小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

激昂

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 気を失った結城ゆうきを脱衣所の長椅子まで運んだ後、アテナたちは露天風呂に浸かり、その心地よさを堪能していた。
 一汗かいてからの温泉は格別だった。というのも、夕食が終わったアテナたちは遊技場の卓球台を見つけ、そこから卓球大会へと発展していた。
 特にアテナと千夏ちなつの対戦は凄まじく、音速に達しているのではないかと思える応酬に、ピンポン玉が耐えているのが不思議なほどだった。
 トーナメント型式で行われた大会の結果は、1位アテナ、2位千夏、3位媛寿えんじゅ、4位シロガネ、5位千冬ちふゆ、6位雛祈ひなぎの順位になった。
 唯一の人間なので仕方ないとはいえ、さすがにビリになっては雛祈も落ち込んでいた。対戦相手となって、おまけに勝ってしまった千冬は平謝りしていたが。
 卓球でいい汗をかいたアテナたちは、その足で湯殿に行くことを決め、そしてゆったりと温泉を楽しんでいた結城と鉢合わせした次第だった。
 結城は単にショックで気絶しただけで大事ないと判断し、結城と交代する形でアテナたちは露天風呂を楽しんでいた。
 だが、ほとんど成り行きで引っ張られてきた雛祈は、温泉の温もりを感じる余裕もないほど緊張していた。何しろギリシャ神話にその名を刻む最強の戦女神と湯浴みを共にしているのだ。結城はもちろんのこと、同性である雛祈でも、その容貌と容姿は魅入られてしまうほどの美しさだった。
 雛祈は別の方向を向いているフリをして、目だけをアテナに向けていた。
 人間ならば最高峰のモデルや女優と張り合えるほど、目鼻立ちが整っている。瞳と髪の色にしても、透き通る海の青さ、輝く黄金とさえ言えるだろう。
 スタイルに関しては、もはや直視するのが憚られるほどだった。雛祈もそれなりに自信のある方だったが、アテナと比べてしまっては情けなくなってくる。大き過ぎることなく、また小さ過ぎもしない、まさに美乳。戦いの神とは思えない、くびれた腰。ほどよい張りを持った、流線を描く臀部。すらりと伸びる腿と脚。
 ただ横目で見ているだけでも、雛祈は頬が熱くなり、心臓が高鳴ってきてしまった。
「何をコソコソと見ているのですか?」
 アテナのその一言で、雛祈はビクリと体を震わせた。アテナからすれば、雛祈の視線はあまりにも分かり易すぎた。
「あっ、そのっ、あのっ」
「同性ですので大目に見ますが、あまり不埒な目を向けるなら両の目の光を貰い受けるところです」
「そ、その割にはあの男には何もお咎めがないようですが?」
 アテナを注視していた気恥ずかしさを誤魔化す意味も兼ねて、雛祈は反論を試みた。
「? ユウキのことですか?」
「そうですよ! あの男だってあなたの、は、裸をしっかり見てたじゃないですか! それなのに何で罰することもなく、あまつさえ丁寧に介抱しているんですか!」
 納得のいかない悔しさが温泉の熱も相まって、余計に頭に血が上った雛祈は、必要以上に声を荒げてまくし立てる。が、それをアテナは眉一つ動かさず、何事もないように聞いていた。
「ユウキが私に対して不埒な行いをするような者であるならば、そもそも私はユウキの守護神にはなっていません。それに私とユウキとでは成人と赤子以上の差があります。あなたも赤子や仔犬に肌を晒したとて、羞恥を催すこともないでしょう?」
「うっ!」
 付け入る隙のない見事な論説を披露され、雛祈はグウの音も出なくなってしまう。知略の女神であるが故に、下手な論法で攻めても返り討ちに遭うのは必定だった。
 古屋敷に乗り込んだ時に続いて二度目の精神的敗北。アテナを敵に回すのは、難攻不落の城塞を一人で攻略するような気分に思えた。
 だからこそ雛祈には、小林結城という何の変哲もない一般人を取り巻く不条理が許せなくなってきた。
 人が相手をするには強大に過ぎる存在は、何もアテナだけではない。
 アテナから少し離れたところには、五百年以上を生き抜いた付喪神つくもがみ、シロガネが湯に浸かっている。果たしてどんな道具が化けた者なのか、雛祈にはまだ判別できていないが、相当な逸品であることは確かだった。
 煌く銀色の髪に、新雪のような真白い肌。スタイルこそアテナとは対照的なスレンダー体型だが、それはまた別の美しさを体現していた。
 変化へんげした姿だけでなく、数百年を経た付喪神ならば、自身と同じ属性の道具は手足のように自在に操ってしまうだろう。それが戦闘に転化できる道具であれば、そのまま戦闘力に還元される。
