小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
234 / 459
豪宴客船編

幕間 陰で動く者たち

しおりを挟む
 クイーン・アグリッピーナ号の最下層には、見取り図にも載っていない区画が一箇所存在している。そこは船のもう一つの中枢。制御系統とは別に設けられた、船内のあらゆる情報を集積する場所だった。
 壁一面をモニターが覆いつくし、そこにクイーン・アグリッピーナ号で起こるあらゆる状況が映し出されていた。
 高級娼婦を組み敷いている者、薬物で意識が夢幻の世界へ旅立っている者、美酒美食に酔いしれる者、破格の美術品を手にして目を輝かせる者、競り落とした『モノ』をなぶって悦に入る者。
 あらゆる享楽に耽る『人間』の側面が、そこにあるモニターの数だけ生々しく描写されていた。
 セントラルパークで行われている異種格闘大会もその一つ。血で血を洗う凄惨な決闘を、『特別枠』という名の生け贄が姦される様を、その『特別枠』を自ら嬲る快楽を、それらを求める輩が好奇好色の目で闘場に集まっている。
 だが、椅子に座ってモニターを見つめるその男、オスタケリオンが着目しているのは、そういった輩とは違っていた。
 一つは『特別枠』として招待したミネルヴァ・カピトリーノについてだった。
 『特別枠』に入れるに際し、『容姿が美しい女性』、『それなりの戦闘能力が有している』という条件があり、それをクリアした美女として申し分はない。
 ただ、オスタケリオンがミネルヴァを注視しているのは、そういったことではない。
 その正体について、オスタケリオンは見当がついているからだ。
(あの容姿に古代ギリシャ衣装ペプロス。加えて尋常ではない戦闘能力……オリュンポスの戦女神いくさめがみ、アテナか。たしか今はギリシャを出て外国にいるという話だったな)
 そしてミネルヴァという偽名もまた、オスタケリオンがアテナの正体に気付く一因となっていた。
 ミネルヴァはローマ神話における知恵と工芸の女神の名であるが、元を正せばギリシャ人からローマ人に神話が伝えられ、ローマ神話にアテナが組み込まれた際に付いた名でもある。
 つまりはアテナの別名と言えた。
 そのアテナがクイーン・アグリッピーナ号に乗り込んできた理由については、オスタケリオンも推し量るに余りある。
 船の内情を知って潰滅せんとする正義感からか。それとも単に退屈しのぎか。あるいは全くの偶然か。
 いずれにしても、オスタケリオンは神の考えなど易々と読めるわけもないと諦め、仮にどんな理由にしても特に問題にはならないという結論に至った。
(まぁ、いいだろう。これが最後の航海になったとしても、それほど惜しくはない。ここまでの運用だけでも充分だ。それよりも……)
 オスタケリオンはパネルを操作して、カメラの一つを方向転換させ、ズームアップした。
(重要なのはこちらの方だ)
 さらにパネルのキーを叩き、認証プログラムを起動させる。モニター上に表示されたいくつかのポイントが明滅し、数秒後にその全てが合致したという結果が出た。
 それを見たオスタケリオンは口角を吊り上げた。
(まさか自ら乗り込んでくるとは。乗客たちをどう誤魔化そうかと考えあぐねていたが、これは手間が省けた)
 オスタケリオンは脇に置いてあった通信機を手に取った。ややサイズの大きいそれは、衛星回線を使用し、世界のどこにいようとも連絡が取り付けられる代物だった。
「……おそれいります。先日ご相談させていただいた件についてなのですが……」
 通信相手と回線が繋がり、オスタケリオンは要件を話し始めた。

「はい、ありがとうございます。ではそのように」
 おおよその擦り合わせが終わり、オスタケリオンは通信を切った。通信機を元の位置に戻し、椅子の背もたれに寄りかかって薄く笑う。
(快諾は得られた。この後の仕事は記録がメインになりそうだな)
 オスタケリオンは再びモニターに目を向けた。まだそこには認証プログラムによって出た結果が表示されている。
 そして映し出されている場所は、今しがたアテナがグロースを投げつけて壊した、VIP専用のボックス席だった。
「果たしてどれ程のものか、正式な評価を始めようか……『F―06』」
 認証システムが捉えていたのは、結城ゆうきの隣に座るクロランの顔だった。

