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友宮の守護者編
圧壊……
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「なっ!?」
その異様を最も近くで見た佐権院は驚愕の声を漏らした。二重ゴーレムは弱点を攻撃された非常事態に迫られ、文字通りの『奥の手』を出してきた。泥ゴーレムは本来、特定の形を持たない。人間形を取らせることが多いが、基本素材が泥であるため、形を自在に変えることができる。それこそが泥ゴーレムの優位性。鉄ゴーレムの持つ二本の腕とは別に、さらに二本の腕を背面より生やして見せたのだ。
泥の腕は容赦なく佐権院の首を掴んで締め上げる。
「ぐ……あぁ……」
苦悶する佐権院の手がレプリカ九字兼定から離れると、泥の腕は佐権院の体を高らかと宙に上げ、力の限り振り払った。床に叩きつけられた佐権院は慣性によって何度か床を跳ね、壁際に衝突することでようやく止まった。
「蓮吏!」
攻撃を受けた際に飛ばされた眼鏡が変じ、トオミは人間体となって着地した。すぐに佐権院に声をかけるが、何の反応も返ってこない。
「くっ!」
主を傷つけられた怒りから、トオミは懐のホルスターから拳銃を取り出し、甲冑に向けて射撃した。ニューナンブのリボルバーが火を噴き、面の隙間に命中するが、そこにゴーレムの弱点はない。
弾丸を見舞った者を見定めた甲冑は、姿勢をやや低くした。まるで短距離走のスタート時のように。
それもそのはず、甲冑はトオミに向かって一直線に駆け出した。トオミが甲冑の動きに気付いた時にはもう遅かった。元来の膂力に疾走の勢いも乗せた強烈なボディブローが入っていた。
「かはっ!」
トオミは鳩尾に受けた攻撃の勢いそのままに、ダンスホールの壁に激突した。壁の建材が砕け散るほどの衝撃は、人間であればとても耐えられない。物の化身であるトオミは肉体の崩壊は免れたが、もはや戦闘不能は明らかだった。
佐権院とトオミを片付けた異形の甲冑は、今度は結城に狙いを定めた。二本の鋼の腕と二本の泥の腕を唸らせながら、またも姿勢を低くする。結城にも突進攻撃を敢行するつもりだ。
「うぐっ」
目の前で起こった凄まじい猛攻。それによって瞬く間に倒された佐権院とトオミ。結城は戦意喪失こそしていなかったが、いま迫り来る金属と泥でできた怪物を倒す算段を見出せず、たじろぐしかできなかった。
そうしている間に、甲冑は床を蹴り、結城に向かって猛進してくる。
「くっ!」
二重ゴーレムが出すスピードは、すでに結城の回避能力を超えていた。仮に避けられたとしても、四本の腕による攻撃から逃れられるとは思えない。ならば、真正面から対抗するしかない。相手のスピードとパワーを逆手に取った交差法。これにかける。結城は木刀を正眼に構え、佐権院と同じく刺突を放とうとした。
しかし、結城が技を繰り出すよりも、甲冑の判断力の方が速かった。結城の構えた木刀を片腕で殴り払い、一切の防御手段を絶ってきた。二重ゴーレムは残る三つの拳で結城の体を砕こうとしてくる。
(避られない! 反撃もできない! まずい!)
アドレナリン効果で時間が緩やかに流れるような感覚に陥りながら、結城は必死に次の行動を考える。しかし、至近距離まで肉薄され、唯一防具となり得た木刀まで失ってしまっては、残るは異形の甲冑の拳が届くのを待つのみ。
絶体絶命だった。
(ゆうき! うしろにじゃんぷ!)
