小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

囚われの結城

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 快眠とは言い難い不快な眠りから意識を取り戻した結城ゆうきは、まず重い目蓋を開けて眼球を巡らせた。まだ視界は霞がかっているが、どうやら屋内にいるらしい。平衡感覚と全身の感触から、板張りの床にうつ伏せで置かれている状態であることは、かろうじて把握することができた。
 まだ思考力が充分に働かない中、結城はぼんやりと首が向いている方向を眺めていた。その先には三つの影が並んでいた。
 中央の影は真っ白く、一番小柄に見える。その左右に陣取る赤と青の影は、白い影に比しても二回り以上は大きい。
 三つの影は向かい合って何かを話しているようだが、結城にはその内容は聞こえなかった。聴覚に異常をきたしているわけではない。現に結城の耳は屋外の風の音や鳥の囀りを確かに捉えていた。
 声をひそめているわけでもない。結城と影たちの距離はせいぜい三、四メートル程度だった。会話の内容こそ聞こえなくても、声ぐらいは聞こえてきてもいいはずだった。
「?」
 まだ意識が虚ろながらも、結城は疑問に思った。影たちの様子から何かを話し合っているように見えるが、その声が一切漏れてこない。まるで無声映画のワンシーンだった。
 身振り手振りを交えて相当にもめていることは解っても、声がまったく聞こえてこないというのは、フィルムの中ならばともかく、非常に気味の悪い感じがした。
 その不快感が、結城の意識を完全に戻した。一体なぜこんな所に寝かされているのか。結城は意識を失う前の記憶を手繰った。
 螺久道村らくどうむらでアテナたちを待っている間に、朱月灯恵あかつきともえと再会したこと。そこで般若面はんにゃめんを被った怪人に矢で狙われたこと。激昂した媛寿えんじゅが怪人を追いかけ、連れ戻そうと自身も森に入ったこと。媛寿を追って必死に走っている間に、いつの間にか謎の空間に入り込んでしまったこと。そこで―――。
「!」
 手繰っていた結城の記憶が一つに繋がった。結城は後ろから般若面に殴られて気を失ってしまったのだ。思い出したら後頭部に鈍痛が蘇ってきた。
 そうなると今いる場所も見当が付いてくる。発見した社の中に連れ込まれているということだ。
 結城の背に汗が滲んできた。撲殺されなかったのは運が良かったとはいえ、生きたまま敵に捕らえられてしまっては絶体絶命だった。
 その時、青い影と結城の目が合った。合ってしまった。結城が目を覚ましたことを気付かれてしまった。
 青い影の様子を見て、白い影も結城に振り返った。結城を拉致した張本人、白い般若面の怪人が、その恐ろしい表情で睨みつけてきた。

「ど、どうしよぅ! どうしよぅ~!」
 結城を見失った媛寿は、森の中をせわしなく右往左往していた。
 完全に不覚をとった。結城を狙われて頭に血が上ってしまい、般若面を追いかけているうちに、媛寿は結城を連れ去られてしまった。
 後ろを走っていた結城の姿と気配がいきなり消えたあたり、おそらくアテナたちが言っていた結界に捕らわれたのだろうとは、媛寿も察している。だが、座敷童子ざしきわらしといえど、結界の中には踏み込めない。当然、結城を救出に行くこともできない。
 今の結城は何も武器を持っていないため、敵と戦う手段がほぼ皆無。結界内に一人で捕らわれ敵と遭遇すれば、もはや私刑リンチの憂き目にあうしかない。
「うぅ~、えんじゅのばかばか~」
 軽率な行動をした自身を悔やみながら、媛寿は頭を抱えてうずくまった。
 こうなっては結城が生きて戻ってくる望みはとても薄い。座敷童子が憑いているとはいえ、絶対の幸運が約束されるわけではない。逃れようがない死の命運までは、避けることはできないのだ。
「ゆうき~…………!?」
 悲惨な結末を想像していよいよ涙が出てきそうになった時、媛寿は不意に頭を上げた。
 目を瞑って結城の存在を強く意識していると、結城がどこにいるかおおよその位置が掴めた。
 媛寿は家屋ではなく、『小林結城』という個人に憑いている座敷童子。結界の内と外に別れていても、憑いている相手との繋がりは断たれていなかった。
「ゆうき!」
 媛寿は結城の気配を感じ取った方向を向いた。見える光景は無造作に木々が生い茂る森の一角だけだが、そこから数十メートル先に結城がいるのは確実だった。
 しかし、結界を通り抜けられないのでは、依然として救出に行けるはずもない。アテナの話では、結界は森を行く者の方向感覚を狂わせ、内部へ侵入させないよう遠ざける仕様だという。結城の位置が分かっても、正面から突撃しては、媛寿は結界の周りを彷徨さまようだけになる。
「ぐうぅ~」
 媛寿は涙をいっぱいに浮かべながら、結城がいるであろう森の最奥を睨みつける。だが、それで何が変わるわけでもない。
「うぅ~、この~!」
 悔し紛れに持っていた掛け矢ハンマーを正面に向かって投げつけた。それでも気が晴れることはなく、結城を助けることがかなわないと殊更ことさら痛感し、媛寿はその場に膝と手をついて涙を流した。
「ひっぐ……ゆうき~……えぐ……」
 しゃくりあげながら結城の名を呼ぶ媛寿。か細い嗚咽だけが森に小さく響いていた。
「ひぐ……ぐすっ……!?」
 十数秒ほど泣いていた媛寿だったが、ふとおかしなことに気付いた。投げたはずの掛け矢が落ちた音がしてこない。とっくに地面に激突していてもいいはずだが、その際の音がいつまでたっても耳に届かなかった。
「…………!」
 しばらく正面の茂みを見ながら考えていた媛寿はハッとあることに思い当たり、すぐ傍らに落ちていた小石を拾って茂みに投げた。小石はある場所を堺に影も形もなくなってしまった。そしてもちろん落下音も聞こえてこない。
 媛寿は確信した。結界は無生物には効果を発揮せず、素通してしまう性質だということを。
 それならば、あるいは結城を救えるかもしれない。媛寿はすぐさま左袖に手を入れ、いくつもの部品を取り出した。
「ゆうき、まってて! まっててね!」
 媛寿は大急ぎで部品を繋ぎ合わせ、結城救出の要となる『道具』を組み上げていった。
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