「始まったみたいですね~」
 薄暗い『第2遊戯室』の中央で、肩にバスローブを掛けただけのキュウは、端末を見ながら薄笑いを浮かべて呟いた。
「例の『格闘大会』のことですの?」
 ボンテージからドレスに着替えていたカメーリアが、その意味を確かめるために聞いた。
「そーゆー建前の~、『オークション』と『まな板ショー』ですけどね~、アレは~。あんまりわたくしの好みじゃありませんけど~」
 キュウはそう言うと、座っていた円形ベッドの脇に端末を放り投げた。
「その割には随分と熱心に見ていたような……」
 キュウの言動をいぶかしんだカメーリアは、キュウが放り出した端末を拾って画面を確認した。
「倍率32倍……こんな賭けをするのはよほどの自信家か大馬鹿しかいませんわ」
「わたくしはその方に賭けましたよ~」
 カメーリアの物言いに、キュウはすこぶる上機嫌で両足を交互に振った。
「今回の『特別枠』は……ミネルヴァ・カピトリーノ?」
「んっふっふ~、言わずと知れたあの戦女神様ですよ~。これを賭けない手はないですよ~。大儲け~」
「あの方が乗っているということは……小林くんや他の方々も? キュウ、わざと私に黙っていましたね?」
「ふっふ~、驚かせようと思いまして~。それに~、あなたは第2遊戯室ここに入りびたりでしたし~」
 キュウは妖しい目をしながら室内を見渡した。暗がりのベッドや床には、男女問わず裸身の乗客たちが隙間なく横たわっている。全員が息も絶え絶えに、恍惚に緩みきった表情で肢体を痙攣けいれんさせていた。
「新しく作った媚薬の効果は凄かったですね~。誰も彼もが体力も精もいとわず交わり続けて……壮観でしたよ~」
 少し前まで遊戯室で行われていた狂宴を思い出し、キュウは獣の眼をしながら指先をべろりと舐めた。なお、部屋に仕掛けられた複数の監視カメラには、キュウが作った呪符が巻かれ、全く別の情景が送信され続けている。
「まだまだ不充分ですわ。これでは理性を飛ばして性欲を極端に伸長しているだけ。本来の媚薬としての効果とは程遠いし、理性も戻るかどうか……」
「ふっふ~、もし戻らなかったら~、体力が回復してからも延々と交わり続けるんでしょうね~、この方たち~。お~、カワイソウに~」
 カメーリアの分析を聞いたキュウは、さらに表情を恍惚とさせ、自らの下腹部を撫で擦った。キュウもまた、カメーリアの媚薬に刺激された者たちに『交ざって』、快楽と精気をたんまりと貪った後であった。
「人聞きが悪いですわよ、キュウ。私は『副作用が不明ではある』と前置きして勧めたまでですわ」
「そんなこと言って~、『せっかくだから試してみよう』と思ったのでしょ~。それに~、あなたも充分に愉しんでたのでは~?」
「……愉しませてもらったことは感謝してますわ。永く生き続けていると、殊更ことさらこういう快楽に身を委ねないと仕方がなくなってくるんですもの」
「そういうところは~、人って難儀ですよね~。わたくしは元から獣なので~、別に気にしませんし~、快楽や愉悦には正直ですよ~」
「……時々忘れそうになりますわ。あなたが人ではなくて、狐だということを。ところで……」
 いつものマーメイドドレスに三角帽を被ったカメーリアは、未だベッドでくつろぐキュウに向き直った。
「そろそろ話してはいかがかしら、キュウ? 私をこの船に誘った理由、そして調合させた薬を何に使うのか、を」
 それまで適当に応じていた態度とは打って変わり、カメーリアは真剣な面持ちでキュウに問い質した。
 その問いに対し、キュウは獣の笑みを浮かべ、ベッドからゆるりと立ち上がった。
「思わぬ拾い物が存外に価値がある物で、それを支払って念願のメインディッシュを味わえるとしたら、まさに僥倖ぎょうこうではありません?」
 肩掛けにしていたバスローブを取り払い、キュウはカメーリアに向かって歩き出した。
「? どういう意味ですの、それ?」
「棚から降ってきたぼた餅は美味しい、ということですよ~」
 カメーリアの横を通り過ぎると、キュウはいつの間にか漆黒のチャイナドレスに身を包んでいた。
「それではカメーリア~。ご要望にお応えしてお話しますよ~」
 縁にファーをあしらった扇を拡げ、キュウはニヤつきながら今後の動きを語った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...