小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
93 / 459
友宮の守護者編

崩落

しおりを挟む
 結城ゆうきが抑えていた里美さとみの体があっさりと脱力した。
「うおっと!」
 何とか地面に衝突する前に抱きかかえ、事無きを得る。
「ふえ~」
「わっ、媛寿えんじゅ!?」
 里美の体からこぼれるように媛寿が実体化し、こちらも結城は左手を伸ばして受け止める。
「ふ~……」
 右手に里美、左手に媛寿を抱えて、結城は深く息を吐いた。際どい賭けだったが、何とか成功した。危機的状況から脱した解放感と、作戦をやり遂げた達成感が、結城に安堵をもたらした。
「ユウキッ!」
 だが、それも束の間。アテナの逼迫した声が響き渡った。
「えっ?」
 その声に結城が振り返るよりも速く、結城の前方にアイギスが飛来した。そして結城の目の前に刺さったアイギスに何かが衝突した。
「グオオォッ!」
 全身が粟立つような恐ろしい声。アイギスの反対側から聞こえてきたその声で、結城は即座に事態を把握した。
 里美から離れた建御名方神タケミナカタノカミの怨念をすっかり忘れていた。あくまで引き剥がしただけで消えたわけではなかった怨念は、再び里美の肉体に取り憑こうと向かってきたのだ。アテナがアイギスを投げていなければ危ないところだった。
「アアアァッ!」
 アイギスに遮られた靄状の怨念は、盾の高さを越えようとさらに高く上昇した。
(まずい!)
 結城は状況の悪さに息を呑んだ。いま結城の腕は里美と媛寿で埋まっている。そんな状態でとっさに回避行動を取ることはできない。アイギスも持つことはできない。仮に腕が使えたとしても、結城ではアイギスをまともに扱うことはできない。怪我をしていればなおさらだ。
 このままでは、また怨念に支配された里美と戦うことになる。自身も仲間たちも満身創痍では、今度こそ勝ち目はない。
「ガアアァッ!」
 黒い靄が結城たちに向かって急降下してくる。
 絶体絶命。最悪の逆転をされてしまうと結城は目を硬く閉じたが、
「オオオォン!」
 またも絶望を晴らすかのような獣の咆哮が聞こえ、目を見開いた。
「ギャアアァッ!」
 まず視界に飛び込んできたのは、端から霧散し縮んでいく黒い靄だった。くねるように、うねるように形を変え、声音からも明らかに苦しんでいる。
「ユウキッ!」
 名を呼ばれて振り返ると、アテナが一直線に向かってきていた。伸ばされた右腕が何を意味しているのかを瞬時に理解した結城は、可能な限り素早く、そして優しく里美と媛寿を地面に下ろすと、アテナの右手に対して左手を伸ばした。互いの掌の距離が零になり、硬く指を絡ませ合う。
「ラスティ・ヒューッッジョン!」
 約束の合言葉を叫び、アテナの体が金色の光へと変わり、結城の体に溶け込んだ。
 青い瞳となった結城は、アイギスの取っ手を握って地面から引き抜き、空中で悶える靄に突きつけた。
「アイギス・オブ・アーテナー! ストーン・コールド!」
 神盾アイギスの持つ最大の能力が解き放たれる。盾の中心に施された両眼のレリーフが開き、石化の魔力が照射される。
「アッ……アァ……ア……」
 メデューサの石化の魔力を正面から受けた靄は動くことをやめ、ただの石のように地面に転がり落ちた。実体を持たない相手には石化こそできないが、動きを止めてしまうには充分な威力だった。
「これでもう身動きは取れません」
 結城の体から金色の光が分離し、再び戦女神の姿となった。
「うわぁっ!」
 アテナが離れたことで、アイギスを持っていた腕が重量に負け、盾の縁を地面に打ち付けてしまう結城。
 アテナはそれに構うことなく、固まって微動だにしない黒い靄に近付いていく。
 靄の前で膝を付くと、腰の雑嚢から金色に光る袋を取り出した。ちょうど手提げのビニール袋ほどのそれに靄を入れると、アテナは袋の口を紐でしっかり閉じ、また雑嚢に戻した。
「アテナ様、それって……」
「ペルセウスがメデューサの首を入れるために使ったキビシスの袋です。メデューサの毒でも溶けることはありません。これなら怨念を封じておくことができます」
 本当はヘルメスが黄昏の園のニンフたちに与え、メデューサ退治の折にペルセウスが譲り受けた物だが、ペルセウスからメデューサの首を献上された際に一緒に預かり、そのままアテナが持っていた。ヘルメスも特に何も言ってこなかったので、アテナは何かの役に立つかもしれないと借りたままにしていたのだった。
(まさかこのような形で使うことになるとは思っていませんでしたが……)
 アテナが何か複雑な表情をしているように見えたが、それよりも結城は周囲に首を巡らせ、土壇場で助けてくれた声の主を探した。
 そして見つけた。破壊された石柱の前に座る獣。間違いなく虎丸とらまるだった。
「虎丸……」
 いつの間にか起きていた媛寿が、おぼつかない足取りで歩いてきて結城の横に並ぶ。
 虎丸は結城たちを真っ直ぐに見据え、お辞儀をするように少し頭を下げると、姿がくうへと溶けていった。
 依頼を果たしてくれた礼を述べたのだろうと、結城は直感的に思った。
 しかし、感傷に浸る間もなく、地下空間が振動し始める。
「これは……小林くん、ここは崩れるぞ!」
 佐権院さげんいんの言葉で周りを見ると、岩壁に次々と亀裂が走っていく。ここまでの戦いで地下に作られた拝殿は、もはや構造を維持できなくなっていた。
「に、逃げろー!」
 結城は媛寿を、佐権院は里美を抱えて、地上へと続く螺旋階段を目指す。アテナ、マスクマン、シロガネもそれぞれの装備を持って続いた。
 螺旋階段を昇ろうとした結城は、ふと砕かれた石柱に目を向けた。神霊に詳しくない結城も、何となく察していた。おそらく虎丸と再会することは、もうないのだろうと。
 依頼を果たすことはできたが、依頼主を失ってしまうという結果が、結城の心に物悲しさを浮かばせた。
「HΨ5↑(結城、何してる!)」
「っ! ごめん、すぐ行く」
 マスクマンの声で我に返った結城は、心の中で虎丸に別れを告げつつ、地下を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...