小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

手がかりを求めて

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「……」
 結城ゆうきは普通列車の車窓から、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。たった半日が非常に濃密な時間であったため、少し気疲れしているのかもしれない。
 『砂の魔女』を後にした結城たちは、古屋敷ふるやしきに戻る前に『ある場所』に寄っていくことにした。新たに判明した事実について、相談に乗ってもらうために。

「えーーーーー!?」
 クロランの頭に生えた獣の耳に、結城はナチュラルに声を上げて驚いた。
「え? えぇ!? クロラン!? な、なにコレ!?」
「!? !?」
 驚くばかりの結城に、クロランも面食らって目を白黒させる。
 事態が飲み込めずおろおろする二人だったが、そんな中、媛寿えんじゅがクロランの後ろに回り、頭の獣耳を指でつまんだ。
「む~」
 媛寿はクロランの獣耳をふにふにと揉んだり、軽く引っ張ったりしていた。
「ふひっ、くひ~」
 クロランは耳を弄られるのがくすぐったいのか、しきりに身をよじっている。
「ゆうき、みみ」
 やがてクロランの耳から手を離した媛寿は、結城に端的に報告した。
「あ、うん。そうだね」
 媛寿に言われ、結城は改めてクロランの頭に生えたのが、純粋に『耳』だったと認識した。
 ただし、なぜか獣の耳である。
 今まで頭に沿うように耳が寝ていたので、結城は髪の一部と思って気付けていなかった。
獣人じゅうじん……かもしれませんわね」
 結城がクロランの正体に当惑していると、カメーリアがぽつりと呟いた。
「獣……人? もしかして『狼男』とか、ですか?」
「ん~、イメージとしては近いかもしれませんけど、わたくしもうまく説明できませんわね。獣人族は18世紀頃の『狼人間狩り』以降、とても用心深く社会に潜伏するようになってしまいましたわ。そのせいで詳細を知る人が極端に少ない種族ですの。20世紀初頭に製作された映画で獣人が世界的に知れ渡ってからは、本格的に正体を隠してしまって、私でも正確に見たことはありませんわ」
 結城の疑問に対して解答しながら、カメーリアはクロランをまじまじと観察していた。
「クロランが獣人だとすると、すごく珍しいってことですか?」
「そうなりますわね。お店を壊したあの方々の狙いがこの娘だったことを踏まえると……」
 そこまで言ってカメーリアは言葉を切った。そして何かを思索するように右手の人差し指をこめかみに当てる。
「カメーリアさん?」
 急に黙ってしまったカメーリアを不審に思った結城が声をかけた。
「っ! あ、はい。小林くん、何か?」
「クロランはその獣人だったから、あの人たちに狙われたってことなんでしょうか?」
「狙いがこの娘だったのは確かですが、獣人であるのかどうかはわたくしでも断定できませんわね。何しろ本当に知る者の少ない種族ですから」
「そうですか……」
 見えかけた光明を逃したような気になって、結城は少しだけ肩を落とした。クロランの出自を知ることができれば、古屋敷に来た理由や、クロランを狙う者たちの目的も分かり、今後どう守っていけばいいか方針も定められたのに。
 クロランという少女が、自己のことをどこまで把握しているのか、今の結城ではまるで見えていない。ただ、失語症になるほどの衝撃的な出来事があったのは確かだった。
 それを思うならば、そんな状態のクロランを狙う輩がいるならば、絶対に守ってあげたいと、結城は心に強く決めていた。
 しかし、如何せんまだ何もはっきりした情報は判明していない。襲い来る事象にはその都度対処していかなければならなかった。今回の『砂の魔女』と同様のことが続くとなると、結城は精神的に骨が折れそうだが。
「!」
 クロランの耳を眺めながら、結城はふと思い当たるものがあった。
(そうだ。あの人なら何か分かるかもしれない)
 閃いた当てを頼るべく、結城は次の目的地へ行くことにした。ただ、少し危険を感じる場所でもあるが。

