小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

奪還者

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「お嬢、大丈夫か!」
「お、お嬢様、ご、ご無事ですか~!」
 結城ゆうき媛寿えんじゅの遣り取りに呆然としていた雛祈ひなぎは、桜一郎おういちろう千冬ちふゆの声でハッと我に返った。
「桜一郎! 千冬! あれを拘束して!」
 すぐ目の前には村長宅を襲撃してきた異形が倒れている。媛寿の一撃で完全に脳を揺さぶられたのか、動く気配は微塵もない。この好機を逃すなどあり得ないと思い、雛祈はすぐに従者である二人に命じた。
「あ~、首いてっ。雛祈ちゃん、村長は?」
「あっ!」
 起き上がってきた稔丸ねんまるに言われ、雛祈は急いで村長を探しに駆け出した。異形に壁に叩きつけられたとあっては、相当な怪我を負っている可能性が高い。何か裏事情も知っていることを加味すると、命を落とされては非常に困る。
 破壊された居間を通り抜け、反対側の庭に出た雛祈は周りを見渡して村長を探す。
 すぐに倒れている村長は見つかったが、その状態は雛祈が想像していたものとは全く違っていた。
 壁に激突して外に放り出されたために体のあちこちを負傷していたが、そのほとんどが止血され、ガーゼと包帯で応急処置されていた。見ると傍らには救急箱やAEDが置かれていた。
 雛祈は不可解に思ったが、すぐに謎は解けた。異形が攻め込んできてから一連の戦闘で、結城と媛寿の姿は見かけなかった。つまり結城と媛寿は雛祈たちに加勢するまでの間、負傷した村長の手当てをしていたということだ。
「村長さんは息を吹き返したけど、怪我がひどいから早く病院に―――ひっ!」
 雛祈を追って結城がやってきたが、振り向いた雛祈にいきなり睨まれたために思わず息を呑んだ。
 雛祈は殺意さえ含んでいそうな視線で結城を射抜こうとしている。いろいろな感情がない交ぜになっているが、一つは悔しかったからだ。
 雛祈たちが異形への応戦で手一杯だったとはいえ、結城たちは負傷した村長の救命のために行動した。雛祈でさえ戦闘が終結するまで村長のことを忘れていたのに、結城は村長を救うという選択肢を除外していなかった。もし結城たちが手当てをしていなかったら、村長は助からなかったかもしれない。その意識の差が出てしまったのが、雛祈にはたまらなく悔しかった。
 そしてもう一つ、雛祈には憤慨している理由があった。結城たちが村長の応急処置をしている間、雛祈たちは異形と戦っていたわけだが、それは裏を返せば囮に使われたのと同じだった。結城にはそんなつもりは一切無かったが、形としては雛祈たちに異形を任せ、村長を救い、最後には異形を仕留めるという成果を上げている。いわゆる美味しいトコ取りをされたのだ。
 雛祈としては何一つ面白くない結末だったが、実際に結城たちの功績をまざまざと見せ付けられてしまっては、文句など言えるはずもない。なので、ありったけの殺意を込めて結城を睨みつけるのがせいぜいだった。
 そんな雛祈の心情など全く知る由もなく、結城は目の前で睨みつけてくる、髪がボサボサに乱れた少女に困惑するばかりだった。
 眼と表情筋が痛くなるくらい睨みつけていた雛祈だったが、ふと視界の端に捉えたものが気になって表情を緩めた。
 いつの間にか結城の後ろに来ていた媛寿が、サングラスとコーヒーシガレット(ミルクコーヒー味のタバコ型ラムネ菓子)をくわえた出で立ちで、雛祈のことを見つめている。そして一緒に持ってきたのだろうか、結城たちが隠れていた段ボール箱を後ろに置き、それを拳で軽くノックするような仕草を見せた。
 それを見た雛祈はビクリと体を震わせた。段ボール箱は形が大きくひしゃげていた。理由は雛祈が箱から飛び出す際、力を込めて払いのけたからだ。
 媛寿が言いたいことは、雛祈には充分に分かった。暗に『段ボールを台なしにしたのをどうしてくれるのか?』と示しているのだ。
 雛祈は一転して冷や汗が出てきた。座敷童子ざしきわらしから恨みを買ったとあっては、どんな不運が襲いくるか、想像するだに恐ろしい。まして、媛寿は上位の座敷童子であるため、降りかかる不運は比例して大きくなる。いまここで命に関わるような出来事が起こっても、何ら不思議ではないのだ。
 蛇に睨まれた蛙の如く、今度は雛祈が媛寿に見つめられ、動けなくなっていた。
「? あっ、媛寿。いつの間に?」
 雛祈の様子を変に思った結城が後ろを振り返り、媛寿の姿を確認した。
「あれ? 今度は『満月にほえろ!』ごっこ?」
「ちーがーうー! これは『エスカルゴ13サーティーン』!」
