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豪宴客船編
それぞれの夜その2
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「ふは~」
ベッドで大の字になった多珂倉稔丸は、大きく息を吐いて脱力した。
ちょうど激しい運動の後で喉が渇いたので、ベッド脇に置いたミネラルウォーターを取ろうとするが、キングサイズのベッドでは腕を一杯に伸ばしても届きづらい。
「これでいいのカ?」
「おっ、ありがとシトローネ」
稔丸より先にボトルを取ったのは、背中に流した金髪と尖った耳が印象的なエルフ、シトローネだった。そのまま稔丸の手にボトルを渡すと、シトローネは再びベッドにうつ伏せになった。
「あ~、ところでさぁ……」
ミネラルウォーターを半分ほど飲むと、稔丸は両脇で寝ている二人に対して話を切り出した。
「別にこーゆーことのために君らの身柄を引き取ったわけじゃないからさ、無理してくれなくってもいいんじゃないかな~って思うんだよね……」
稔丸は話しながら、白い背中を見せて仰向けになっているシトローネをちらりと見た。するとその視線に気付いたのか、シトローネも稔丸を顔を見返してきた。
「何か物足りなかったカ? 次は猫の耳でも着けるカ?」
「いや、そうじゃなくってね。ってかどこからそんなこと仕入れてくるの?」
「気にするナ、稔丸。私たちが好きでやっているだけダ。お前が私たちを買っていなかったら、もっと酷い目に遭っていたからナ」
「だからってボクんとこにいなきゃいけないわけでも。普通に故郷に帰ってもいいのに」
「お前が存命のうちは共にいて力になると決めタ。他の奴も同じ気持ちダ」
シトローネは寝ながら左手を伸ばすと、稔丸の腕に指を軽く這わせた。
「それに『スエゼンクワヌハオトコノハジ』と日本では言うのだロ?」
「本当にどこからそーゆーの聞いてくるんだか……」
稔丸は半ば呆れながら言った。
裏のマーケットで競売にかけられている異種族を見つけては、多珂倉家の財力で以って競り落とすのが稔丸の習慣だった。初めはちょっとした憐れみからの行動だったのだが、いつからか稔丸は気になった異種族が競売にかけられているとすぐさま競りに参加するようになった。そして他の追随を許さない金額を積み、誰よりも早くハンマーを叩かせた。
何も稔丸は異種族をコレクションするのが趣味なわけでも、相当な好色家なわけでもない。ただ、人間として同じ人間が異種族に非道な行いをしている様が気に入らなかったので、稔丸独自のやり方で冷やかしてやっただけのことだった。
もちろん、身柄を引き取った異種族には、元いた場所に戻れるように手配もしていた。だが、中には戻ることなく稔丸の元に留まる者も少なくなかった。
理由は様々ではあるものの、稔丸への礼があるというのは共通していた。
(嬉しくないわけじゃないけど、けっこう体力持ってかれるからキツい時あるんだよな~)
稔丸は両脇に寝ている二人に目を遣りながら、少々複雑な思いを抱えていた。
一息ついた稔丸が立ち上がろうとすると、部屋のドアがノックされた。
「入っていいよ」
「稔丸さん、頼まれていた栄養剤を持ってきました。それから稔丸さん宛てにお手紙が―――きゃあああ! ナニしてるんですか!」
「あたっ!」
入室してきた小柄な少女は、持っていた薬瓶を稔丸に投げつけた。こめかみに見事にヒットした薬瓶は上に跳ね、やがて稔丸の手に収まった。
「そ、そういうことしてたなら先に言ってください!」
「あたた、ごめん雪花。つい忘れてた」
真っ赤になって顔を背けたのは、コロポックルの雪花だった。外見はどう見ても子どもにしか見えないが、すでに二十歳は過ぎている。
「しかも三人でなんて! 稔丸さん不潔です!」
「なら雪花もそろそろ稔丸の相手をしたらどうダ?」
「え!? そ、それは、まだ心の準備が……」
シトローネに言われた雪花は、今度は別の意味で顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「いやいやシトローネ。雪花に手を出しちゃったらボクの趣味疑われるって前にも―――ぱほっ!」
