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友宮の守護者編
崩落
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結城が抑えていた里美の体があっさりと脱力した。
「うおっと!」
何とか地面に衝突する前に抱きかかえ、事無きを得る。
「ふえ~」
「わっ、媛寿!?」
里美の体からこぼれるように媛寿が実体化し、こちらも結城は左手を伸ばして受け止める。
「ふ~……」
右手に里美、左手に媛寿を抱えて、結城は深く息を吐いた。際どい賭けだったが、何とか成功した。危機的状況から脱した解放感と、作戦をやり遂げた達成感が、結城に安堵をもたらした。
「ユウキッ!」
だが、それも束の間。アテナの逼迫した声が響き渡った。
「えっ?」
その声に結城が振り返るよりも速く、結城の前方にアイギスが飛来した。そして結城の目の前に刺さったアイギスに何かが衝突した。
「グオオォッ!」
全身が粟立つような恐ろしい声。アイギスの反対側から聞こえてきたその声で、結城は即座に事態を把握した。
里美から離れた建御名方神の怨念をすっかり忘れていた。あくまで引き剥がしただけで消えたわけではなかった怨念は、再び里美の肉体に取り憑こうと向かってきたのだ。アテナがアイギスを投げていなければ危ないところだった。
「アアアァッ!」
アイギスに遮られた靄状の怨念は、盾の高さを越えようとさらに高く上昇した。
(まずい!)
結城は状況の悪さに息を呑んだ。いま結城の腕は里美と媛寿で埋まっている。そんな状態でとっさに回避行動を取ることはできない。アイギスも持つことはできない。仮に腕が使えたとしても、結城ではアイギスをまともに扱うことはできない。怪我をしていればなおさらだ。
このままでは、また怨念に支配された里美と戦うことになる。自身も仲間たちも満身創痍では、今度こそ勝ち目はない。
「ガアアァッ!」
黒い靄が結城たちに向かって急降下してくる。
絶体絶命。最悪の逆転をされてしまうと結城は目を硬く閉じたが、
「オオオォン!」
またも絶望を晴らすかのような獣の咆哮が聞こえ、目を見開いた。
「ギャアアァッ!」
まず視界に飛び込んできたのは、端から霧散し縮んでいく黒い靄だった。くねるように、うねるように形を変え、声音からも明らかに苦しんでいる。
「ユウキッ!」
名を呼ばれて振り返ると、アテナが一直線に向かってきていた。伸ばされた右腕が何を意味しているのかを瞬時に理解した結城は、可能な限り素早く、そして優しく里美と媛寿を地面に下ろすと、アテナの右手に対して左手を伸ばした。互いの掌の距離が零になり、硬く指を絡ませ合う。
「ラスティ・ヒューッッジョン!」
約束の合言葉を叫び、アテナの体が金色の光へと変わり、結城の体に溶け込んだ。
青い瞳となった結城は、アイギスの取っ手を握って地面から引き抜き、空中で悶える靄に突きつけた。
「アイギス・オブ・アーテナー! ストーン・コールド!」
神盾アイギスの持つ最大の能力が解き放たれる。盾の中心に施された両眼のレリーフが開き、石化の魔力が照射される。
「アッ……アァ……ア……」
メデューサの石化の魔力を正面から受けた靄は動くことをやめ、ただの石のように地面に転がり落ちた。実体を持たない相手には石化こそできないが、動きを止めてしまうには充分な威力だった。
「これでもう身動きは取れません」
結城の体から金色の光が分離し、再び戦女神の姿となった。
「うわぁっ!」
アテナが離れたことで、アイギスを持っていた腕が重量に負け、盾の縁を地面に打ち付けてしまう結城。