 結城と話し始めたことで、媛寿から発せられる気が緩み、雛祈はその場にへなへなと座り込んだ。助かったわけではないが、近いうちに菓子折りでも準備する必要があると真剣に思案していた。
「ところで媛寿、さっき僕が目を瞑ってる間に何投げたの? すごい爆発だったけど」
「でっかいはなびー!」
 両手をいっぱいに伸ばして大きさを表現する媛寿。だが、その会話を聞いていた雛祈は、眉をひくひくと痙攣させた。投げられたのは花火などと生易しい物ではなく、正真正銘の手榴弾だったのだから。
 一体どこで入手したのか、雛祈には皆目見当が付かなかったが、何も言わないでおこうと心に決めていた。サングラスを少しずらして見せた媛寿のジト目が、『バラしたら許さん』と告げていたからだ。
「花火玉か何か注文してたの!? でも打ち上げ用の筒とかなかったはずだけど……」
「あてな様になげてもらう~」
「お、怒られたりしないかな~、それ」
「なっ!? お前は―――ぐあぁ!」
 他愛のない話をしていた二人だったが、桜一郎の急な叫び声が耳に届き、すぐさま異形を倒した場所まで取って返した。雛祈も同じく異変を察知し、従者たちの元へ駆け出した。
「あぁっ!」
 今度は千冬の叫び声が響き渡る。
 急いで戻ってきた三人は、そこでまた別の異形を目撃した。結城と媛寿は初見だったが、雛祈にはしっかりと見覚えがあった。青黒いあやかしと人間が混ざり合ったような、まだらの怪物。雛祈たちが森で遭った正体不明の妖怪だった。桜一郎に斬り落とされた左腕が、それをはっきりと証明していた。
 桜一郎と千冬は攻撃を受けたのか、地面に倒れて呻いている。おそらく相当うまく奇襲を仕掛けたのだろうと、雛祈は推察した。
「シャアアッ!」
 斑の怪物は鋭い牙を剥きだし、結城たちを威嚇する。
「うっ!」
「くっ!」
 そのまま戦闘に突入するかと思いきや、斑の怪物は継ぎ合わせの異形を担ぎ上げると、一跳びで丘を下りていった。威嚇をしたのは異形を連れて行くための隙を作るためだったらしい。ほんの一分にも満たない、あまりに急な出来事だった。
 捕らえた敵を取り逃がすという大失態となってしまったが、雛祈は内心安堵していた。仮に戦闘を継続することになっていれば、手持ちの装備だけでどこまで対応できたか分からない。時間が経てば、先に倒していた異形も復活していた可能性もある。そうなれば、この場での全員の生存率は非常に低くなっていただろう。
 敵は鬼の末裔に拮抗しうる戦闘力を持ち、高い知性さえ兼ね備えている。この先に一切の油断はすまいと、雛祈は心に決めた。
「ふっは~、恐かった~。あれがマスクマンの言ってた怪物かな?」
 腰が抜けたように結城はその場に座り込んだ。
 雛祈はそれとなく結城に視線を向けた。結城がなぜ村長宅に来ていたのか不明ではあるが、結果として助けられたのは事実だった。その点はやはり腹立たしいことに変わりはない。
 ただ、もし結城がいなかった場合、村長は命が危うく、雛祈たちもこの程度で済んでいなかったかもしれない。それが、結城が介入したことで回避された。
(この男にそれほどの力があるの?)
 結城への評価は変わらず、変えるつもりもないが、雛祈は目の前で座り込んでいる凡人に、不思議とそんな疑問が浮かんできた。たとえ座敷童子が補助として付いているとしても、だ。
「ゆうきゆうき! あのひと、はやくびょういん!」
「あっ、そうだった!」
 媛寿に言われ、結城は慌てて立ち上がり、村長の元へ駆けていった。媛寿もどこから出したのか、組み立て式の担架を引き擦って後を追う。
「お嬢!」
「お、お嬢様~!」
 結城たちが走っていくのを見つめていた雛祈に、回復した桜一郎と千冬が駆け寄ってきた。二人とも不意は突かれたが、それほど負傷はしていないようだ。
「すまない。奴を連れ去られた」
「お、お嬢様、も、申し訳ありません」
「いまは私より村長を優先させて! 私が病院に連絡を取るから、桜一郎と千冬は村長を運んで! くれぐれも慎重に!」
「分かった!」
「す、すぐに!」
 雛祈の命を受け、二人も村長の元へ向かう。それを見送りながら雛祈は、
(これで勝ったと思わないでよ)
 と、心の中で呟いていた。
「いや~、とんだ訪問になっちゃったね~」
 かなり遅れて稔丸が雛祈の前にやって来た。先程の戦闘もどこ吹く風とばかりに、ハンカチでサングラスを拭いている。
「ところで雛祈ちゃん。あの座敷童子連れてる人のこと、説明してくれるよね?」
 稔丸は拭き終ったサングラスをかけ、雛祈にそっと視線を送った。それは美味しい儲け話を見つけた商売人の目だった。
 雛祈はもう一つ厄介なことが増えてしまい、物凄く嫌そうな顔をした。
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