「元気出しなよ、媛寿。ああいうことも偶にはあるよ」
「う~ん……」
「僕のところに来た時もダンボール箱から出られなかったって言ってたじゃない?」
「あれはただの箱だもん…封印されてたもん…」
「では、トモミヤの屋敷には封印のような力が施されている、ということになりますね?」
 アテナは覗いていた双眼鏡から手を離し、代わりに脇に置いていたコンビニの袋を持って結城と媛寿の元までやって来た。
「エンジュ、いつまでもそんな気持ちでいるのは心身に毒ですよ。あなたの行動によってトモミヤは封印らしき力を有することが分かりました。これはあなたがもたらした成果です。どのようなことにも必ず有益な情報があるものなのですよ。とりあえず食べて、気を取り直しなさい」
 柔和な微笑を浮かべ、アテナはコンビニ袋一杯に入った昼食と間食用の食べ物を差し出した。
 アテナの励ましに少し気が楽になったのか、ようやく顔を上げた媛寿は涙目ではあったが、
「うん……」
と頷いた。
「そうだよ、媛寿。いつまでも落ち込んでいるなんてらしくないよ。ほら、これでも食べて」
 結城は右手をコンビニ袋に突っ込み、適当なものを掴んで頭の上の媛寿に差し出した。
「うん。ありがと、ゆうき」
 媛寿は結城が掴んだ『午亥棒カルビ味』を受け取り、袋を破ってシャクシャクとかじり始めた。彼女に食べる気力が戻ってきただけ、結城は安堵して胸を撫で下ろした。頭にスナック菓子特有の粉が落ちるのは少しいただけなかったが。
「でもこれは佐権院警視や九木刑事が言っていた以上に厄介なことかもしれませんね」
「ええ、情報の遮断だけではなく侵入者も通さないとは、侮り難い堅牢さです」
 改めて丘の上から見下ろす友宮邸は、昨日と寸分違わず、刺松市にその威容を君臨させている。ただ見るだけなら優美な邸宅のはずだが、今の結城には得体の知れないものが住まう魔の空間にさえ思えていた。
「媛寿でも入れなかったとなると相当難しいか。マスクマンは何かいい方法ある?」
「NΨ6→EΓ22↓(訳:いま知り合いの動物たちに探らせているが、媛寿で入れなかったなら望み薄だぞ)」
「そう、ありがとう。シロガネは?」
「ひ、み、つ」
「そ、そう。ありがとう」
 妖しく唇に指を当てるシロガネを見て、結城はそれ以上聞くのは止しておこうと思った。おそらくエロいことを考えていると直感が告げていたからだ。
「ユウキ、スマホを貸してもらえますか?」
 再び双眼鏡で友宮邸の様子を窺おうとしていた結城に、アテナは不意に手を差し出してきた。
「スマホ?」
「電話をかけます」
「? 分かりました」
 彼女が誰に電話をかけるのか見当が付かなかったが、結城はポケットからスマートフォンを取り出し、差し出されたアテナの手に置いた。
 アテナは手早く番号を打ち込むと、スマートフォンを耳に当て連絡先からの応答を待った。
『はい。こちら資料課の九木です。またなんか探しモンですか? いいかげんにして欲しいな~。こっちはいくら資料課でヒマだからって便利屋じゃないんだから』
「……資料課の所属だったのですね、クキ」
 電話口から何やらバタバタと物が崩れるような音が伝わってきた。連絡先の相手は相当に驚いたようだ。
『ア、アテナ様!? えっ、うそっ!? これ内線でかかってきてる!? 署内にいるの!?』
「まだ私の力を侮っていますね、クキ。神が知りえる人物・場所であるなら、電話番号など無用で連絡が可能です。内線表示されている理由は分かりませんが」
 アテナの言葉を聞いて結城は少し納得していた。彼女が打ち込んだ電話番号は、どう考えても数字が少なすぎた。どうやら神様にとって知っているところなら全部内線で繋がるらしい。
『あ、あはは。いや、その、お見それしました』
「ところで、所属をいつもはぐらかしていたのは資料課だったからなのですね?」
『め、名誉のために言っときますが、決して左遷とかじゃないですからね? 何かとオレのダウジングを当てにするとこ多いから、資料課なら他部署との軋轢とかは最小限で済むからってことで―――』
「それで資料課送りになりましたか。出世は絶望的になりましたね」
『うぐっ!』
 電話越しに九木は心の傷を抉られたようだ。結城はちょっとだけ九木の境遇が哀れに思えてしまった。悪い人間ではないはずなのだが。
「まぁ、そんなつまらないことはどうでも良いのです」
『ぐふっ! い、いちいちクリティカルな……』
「あなたに用意してもらいたい物があるのです」
『えっ? ああ、そういうこと。てっきり電話でオレの心を拷問するためかと』
「本当はサゲンインに頼めれば良かったのですが、彼はなかなかの上役ですからお忙しいでしょう。なので仕方なくあなたを通すことにしたまでです。資料課であるなら暇でしょうから都合が良い」
『ぐわはっ!』
 スマートフォンから盛大な音が響き渡り、その場にいた全員が、九木がいよいよ床に倒れ伏したのが容易に想像できた。
「今から言う物を早急に用意してください」
『うぅ…オ、オレが力尽きるまでに言ってもらえませんか?』
「いいですか? まずは―――」
 アテナはいくらかの品を九木に要求したが、結城はその数々を聞いて首を捻った。そこから想起される作戦は、知略の女神アテナとしてはなぜか似つかわしくないと思えたからだ。
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