アテナはそれに構うことなく、固まって微動だにしない黒い靄に近付いていく。
靄の前で膝を付くと、腰の雑嚢から金色に光る袋を取り出した。ちょうど手提げのビニール袋ほどのそれに靄を入れると、アテナは袋の口を紐でしっかり閉じ、また雑嚢に戻した。
「アテナ様、それって……」
「ペルセウスがメデューサの首を入れるために使ったキビシスの袋です。メデューサの毒でも溶けることはありません。これなら怨念を封じておくことができます」
本当はヘルメスが黄昏の園のニンフたちに与え、メデューサ退治の折にペルセウスが譲り受けた物だが、ペルセウスからメデューサの首を献上された際に一緒に預かり、そのままアテナが持っていた。ヘルメスも特に何も言ってこなかったので、アテナは何かの役に立つかもしれないと借りたままにしていたのだった。
(まさかこのような形で使うことになるとは思っていませんでしたが……)
アテナが何か複雑な表情をしているように見えたが、それよりも結城は周囲に首を巡らせ、土壇場で助けてくれた声の主を探した。
そして見つけた。破壊された石柱の前に座る獣。間違いなく虎丸だった。
「虎丸……」
いつの間にか起きていた媛寿が、おぼつかない足取りで歩いてきて結城の横に並ぶ。
虎丸は結城たちを真っ直ぐに見据え、お辞儀をするように少し頭を下げると、姿が空へと溶けていった。
依頼を果たしてくれた礼を述べたのだろうと、結城は直感的に思った。
しかし、感傷に浸る間もなく、地下空間が振動し始める。
「これは……小林くん、ここは崩れるぞ!」
佐権院の言葉で周りを見ると、岩壁に次々と亀裂が走っていく。ここまでの戦いで地下に作られた拝殿は、もはや構造を維持できなくなっていた。
「に、逃げろー!」
結城は媛寿を、佐権院は里美を抱えて、地上へと続く螺旋階段を目指す。アテナ、マスクマン、シロガネもそれぞれの装備を持って続いた。
螺旋階段を昇ろうとした結城は、ふと砕かれた石柱に目を向けた。神霊に詳しくない結城も、何となく察していた。おそらく虎丸と再会することは、もうないのだろうと。
依頼を果たすことはできたが、依頼主を失ってしまうという結果が、結城の心に物悲しさを浮かばせた。
「HΨ5↑(結城、何してる!)」
「っ! ごめん、すぐ行く」
マスクマンの声で我に返った結城は、心の中で虎丸に別れを告げつつ、地下を後にした。
「うおっと!」
何とか地面に衝突する前に抱きかかえ、事無きを得る。
「ふえ~」
「わっ、媛寿!?」
里美の体からこぼれるように媛寿が実体化し、こちらも結城は左手を伸ばして受け止める。
「ふ~……」
右手に里美、左手に媛寿を抱えて、結城は深く息を吐いた。際どい賭けだったが、何とか成功した。危機的状況から脱した解放感と、作戦をやり遂げた達成感が、結城に安堵をもたらした。
「ユウキッ!」
だが、それも束の間。アテナの逼迫した声が響き渡った。
「えっ?」
その声に結城が振り返るよりも速く、結城の前方にアイギスが飛来した。そして結城の目の前に刺さったアイギスに何かが衝突した。
「グオオォッ!」
全身が粟立つような恐ろしい声。アイギスの反対側から聞こえてきたその声で、結城は即座に事態を把握した。
里美から離れた建御名方神の怨念をすっかり忘れていた。あくまで引き剥がしただけで消えたわけではなかった怨念は、再び里美の肉体に取り憑こうと向かってきたのだ。アテナがアイギスを投げていなければ危ないところだった。
「アアアァッ!」
アイギスに遮られた靄状の怨念は、盾の高さを越えようとさらに高く上昇した。
(まずい!)