シトローネに反論していた稔丸の顔に、雪花のスリッパが高速で叩きつけられた。
「稔丸さんの大ボケ! 女たらし! ○○枯れて×××腐っちゃえ!」
「ご、ごめんごめんって。ほんの冗談だって。それで雪花、ボク宛の手紙って?」
怒りで真っ赤になってむくれたまま、雪花は封筒を稔丸に手渡した。
封筒の裏面を見た稔丸は目を鋭く細め、急ぐように中身を検めた。
入っていたのは一枚の便箋と、数枚のチケット。その両方に目を通した稔丸は、右隣で寝ているもう一人に語りかけた。
「どうやら君のお仲間が『出品』されるようだよ、グリム」
稔丸がグリムと呼んだのは、癖の強い黒髪を持つ長身の美女だった。シトローネと同じくベッドに寝ていたグリムは、稔丸の言葉に耳をそばだてた。頭部に生えた獣の耳を。
「捕獲者が倒されただと?」
探索者からの通信を受けた男は、意外な報告に怪訝な顔をした。高レベルの捕獲者でなかったとはいえ、三体を送り込んで全滅するとは思っていなかったからだ。
「回収? いや、放っておけ。あの三人に重要な情報は持たせていない。定着も一過性だ。失って惜しいものでもない。それよりも倒されるまでの経緯をまとめて報告してくれ。では」
男は通信を切り、椅子の背もたれに深く腰掛けて宙を仰いだ。
(投与したのは百々目鬼、餓鬼、京都で発掘した中型鬼、だったか。完全定着しなかった失敗作とはいえ、三鬼も送り込んで退けられたというのか)
男は受けた報告から、彼我の武力差を想定し、このまま『F‐06』の回収を続行するべきか考えた。『出品』の期限を思えば、すぐにでも回収したいところではあるが、『F‐06』を匿っている者は三鬼をあっさりと撃退する戦力を有している。逐次投入では損害を増やすばかりで、まとまった兵を揃えるにも、対抗できる手練を呼び寄せるにも時間がかかる。
(『F‐06』は惜しい商品ではあるが、いま焦るのは得策ではないな。次の機会に持ち越せるように進言するか)
男は頭の中で今後の方針をまとめると、先程とは別の人物に通信を繋いだ。
「おそれいります。例の件でご相談させていただきたいのですが……」
ベッドで大の字になった多珂倉稔丸は、大きく息を吐いて脱力した。
ちょうど激しい運動の後で喉が渇いたので、ベッド脇に置いたミネラルウォーターを取ろうとするが、キングサイズのベッドでは腕を一杯に伸ばしても届きづらい。
「これでいいのカ?」
「おっ、ありがとシトローネ」
稔丸より先にボトルを取ったのは、背中に流した金髪と尖った耳が印象的なエルフ、シトローネだった。そのまま稔丸の手にボトルを渡すと、シトローネは再びベッドにうつ伏せになった。
「あ~、ところでさぁ……」
ミネラルウォーターを半分ほど飲むと、稔丸は両脇で寝ている二人に対して話を切り出した。
「別にこーゆーことのために君らの身柄を引き取ったわけじゃないからさ、無理してくれなくってもいいんじゃないかな~って思うんだよね……」
稔丸は話しながら、白い背中を見せて仰向けになっているシトローネをちらりと見た。するとその視線に気付いたのか、シトローネも稔丸を顔を見返してきた。
「何か物足りなかったカ? 次は猫の耳でも着けるカ?」
「いや、そうじゃなくってね。ってかどこからそんなこと仕入れてくるの?」
「気にするナ、稔丸。私たちが好きでやっているだけダ。お前が私たちを買っていなかったら、もっと酷い目に遭っていたからナ」
「だからってボクんとこにいなきゃいけないわけでも。普通に故郷に帰ってもいいのに」
「お前が存命のうちは共にいて力になると決めタ。他の奴も同じ気持ちダ」
シトローネは寝ながら左手を伸ばすと、稔丸の腕に指を軽く這わせた。
「それに『スエゼンクワヌハオトコノハジ』と日本では言うのだロ?」
「本当にどこからそーゆーの聞いてくるんだか……」
稔丸は半ば呆れながら言った。
裏のマーケットで競売にかけられている異種族を見つけては、多珂倉家の財力で以って競り落とすのが稔丸の習慣だった。初めはちょっとした憐れみからの行動だったのだが、いつからか稔丸は気になった異種族が競売にかけられているとすぐさま競りに参加するようになった。そして他の追随を許さない金額を積み、誰よりも早くハンマーを叩かせた。
