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豪宴客船編
応酬
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「……ん……ううん?」
ひどい頭痛に額を押さえながら、野摩はのそりと体を起こした。
なぜだか硬い地面で眠っていたが、眠りにつくまでの記憶が曖昧になっている。
何とか思い出せるのは、裁判で死刑宣告を受けたような感覚と、大砲で撃ち出されたような速度で空中を飛んだ感覚だけ。
(あれ? オレ確か大会の審判やるはずだったんじゃ……)
クイーン・アグリッピーナ号に乗船し、超級異種格闘大会の審判の任に就くところまでは思い出してきた野摩。しかし、肝心の闘技場に立ったところからの記憶が出てこない。
覚えているのは、この世の者とは思えない恐ろしい何かを見た、ような気がするだけ。
「う~ん……何があったんだっけ……?」
そこでようやく野摩は地面が断続的に揺れていることに気付いた。頭痛、というより額から顔面にかけての鈍痛のせいでスルーしていたが、大小さまざまな振動が脚に伝わってきていた。
「地鳴り? いや船の上だろ、そんなわけない。じゃあ一体―――――!?」
何気なく後ろを振り返った野摩は、視界に入った光景に思考が停止した。
瓦礫が散乱する地面。舞い散る塵芥。絶え間なく鳴り続ける轟音。それとともに揺さぶられる周囲の空気。
穏やかで清涼感のあったセントラルパークは、今や核戦争後の世紀末もかくやという荒涼とした風景に変わり果てていた。
そんな中を二つの人影が、打ち合い、投げ合い、絞め合い、その都度轟音と地鳴りが巻き起こる。
一人は虎柄のボクシングパンツを身に付けた、逆髪の青年。もう一人は古代ギリシャの衣装を身に纏った絶世の美女。
どちらも体格が飛び抜けて優れているわけではないのだが、その拳が、その脚が、その腕が振るわれる度に、おおよそ人間には成し得ない破壊力が発揮され、地が抉れ、瓦礫が宙を舞う。
二人が動けば動くほど、その場所が公園だったのか、格闘大会の会場だったのか、原型が失われていく。いや、すでに失われていた。
「あ……あは……あははは……」
その光景を目の当たりにして、野摩は乾いた笑い声を上げた。
野摩は悟った。きっとここは地獄の一丁目で、あれは二体の鬼が自分に責め苦を負わせる順番を争っているのだと。決着がついた時には、いよいよ煮え滾った釜に落とされるか、燃え盛る炎の山に投げ入れられるのだと。
「あはははは―――――は」
吹き付けてくる衝撃の風に、真っ白になった髪がはらはらと散っていく中、野摩はゆったりと気を失った。
轟然と繰り広げられる攻防の最中、楠二郎は闘いの行く末を思索する。
アテナの使う『流水』は、楠二郎の持つ武術的特性を読み込んだことも相まって、見事に攻撃を受け流していた。そこから的確な反撃に転じ、楠二郎に返し技を見舞い続ける技量は、さすが戦いの女神と楠二郎も認めていた。
だが、それも完璧ではない。戦闘を継続していくうち、楠二郎の攻撃は四回に一回の割合でアテナにヒットしていた。
アテナも『流水』という絶技を100パーセントの確率で発揮できるわけではない。
楠二郎の技を見切るために受けた攻撃も、一切のノーダメージとはいかず、それがまた尾を引いてしまっている。
女神アテナは楠二郎が闘った相手の中で、間違いなく三本の指に入る強者だった。そのアテナに勝つための糸口として、四分の一の確率で攻撃が入ることは充分すぎるほどの好機だ。
問題は楠二郎自身の体力の方である。アテナに指摘された通り、傷はすぐに修復しても、血液まではすぐに元に戻らない。楠二郎の持つ細胞活性は、傷の即時癒着と復元が主であり、純粋な再生能力とは異なるからだ。
そして実際の負傷は完治していても、痛覚神経にはダメージを負った際の痛みの感覚が残っている。
それらは徐々に楠二郎の体力を奪っていく。
技は総合的に拮抗していても、楠二郎の体力に限界が訪れれば、それが決定的な敗因になる。
(この女神、どれだけ体力がありやがる!?)
