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友宮の守護者編
作戦その2
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刺松市、某所。『鞠男水道設備』のロゴが側面に施された軽ワゴン車が停まっている。車体のすぐ前には転落防止用のカラーコーンとガードバーで仕切られたマンホールが一つ。その下の下水道では、なぜかスコップやツルハシを装備した結城たちが集結していた。
(ホ、ホントにやるんだ……)
九木から資料を受け取ったアテナは、一晩部屋に籠もり、翌朝には一枚の紙面を手に朝食の場に現れた。紙面の大きさはスケッチブックの画用紙一枚分ほどだが、その中には結城では分からないような情報や数値がビッシリと書き込まれていた。
一つ分かったのは、紙面は一種の地図であり、『Tomomiya』と書かれた位置から一本の長大な線が延びていることだった。
あとは古屋敷に置いてあった諸々の道具を持ち出し、九木に用意させた偽装車両に乗って刺松市まで移動し、現在に至るわけだが。
「ここからトモミヤ邸の地下まで掘って進みます」
(やっぱり!)
下水道の一部の壁にコツンと拳を当てて、アテナは作戦を簡潔に述べた。
友宮邸は地上や上空からの侵入は不可能だった。ならば地下に経路を作って入るという発想は分かるが、常々知略の女神を名乗って憚らないアテナの考える作戦としては、妙な泥臭さを結城は感じていた。確かに他に有効な方法があるわけでもないが。
「ア、アテナ様。それで本当に友宮邸に入れるんでしょうか?」
施工図を用意され、道具と作業着を用意され、いよいよ掘削工事の起点に到着しても、結城にはまだ半信半疑だった。
「疑いますか、ユウキ?」
「い、いえ。決してそういうわけじゃ…」
アテナはアテナで結城と同じ作業着(自作)を着込み、上着を腰に巻いた、いかにも現場慣れした作業員といった出で立ちである。黒タンクトップの上半身は露出の割合が多いので、結城としては目のやり場に少し困る。それは置いておくとしても、ここまで来て作戦を疑う余地はない。不安なのは掘ったはいいが、結局入れなかったというオチの方だ。
「私も以前の死体を操る術者の一件があってから、ニホンのジュツについて調べたのですよ? もちろんケッカイについても」
アテナはカーゴパンツの尻ポケットから一冊の本を取り出し、それを結城に手渡した。おどろおどろしい風景を載せた表紙に、『図説!日本の呪い大百科』とタイトルが付いている。
「私が推察するに、ケッカイは一定の空間を覆い、邪悪な者の攻撃から身を守るジュツですが、それは通常空間だけで地下までは届いていません。つまり、ある程度の深さの地下からケッカイの中心に近い場所に経路を通せば、そこからケッカイの中に入れる、ということです」
いつの間にかメガネをかけて教師モードに入ったアテナは、人差し指を立てて結界を解説する。が、当の結城は専門外のことなので少々困惑気味な顔になってしまっている。とりあえずは黙って聞いておくことにした。
「クキに用意させたこの周辺の地質とライフラインの資料を元に、トンネル工事の計画をしっかりと立てました。水道管やガス管、地下鉄の路線に当たることもなく、一直線に掘り進むことができます。もちろん崩落もなし。完了した暁には、私たちはトモミヤの中庭に立って呵呵大笑しているでしょう」
自信満々に笑みを浮かべ、タンクトップの胸を張るアテナ。一応作戦としては納得できるが、結城が心配しているのは手渡された本に『BOOK OZ』の100円特売シールが貼られていることと、初版が昭和40年であることと、妙にひらがなやルビが多用されている内容についてだった。
あと潜入できたとして、いきなり大声で笑うのはどうかと思う。
「僕は霊能力者じゃないからよく分からないですけど、そんなに簡単な方法で結界の中に入れるんですか? よくマンガとかだと結界破りってすごい難しいイメージあるんですが……」
「それは正面から直接破壊しようとした場合です。トモミヤが使用している結界はオートマチックタイプだと思いますので、方法としては問題ありません」
「?」
結城は首を傾げた。結界に関する話でいきなりオートマチックと言われても繋がりが分からない。結界にも自動車のようにマニュアルとオートがあるというのか。
「調べて分かりましたが、ケッカイは術者が自分の意思で管理するマニュアルタイプと、ある程度システム化されたオートマチックタイプがあるようです。マニュアルであるならば、守る場所と範囲を自由に決められて、強化する箇所も修復も術者の思い通りにできます。しかし、人数がいなければ範囲はとても狭くなります。オートマチックは力の源となるものを中心に据え置き、ケッカイの修復などの作業を自動で行います。広い範囲をカバーできますし、術者の集中力も関係ありません。ただし、侵入者を目で確認する必要がありますし、容易に動かせません。作戦の決め手はこの違いにあるのですよ、ユウキ。分かりましたか?」
「結界については分かりましたけど、わざわざ手で掘っていくんですか? 九木刑事とかに頼んで掘削機とか借りたら良かったんじゃ……」
「最近、あなたのトレーニングにもっとバリエーションを増やせないかと考えていました。そこでこの作戦に合わせてあなたの筋力トレーニングも行います。イッセキニチョウというものです」
ここに来て結城はようやく知略の女神の思惑を全て理解した。なぜこんな泥臭い作戦を立案したのかといえば、結界のシステムを把握した上での堅実な方法であったのと、もう一つは自分のトレーニングも兼ねていたということだ。まさかここまで考えて作戦を練っていたとは、戦神アレスもビックリだ。
ただ、気がかりなのは、
「……ここから友宮邸までどのくらい掘ればいいんですか?」
「何のことはありません。200mも掘れば充分です」
知略の女神は輝く満面の笑みで数値を宣告した。それを聞いた結城は咬合筋の力が一気に抜けた。
(僕、この依頼終わる頃にはモグラになってるかも)
(ホ、ホントにやるんだ……)
九木から資料を受け取ったアテナは、一晩部屋に籠もり、翌朝には一枚の紙面を手に朝食の場に現れた。紙面の大きさはスケッチブックの画用紙一枚分ほどだが、その中には結城では分からないような情報や数値がビッシリと書き込まれていた。
一つ分かったのは、紙面は一種の地図であり、『Tomomiya』と書かれた位置から一本の長大な線が延びていることだった。
あとは古屋敷に置いてあった諸々の道具を持ち出し、九木に用意させた偽装車両に乗って刺松市まで移動し、現在に至るわけだが。
「ここからトモミヤ邸の地下まで掘って進みます」
(やっぱり!)