 降車した駅の改札をくぐり、街を抜け、郊外へと続く道を行き、結城たちはその場所に辿り着いた。
 刺松市さしまつしの最西端、金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐう。史上最強の妖狐、白面金毛九尾はくめんこんもうきゅうびことキュウが運営しているフランチャイズ神社。
 結城はクロランのことをキュウに相談するつもりで、この場所に赴いた。
 クロランが獣人ではないかというカメーリアの見立てを聞き、結城はキュウなら何か有益な情報が得られるのではと考えた。同じ獣耳をしているという割と安直な理由ではあったが。
 二千年以上前から世界に君臨し、妖怪に疎い結城ですら知っている空前絶後の大妖狐。それほどの存在ならば、獣人にも造詣が深いかもしれない、とも思っていた。
 ちなみに同じく千年以上前から世界を見てきたアテナとマスクマンだが、獣人についてあまり詳しい知識は持っていなかった。世界というのは神であっても全てをつぶさに見通せるほど、軽いわけでも小さいわけでもない、とのことだった。
 そのせいもあってか、結城が自分ではなくキュウを頼ることについて、アテナは少しむくれていたが、クロランのためということで押し通した。
 昼食を摂り、電車で刺松市に向かい、神宮の正門に着いた時には昼過ぎになっていた。
「キュウ様、いてくれるといいけど」
 結城は正門を前に呟いた。キュウは稲荷神から金毛稲荷神宮の祭神を任されているが、巫女のバイトをしている千夏ちなつの話によれば、ふらっと外出をすることも多いようだった。それでもうまく商売をしているようで、恵比寿神に負けず劣らずの儲けを出しているそうである。
(いつもは来たら会ってくれるけど、こういう時に限って留守にしてるかもしれないなぁ)
「そんなご心配はいりませんよ~。結城さんが来訪してくださるなら~、いつでもお茶とお菓子とお布団をご用意してお待ちしてますから~」
「えっ!?」
 後ろから間延びした声が聞こえ、結城は驚いて振り返った。
 ウエーブのかかった金色の髪、その髪色と同じ毛色をした九本の尾、妖しい光を放つ切れ長の目。並みの人間なら遭った瞬間に心を奪われそうな魅力を持つ巫女が、いつの間にか結城の後ろに現れていた。
「結城さ~ん、ついに関節キッスの次をしてくれる気になったのですね~」
「ほわっ!」
 キュウに柔らかく抱きしめられ、結城は赤面して固まってしまった。
「お布団なら~、いつでも良い物を用意してますよ~。さぁ~、愉しみましょ~」
「ほわっ! ほわ~!」
 キュウに頬擦りされ、結城はますます顔が赤くなる。そしてなぜか尻尾の一つが結城の足の間を擦っている。
「そんなことのためにきたのではありません」
 結城に纏わりつくキュウの頭頂に、アテナが手刀を振り下ろした。
 キュウの頭部が割れた、と思いきや、アテナの手刀は人型になっていた大量の木の葉を切っただけだった。
「あ、あれ?」
 キュウの姿が木の葉になってしまい、困惑する結城。
「も~、アテナ様ったら~。せっかくイイところでしたのに~」
 またしても後ろから声が聞こえ、結城は正門に振り返った。そこには先程と同じ姿のキュウが立っていた。
「あなたのことです。結城を誘って精気を絞り尽くすつもりではありませんか?」
「絞り尽くすなんて~、そんなむごたらしいことしませんよ~。参拝客の方々からも~、少ししか精気をもらってませんし~」
「キュ、キュウ様!? もしかして参拝に来た人たちを食べ―――」
 恐ろしい想像が頭を過ぎり、結城は思わず聞き返したが、その前に一瞬で肉薄してきたキュウが答えた。
「変なことは~、してませんよ~。気に入った方は~、部屋にお招きして~、ちょ~っとイロイロしてる間に~、少~しいただいてるだけですから~」
 結城の顎を指で撫で擦りながら、キュウは妖艶に微笑んだ。それだけで結城は引き込まれてしまいそうになるが、
「そこまでにしなさい」
 アテナがキュウに拳を突き出し、結城はハッと我に返った。
「またイイところでしたのに~」
 アテナの拳が当たったと思った時には、キュウは数メートル後ろに移動していた。結城は改めて、白面金毛九尾の実力に圧倒されていた。
「今日はあなたに伺いたいことがあって来たのです……不本意ですが」
 のらりくらりとかわすキュウに、アテナはあまり面白くなさそうな顔で言った。
「知恵の女神様が~、わたくしに~、何を~」
 そう言いながら、キュウは結城の傍に立つクロランに視線を移動させていた。袖で口元を隠し、妖しい笑みを浮かべながら。
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