身体が四散する覚悟を決めかけていた結城の頭に、媛寿の性急な声が響いた。どうやら後方に跳べということらしいが、そうしたところでほんの一瞬粉砕されるまでの時間が延びるだけで、結局待っている末路は同じに思えた。だが、媛寿がそう言ってきたということは、何か救命の望みがあるのかもしれない。媛寿は性格は子どもであっても、考え方は意外としっかりしている時がある。結城は肉体をバラバラにされるのを待つだけの運命よりも、最もつきあいの古い家神の言葉を取った。
持てる筋力の全てを使って、後方へと跳躍する。わずかに甲冑の拳から離れることに成功するが、その勢いはやはり留まることなく、結城の正中を追ってくる。
ただ、結城が跳躍する前と後では、確実に違うことが一つあった。結城の肩の上に、いつの間にか着物姿の少女が肩車する形で座っていた。そして、なぜかその手には玩具の剣が握られていた。正確に言えば、人気特撮ヒーロー番組『火点ライダー・バックドラフト』に登場するフラッシュバーン・ソードの玩具だが、そんなことを二重ゴーレムが知るはずもない。
媛寿は玩具の剣を脇に構え、横薙ぎに思い切り振り抜いた。しかし、刀身は甲冑に掠りもしていない。甲冑も媛寿の行為を無意味と判断し、気に留めることなく結城への止めを刺しにかかる。泥と鋼の拳が結城の顔と胴に届くまで、あと数ミリというところだった――――――――――
甲冑は、真上から落ちてきたシャンデリアに押し潰された。
幾重にもガラスが割れるけたたましい音と、飛び散る透明の破片。ダンスホールの天井を飾っていた豪奢なシャンデリアの一つは、二重ゴーレムを下敷きにして盛大に破砕した。
「…………え?」
完全に予想の斜め上を行く結果を迎えた結城は、床に着地してから事態を飲み込むまで少々時間がかかった。あわや、大型トラックに跳ね飛ばされるのと同等のダメージを負うと考えていたところ、鼻先をシャンデリアが掠るだけで済んだのだ。想像していた結末とあまりの相違に、脳が着いて行かなかった。
「ゆうき! みたみた! えんじゅの『えくすてぃんぎっしゅ・かっと』!」
「え? あっ、ああ」
媛寿の言う『エクスティンギッシュ・カット』とは、『火点ライダー』の必殺技の名前である。結城はそれでようやく事態を理解した。座敷童子の能力は運気を操ること。媛寿は結城の絶体絶命の場において、玩具の剣を媒介に結城の悪い運気を斬り裂いたのだ。
結果、天井から切れたシャンデリアが甲冑に直撃し、結城は最大の不運を免れた。
「あ、ありがとう、媛寿。今のはホントに危なかったよ」
「えっへん!」
結城の前にすたっと着地した媛寿は、誇らしげに胸を張る。これまで何度も媛寿に助けられたことはあったが、今回は本格的に命が危うかった。遅れてやってきた安堵感に、結城は心から媛寿に感謝した。
(あれ? でも後ろに跳んでなかったら僕が危なかったってことじゃ……)
ちょっと怖い想像がよぎったが、ひとまず難敵だった二重ゴーレムが沈黙した。次は急いで佐権院たちの容態を診て、続行可能なら友宮の儀式を止めるだけ――――――――
「!」
結城の目に信じがたい光景が映り込んだ。沈黙したと思っていた二重ゴーレムが、覆いかぶさっていたシャンデリアを勢いよく撥ね退け、再び立ち上がっていた。
鋼の右腕を高らかに振りかぶり、殴打の姿勢を取る。その先にあるのは、まだ後ろの状況を見ていない媛寿だった。
「媛寿!」
何を考える暇もなく、結城は媛寿を守るべく、その小さな体を抱きかかえた。しかし、そこまでが限界だった。媛寿を庇うだけが手一杯で、回避にも防御にも転じる余裕はなかった。
無骨な手甲の拳が、結城の脇腹に深々とめり込んだ。
その異様を最も近くで見た佐権院は驚愕の声を漏らした。二重ゴーレムは弱点を攻撃された非常事態に迫られ、文字通りの『奥の手』を出してきた。泥ゴーレムは本来、特定の形を持たない。人間形を取らせることが多いが、基本素材が泥であるため、形を自在に変えることができる。それこそが泥ゴーレムの優位性。鉄ゴーレムの持つ二本の腕とは別に、さらに二本の腕を背面より生やして見せたのだ。
泥の腕は容赦なく佐権院の首を掴んで締め上げる。
「ぐ……あぁ……」
苦悶する佐権院の手がレプリカ九字兼定から離れると、泥の腕は佐権院の体を高らかと宙に上げ、力の限り振り払った。床に叩きつけられた佐権院は慣性によって何度か床を跳ね、壁際に衝突することでようやく止まった。
「蓮吏!」
攻撃を受けた際に飛ばされた眼鏡が変じ、トオミは人間体となって着地した。すぐに佐権院に声をかけるが、何の反応も返ってこない。
「くっ!」
主を傷つけられた怒りから、トオミは懐のホルスターから拳銃を取り出し、甲冑に向けて射撃した。ニューナンブのリボルバーが火を噴き、面の隙間に命中するが、そこにゴーレムの弱点はない。
弾丸を見舞った者を見定めた甲冑は、姿勢をやや低くした。まるで短距離走のスタート時のように。
それもそのはず、甲冑はトオミに向かって一直線に駆け出した。トオミが甲冑の動きに気付いた時にはもう遅かった。元来の膂力に疾走の勢いも乗せた強烈なボディブローが入っていた。
「かはっ!」
トオミは鳩尾に受けた攻撃の勢いそのままに、ダンスホールの壁に激突した。壁の建材が砕け散るほどの衝撃は、人間であればとても耐えられない。物の化身であるトオミは肉体の崩壊は免れたが、もはや戦闘不能は明らかだった。
佐権院とトオミを片付けた異形の甲冑は、今度は結城に狙いを定めた。二本の鋼の腕と二本の泥の腕を唸らせながら、またも姿勢を低くする。結城にも突進攻撃を敢行するつもりだ。
「うぐっ」
目の前で起こった凄まじい猛攻。それによって瞬く間に倒された佐権院とトオミ。結城は戦意喪失こそしていなかったが、いま迫り来る金属と泥でできた怪物を倒す算段を見出せず、たじろぐしかできなかった。
そうしている間に、甲冑は床を蹴り、結城に向かって猛進してくる。
「くっ!」
二重ゴーレムが出すスピードは、すでに結城の回避能力を超えていた。仮に避けられたとしても、四本の腕による攻撃から逃れられるとは思えない。ならば、真正面から対抗するしかない。相手のスピードとパワーを逆手に取った交差法。これにかける。結城は木刀を正眼に構え、佐権院と同じく刺突を放とうとした。
しかし、結城が技を繰り出すよりも、甲冑の判断力の方が速かった。結城の構えた木刀を片腕で殴り払い、一切の防御手段を絶ってきた。二重ゴーレムは残る三つの拳で結城の体を砕こうとしてくる。
(避られない! 反撃もできない! まずい!)