下水道の一部の壁にコツンと拳を当てて、アテナは作戦を簡潔に述べた。
友宮邸は地上や上空からの侵入は不可能だった。ならば地下に経路を作って入るという発想は分かるが、常々知略の女神を名乗って憚らないアテナの考える作戦としては、妙な泥臭さを結城は感じていた。確かに他に有効な方法があるわけでもないが。
「ア、アテナ様。それで本当に友宮邸に入れるんでしょうか?」
施工図を用意され、道具と作業着を用意され、いよいよ掘削工事の起点に到着しても、結城にはまだ半信半疑だった。
「疑いますか、ユウキ?」
「い、いえ。決してそういうわけじゃ…」
アテナはアテナで結城と同じ作業着(自作)を着込み、上着を腰に巻いた、いかにも現場慣れした作業員といった出で立ちである。黒タンクトップの上半身は露出の割合が多いので、結城としては目のやり場に少し困る。それは置いておくとしても、ここまで来て作戦を疑う余地はない。不安なのは掘ったはいいが、結局入れなかったというオチの方だ。
「私も以前の死体を操る術者の一件があってから、ニホンのジュツについて調べたのですよ? もちろんケッカイについても」
アテナはカーゴパンツの尻ポケットから一冊の本を取り出し、それを結城に手渡した。おどろおどろしい風景を載せた表紙に、『図説!日本の呪い大百科』とタイトルが付いている。
「私が推察するに、ケッカイは一定の空間を覆い、邪悪な者の攻撃から身を守るジュツですが、それは通常空間だけで地下までは届いていません。つまり、ある程度の深さの地下からケッカイの中心に近い場所に経路を通せば、そこからケッカイの中に入れる、ということです」
いつの間にかメガネをかけて教師モードに入ったアテナは、人差し指を立てて結界を解説する。が、当の結城は専門外のことなので少々困惑気味な顔になってしまっている。とりあえずは黙って聞いておくことにした。
「クキに用意させたこの周辺の地質とライフラインの資料を元に、トンネル工事の計画をしっかりと立てました。水道管やガス管、地下鉄の路線に当たることもなく、一直線に掘り進むことができます。もちろん崩落もなし。完了した暁には、私たちはトモミヤの中庭に立って呵呵大笑しているでしょう」
自信満々に笑みを浮かべ、タンクトップの胸を張るアテナ。一応作戦としては納得できるが、結城が心配しているのは手渡された本に『BOOK OZ』の100円特売シールが貼られていることと、初版が昭和40年であることと、妙にひらがなやルビが多用されている内容についてだった。
あと潜入できたとして、いきなり大声で笑うのはどうかと思う。
「僕は霊能力者じゃないからよく分からないですけど、そんなに簡単な方法で結界の中に入れるんですか? よくマンガとかだと結界破りってすごい難しいイメージあるんですが……」
「それは正面から直接破壊しようとした場合です。トモミヤが使用している結界はオートマチックタイプだと思いますので、方法としては問題ありません」
「?」
結城は首を傾げた。結界に関する話でいきなりオートマチックと言われても繋がりが分からない。結界にも自動車のようにマニュアルとオートがあるというのか。
「調べて分かりましたが、ケッカイは術者が自分の意思で管理するマニュアルタイプと、ある程度システム化されたオートマチックタイプがあるようです。マニュアルであるならば、守る場所と範囲を自由に決められて、強化する箇所も修復も術者の思い通りにできます。しかし、人数がいなければ範囲はとても狭くなります。オートマチックは力の源となるものを中心に据え置き、ケッカイの修復などの作業を自動で行います。広い範囲をカバーできますし、術者の集中力も関係ありません。ただし、侵入者を目で確認する必要がありますし、容易に動かせません。作戦の決め手はこの違いにあるのですよ、ユウキ。分かりましたか?」
「結界については分かりましたけど、わざわざ手で掘っていくんですか? 九木刑事とかに頼んで掘削機とか借りたら良かったんじゃ……」
「最近、あなたのトレーニングにもっとバリエーションを増やせないかと考えていました。そこでこの作戦に合わせてあなたの筋力トレーニングも行います。イッセキニチョウというものです」
ここに来て結城はようやく知略の女神の思惑を全て理解した。なぜこんな泥臭い作戦を立案したのかといえば、結界のシステムを把握した上での堅実な方法であったのと、もう一つは自分のトレーニングも兼ねていたということだ。まさかここまで考えて作戦を練っていたとは、戦神アレスもビックリだ。
ただ、気がかりなのは、
「……ここから友宮邸までどのくらい掘ればいいんですか?」
「何のことはありません。200mも掘れば充分です」
知略の女神は輝く満面の笑みで数値を宣告した。それを聞いた結城は咬合筋の力が一気に抜けた。
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