結城は状況の悪さに息を呑んだ。いま結城の腕は里美と媛寿で埋まっている。そんな状態でとっさに回避行動を取ることはできない。アイギスも持つことはできない。仮に腕が使えたとしても、結城ではアイギスをまともに扱うことはできない。怪我をしていればなおさらだ。
このままでは、また怨念に支配された里美と戦うことになる。自身も仲間たちも満身創痍では、今度こそ勝ち目はない。
「ガアアァッ!」
黒い靄が結城たちに向かって急降下してくる。
絶体絶命。最悪の逆転をされてしまうと結城は目を硬く閉じたが、
「オオオォン!」
またも絶望を晴らすかのような獣の咆哮が聞こえ、目を見開いた。
「ギャアアァッ!」
まず視界に飛び込んできたのは、端から霧散し縮んでいく黒い靄だった。くねるように、うねるように形を変え、声音からも明らかに苦しんでいる。
「ユウキッ!」
名を呼ばれて振り返ると、アテナが一直線に向かってきていた。伸ばされた右腕が何を意味しているのかを瞬時に理解した結城は、可能な限り素早く、そして優しく里美と媛寿を地面に下ろすと、アテナの右手に対して左手を伸ばした。互いの掌の距離が零になり、硬く指を絡ませ合う。
「ラスティ・ヒューッッジョン!」
約束の合言葉を叫び、アテナの体が金色の光へと変わり、結城の体に溶け込んだ。
青い瞳となった結城は、アイギスの取っ手を握って地面から引き抜き、空中で悶える靄に突きつけた。
「アイギス・オブ・アーテナー! ストーン・コールド!」
神盾アイギスの持つ最大の能力が解き放たれる。盾の中心に施された両眼のレリーフが開き、石化の魔力が照射される。
「アッ……アァ……ア……」
メデューサの石化の魔力を正面から受けた靄は動くことをやめ、ただの石のように地面に転がり落ちた。実体を持たない相手には石化こそできないが、動きを止めてしまうには充分な威力だった。
「これでもう身動きは取れません」
結城の体から金色の光が分離し、再び戦女神の姿となった。
「うわぁっ!」
アテナが離れたことで、アイギスを持っていた腕が重量に負け、盾の縁を地面に打ち付けてしまう結城。
アテナはそれに構うことなく、固まって微動だにしない黒い靄に近付いていく。
靄の前で膝を付くと、腰の雑嚢から金色に光る袋を取り出した。ちょうど手提げのビニール袋ほどのそれに靄を入れると、アテナは袋の口を紐でしっかり閉じ、また雑嚢に戻した。
「アテナ様、それって……」
「ペルセウスがメデューサの首を入れるために使ったキビシスの袋です。メデューサの毒でも溶けることはありません。これなら怨念を封じておくことができます」
本当はヘルメスが黄昏の園のニンフたちに与え、メデューサ退治の折にペルセウスが譲り受けた物だが、ペルセウスからメデューサの首を献上された際に一緒に預かり、そのままアテナが持っていた。ヘルメスも特に何も言ってこなかったので、アテナは何かの役に立つかもしれないと借りたままにしていたのだった。
(まさかこのような形で使うことになるとは思っていませんでしたが……)
アテナが何か複雑な表情をしているように見えたが、それよりも結城は周囲に首を巡らせ、土壇場で助けてくれた声の主を探した。
そして見つけた。破壊された石柱の前に座る獣。間違いなく虎丸だった。
「虎丸……」
いつの間にか起きていた媛寿が、おぼつかない足取りで歩いてきて結城の横に並ぶ。
虎丸は結城たちを真っ直ぐに見据え、お辞儀をするように少し頭を下げると、姿が空へと溶けていった。
依頼を果たしてくれた礼を述べたのだろうと、結城は直感的に思った。
しかし、感傷に浸る間もなく、地下空間が振動し始める。
「これは……小林くん、ここは崩れるぞ!」
佐権院の言葉で周りを見ると、岩壁に次々と亀裂が走っていく。ここまでの戦いで地下に作られた拝殿は、もはや構造を維持できなくなっていた。
「に、逃げろー!」
結城は媛寿を、佐権院は里美を抱えて、地上へと続く螺旋階段を目指す。アテナ、マスクマン、シロガネもそれぞれの装備を持って続いた。
螺旋階段を昇ろうとした結城は、ふと砕かれた石柱に目を向けた。神霊に詳しくない結城も、何となく察していた。おそらく虎丸と再会することは、もうないのだろうと。
依頼を果たすことはできたが、依頼主を失ってしまうという結果が、結城の心に物悲しさを浮かばせた。
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