 もしそうなら、下手な魑魅魍魎ちみもうりょうが数百体で襲い掛かったとしても敵わない。
 シロガネの次に、雛祈は露天風呂の奥の方に目を移した。そこでは媛寿が温泉の上を器用に背泳ぎしていた。
 今は着物を着ていないが、それでも媛寿の容姿は美しいと思えた。座敷童子ざしきわらしの能力的な等級は、容姿の美しさで見定められる。そこから判断すれば、媛寿は間違いなく上位の座敷童子と言えた。
 最上位の座敷童子とされるチョウピラコは、高価な着物を纏い、奥座敷に憑くとされている。実際に媛寿が家屋のどこに憑いているのかは、雛祈には分からなかった。それどころか、結城に同行している時点で座敷童子の常識が当てはまらない。
 判明しているのは、媛寿が非常に高位の座敷童子であり、小林結城に多大な幸運を引き寄せているということだけだった。
 さらに雛祈はここにいない仮面の精霊、マスクマンのことを思い浮かべた。
 精霊とは万物に宿る意思であり、その物体や現象を司る存在を指す。神と精霊との違いは、持ちえる権能が複数であるか単一であるかという程度であり、ほぼ神に近い能力は有している。
 しかし、中には天地創造に関わった精霊も幾つか確認されている。それらは人間が後付けで権能を定めてしまっている場合があるため、元は明確なカテゴリーに属していない、特殊な精霊であったりする。
 出自も権能も不明ではあるが、雛祈の見立てでは間違いなく、マスクマンは創造神に近い精霊だった。
 これだけの人智を超えた存在が四柱も、何ら才気を持たぬ者の元に集っているなど、冗談を通り越して悪夢だった。
 護国鎮守を預かる他の家の者が聞けば、発狂寸前の事案だろう。
 雛祈もその例に漏れず、知った時には精神が天まで飛んでいく思いをした。だが、今はひたすらに怒りが込み上げてくる。
「なんで……なんであんな男に!」
 これまでの怒りと苛立ちが限界に達し、雛祈はその場に立ち上がって叫んだ。
「あんな霊力もない、大して才能に恵まれてもいない、あんな男に、なんであなた方のような存在が肩入れするんですか! こんなの間違ってる! あっていいはずがない! 私は……私はあんな奴! 絶対に認めないっ!」
 ありったけの感情を搾り出した雛祈は、肺に内包していた酸素を全て使いきってしまい、荒々しい呼吸を繰り返していた。後に残ったのは静寂と、温泉から無音で立ち上る湯気だけだった。
「今のお前のあるじってこーゆー奴か?」
「え、え~と、え~と……」
 千夏は他に聞かれないように、隣にいた千冬に耳打ちで尋ねるが、主である雛祈をどう言っていいものか、千冬は口ごもってしまう。
 呼吸が整った雛祈は、我に返って青ざめた。
 溜め込んでいた鬱憤を言葉として吐き出せた爽快感はすぐに失せ、己の失態が招くかもしれない先見が、雛祈の血を凍りつかせた。
 どんな理由で加護を授けているのか知らないが、戦女神アテナが認めた小林結城という男を完膚なきまでに貶したのだ。それは、突き詰めれば女神への侮辱に他ならない。眼前で声高に叫んでしまった以上、口から出た言葉はもう取り戻すことはできない。
 女神アテナは自身を侮辱した者を決して許さない。そこには死をも生温い制裁が待っている。
 雛祈は温泉の熱から来るものとは違う汗をかきながら、目線をゆっくりアテナの顔に向けてみた。
 温泉に浸かり、雛祈を見ていたアテナの表情は、実に涼しげなものだった。急に怒声を張り上げた少女に対する驚きもなく、自身が認めた戦士への侮辱に怒るでもなく、ただ遠くの景色を眺めるような目で雛祈を見つめていた。
 想像していたものとは違うアテナの反応に、雛祈の心はほんの一瞬だけ恐怖と不安を忘れた。
「シオウジヒナギ」
 それまで沈黙していたアテナが、不意に雛祈の名を呼んだ。忘我していたところに名を呼ばれ、雛祈の体は電気ショックを当てられた時のように跳ねた。
「座りなさい」
 あくまで静かに、諭すような口調で命じられた雛祈は、一切逆らうことなく、自然に言葉に従った。
 改めて温泉の温もりに体を浸けたことで、雛祈も次第に平静を取り戻していった。目の前に座るアテナは特に荒ぶる様子もなく、いたって普通に湯に浸かっている。
「まず最初に言っておかなければならないことですが」
 何の前触れもなく、アテナは滔々と語りだした。その淀みなさに、雛祈は警戒することさえ忘れ、気付けば耳を傾けていた。
「ユウキに才覚がないことは、ユウキ自身が最もよく知っています。そして私たちも、それを分かって共にいます」
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