アドレナリン効果で時間が緩やかに流れるような感覚に陥りながら、結城は必死に次の行動を考える。しかし、至近距離まで肉薄され、唯一防具となり得た木刀まで失ってしまっては、残るは異形の甲冑の拳が届くのを待つのみ。
絶体絶命だった。
(ゆうき! うしろにじゃんぷ!)
身体が四散する覚悟を決めかけていた結城の頭に、媛寿の性急な声が響いた。どうやら後方に跳べということらしいが、そうしたところでほんの一瞬粉砕されるまでの時間が延びるだけで、結局待っている末路は同じに思えた。だが、媛寿がそう言ってきたということは、何か救命の望みがあるのかもしれない。媛寿は性格は子どもであっても、考え方は意外としっかりしている時がある。結城は肉体をバラバラにされるのを待つだけの運命よりも、最もつきあいの古い家神の言葉を取った。
持てる筋力の全てを使って、後方へと跳躍する。わずかに甲冑の拳から離れることに成功するが、その勢いはやはり留まることなく、結城の正中を追ってくる。
ただ、結城が跳躍する前と後では、確実に違うことが一つあった。結城の肩の上に、いつの間にか着物姿の少女が肩車する形で座っていた。そして、なぜかその手には玩具の剣が握られていた。正確に言えば、人気特撮ヒーロー番組『火点ライダー・バックドラフト』に登場するフラッシュバーン・ソードの玩具だが、そんなことを二重ゴーレムが知るはずもない。
媛寿は玩具の剣を脇に構え、横薙ぎに思い切り振り抜いた。しかし、刀身は甲冑に掠りもしていない。甲冑も媛寿の行為を無意味と判断し、気に留めることなく結城への止めを刺しにかかる。泥と鋼の拳が結城の顔と胴に届くまで、あと数ミリというところだった――――――――――
甲冑は、真上から落ちてきたシャンデリアに押し潰された。
幾重にもガラスが割れるけたたましい音と、飛び散る透明の破片。ダンスホールの天井を飾っていた豪奢なシャンデリアの一つは、二重ゴーレムを下敷きにして盛大に破砕した。
「…………え?」
完全に予想の斜め上を行く結果を迎えた結城は、床に着地してから事態を飲み込むまで少々時間がかかった。あわや、大型トラックに跳ね飛ばされるのと同等のダメージを負うと考えていたところ、鼻先をシャンデリアが掠るだけで済んだのだ。想像していた結末とあまりの相違に、脳が着いて行かなかった。
「ゆうき! みたみた! えんじゅの『えくすてぃんぎっしゅ・かっと』!」
「え? あっ、ああ」
媛寿の言う『エクスティンギッシュ・カット』とは、『火点ライダー』の必殺技の名前である。結城はそれでようやく事態を理解した。座敷童子の能力は運気を操ること。媛寿は結城の絶体絶命の場において、玩具の剣を媒介に結城の悪い運気を斬り裂いたのだ。
結果、天井から切れたシャンデリアが甲冑に直撃し、結城は最大の不運を免れた。
「あ、ありがとう、媛寿。今のはホントに危なかったよ」
「えっへん!」
結城の前にすたっと着地した媛寿は、誇らしげに胸を張る。これまで何度も媛寿に助けられたことはあったが、今回は本格的に命が危うかった。遅れてやってきた安堵感に、結城は心から媛寿に感謝した。
(あれ? でも後ろに跳んでなかったら僕が危なかったってことじゃ……)
ちょっと怖い想像がよぎったが、ひとまず難敵だった二重ゴーレムが沈黙した。次は急いで佐権院たちの容態を診て、続行可能なら友宮の儀式を止めるだけ――――――――
「!」
結城の目に信じがたい光景が映り込んだ。沈黙したと思っていた二重ゴーレムが、覆いかぶさっていたシャンデリアを勢いよく撥ね退け、再び立ち上がっていた。
鋼の右腕を高らかに振りかぶり、殴打の姿勢を取る。その先にあるのは、まだ後ろの状況を見ていない媛寿だった。
「媛寿!」
何を考える暇もなく、結城は媛寿を守るべく、その小さな体を抱きかかえた。しかし、そこまでが限界だった。媛寿を庇うだけが手一杯で、回避にも防御にも転じる余裕はなかった。
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