何も稔丸は異種族をコレクションするのが趣味なわけでも、相当な好色家なわけでもない。ただ、人間として同じ人間が異種族に非道な行いをしている様が気に入らなかったので、稔丸独自のやり方で冷やかしてやっただけのことだった。
もちろん、身柄を引き取った異種族には、元いた場所に戻れるように手配もしていた。だが、中には戻ることなく稔丸の元に留まる者も少なくなかった。
理由は様々ではあるものの、稔丸への礼があるというのは共通していた。
(嬉しくないわけじゃないけど、けっこう体力持ってかれるからキツい時あるんだよな~)
稔丸は両脇に寝ている二人に目を遣りながら、少々複雑な思いを抱えていた。
一息ついた稔丸が立ち上がろうとすると、部屋のドアがノックされた。
「入っていいよ」
「稔丸さん、頼まれていた栄養剤を持ってきました。それから稔丸さん宛てにお手紙が―――きゃあああ! ナニしてるんですか!」
「あたっ!」
入室してきた小柄な少女は、持っていた薬瓶を稔丸に投げつけた。こめかみに見事にヒットした薬瓶は上に跳ね、やがて稔丸の手に収まった。
「そ、そういうことしてたなら先に言ってください!」
「あたた、ごめん雪花。つい忘れてた」
真っ赤になって顔を背けたのは、コロポックルの雪花だった。外見はどう見ても子どもにしか見えないが、すでに二十歳は過ぎている。
「しかも三人でなんて! 稔丸さん不潔です!」
「なら雪花もそろそろ稔丸の相手をしたらどうダ?」
「え!? そ、それは、まだ心の準備が……」
シトローネに言われた雪花は、今度は別の意味で顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「いやいやシトローネ。雪花に手を出しちゃったらボクの趣味疑われるって前にも―――ぱほっ!」
シトローネに反論していた稔丸の顔に、雪花のスリッパが高速で叩きつけられた。
「稔丸さんの大ボケ! 女たらし! ○○枯れて×××腐っちゃえ!」
「ご、ごめんごめんって。ほんの冗談だって。それで雪花、ボク宛の手紙って?」
怒りで真っ赤になってむくれたまま、雪花は封筒を稔丸に手渡した。
封筒の裏面を見た稔丸は目を鋭く細め、急ぐように中身を検めた。
入っていたのは一枚の便箋と、数枚のチケット。その両方に目を通した稔丸は、右隣で寝ているもう一人に語りかけた。
「どうやら君のお仲間が『出品』されるようだよ、グリム」
稔丸がグリムと呼んだのは、癖の強い黒髪を持つ長身の美女だった。シトローネと同じくベッドに寝ていたグリムは、稔丸の言葉に耳をそばだてた。頭部に生えた獣の耳を。
「捕獲者が倒されただと?」
探索者からの通信を受けた男は、意外な報告に怪訝な顔をした。高レベルの捕獲者でなかったとはいえ、三体を送り込んで全滅するとは思っていなかったからだ。
「回収? いや、放っておけ。あの三人に重要な情報は持たせていない。定着も一過性だ。失って惜しいものでもない。それよりも倒されるまでの経緯をまとめて報告してくれ。では」
男は通信を切り、椅子の背もたれに深く腰掛けて宙を仰いだ。
(投与したのは百々目鬼、餓鬼、京都で発掘した中型鬼、だったか。完全定着しなかった失敗作とはいえ、三鬼も送り込んで退けられたというのか)
男は受けた報告から、彼我の武力差を想定し、このまま『F‐06』の回収を続行するべきか考えた。『出品』の期限を思えば、すぐにでも回収したいところではあるが、『F‐06』を匿っている者は三鬼をあっさりと撃退する戦力を有している。逐次投入では損害を増やすばかりで、まとまった兵を揃えるにも、対抗できる手練を呼び寄せるにも時間がかかる。
(『F‐06』は惜しい商品ではあるが、いま焦るのは得策ではないな。次の機会に持ち越せるように進言するか)
男は頭の中で今後の方針をまとめると、先程とは別の人物に通信を繋いだ。
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