轟然と繰り広げられる攻防の最中、アテナは闘いの行く末を思索する。
攻撃をあえて受けたことで、楠二郎の技の拍子を憶え、それを『流水』と併用して反撃を行うアテナ。
だが、アテナでも『流水』を完璧に成功させられるわけではなかった。
もし相手がアテナよりも数段格下であったなら、アテナはどのような攻撃を仕掛けられても、それこそ流れる水のように全ていなしてみせたことだろう。
そうできていないのは、楠二郎が操る角力が、想像以上に巧みであるからだった。
そしてアテナが『流水』を使用し始めたあたりから、楠二郎はさらにスピードも上げている。
それがアテナの『流水』さえも通り抜け、四分の一の確率で攻撃を当てるという驚異を成し遂げていた。
(果たして何百年弛まず技を磨き続けてきたのか)
楠二郎を強敵たらしめているのは、それだけではない。
傷を負っても即時復元してしてしまう細胞活性もまた強力だった。
あくまで傷を塞ぎ、元の形に戻すだけとはいえ、負傷による機能的不利は打ち消している。
アテナが指摘したように、血液の補填はできず、痛覚までは消しきれないとしても、これは戦いにおいて非常に大きな優位性となる。
さしものアテナも頑強な身体は備えていても、それなりの攻撃を受ければ傷は負う。それが蓄積すれば、当然、戦闘の継続に支障が出る。
対して楠二郎は、それがない。血液と痛覚の二点を除けば。
しかし、その二つの欠点を補って余りある利点が存在することに変わりはない。
事実、楠二郎はアテナの攻撃を受け続けながら、倒れるどころか怯むこともなく向かってきている。
単に武術に優れた戦士ではなく、単に再生能力を持つ怪物でもなく、その両方を持ち得る相手に、アテナは久しぶりに『苦戦』を強いられていた。
(『ネーメジス』どころではありませんね。『リィザ・クレバー』と闘った時のようです)
媛寿と一緒に『培養ハザード』のタッグプレイに挑んだ時のことが、わずかに脳裏に過ぎるアテナ。
それも束の間、アテナは楠二郎の掌打を受け流し、逆に楠二郎のこめかみに回転の遠心力を加えた掌打を叩き込む。
「ぐがっ!」
常人なら首の骨もろともに粉砕されているところ、やはり楠二郎はすぐに切り返してくる。細胞の復元力以上に、楠二郎の強さを支えているのは、どんな痛みにも耐え抜く強靭な精神力にあった。
(この鬼、どれだけ打てば倒れるのです!?)
上無芽に勝利した結城と#媛寿は、試験場の奥にあったドアを通り、そこにあった螺旋階段を駆け上がっていた。
媛寿の機転で難を逃れたのは良かったが、結城はさすがに上無芽が不憫に思えてきてしまった。
『サービス』だと言って媛寿はホイップクリームも上無芽の舌に乗せていたが、その際にぴくりとも動かなかったので心配になってくる。
無事だとしても、ショックでおかしくなっていないかと結城が慮っていると、
「ゆうき! でぐち!」
媛寿が指差した先、階段の終着点が迫る。そこにあるドアを結城と媛寿は同時に体当たりして開け放った。
ひどい頭痛に額を押さえながら、野摩はのそりと体を起こした。
なぜだか硬い地面で眠っていたが、眠りにつくまでの記憶が曖昧になっている。
何とか思い出せるのは、裁判で死刑宣告を受けたような感覚と、大砲で撃ち出されたような速度で空中を飛んだ感覚だけ。
(あれ? オレ確か大会の審判やるはずだったんじゃ……)
クイーン・アグリッピーナ号に乗船し、超級異種格闘大会の審判の任に就くところまでは思い出してきた野摩。しかし、肝心の闘技場に立ったところからの記憶が出てこない。
覚えているのは、この世の者とは思えない恐ろしい何かを見た、ような気がするだけ。
「う~ん……何があったんだっけ……?」
そこでようやく野摩は地面が断続的に揺れていることに気付いた。頭痛、というより額から顔面にかけての鈍痛のせいでスルーしていたが、大小さまざまな振動が脚に伝わってきていた。
「地鳴り? いや船の上だろ、そんなわけない。じゃあ一体―――――!?」
何気なく後ろを振り返った野摩は、視界に入った光景に思考が停止した。
瓦礫が散乱する地面。舞い散る塵芥。絶え間なく鳴り続ける轟音。それとともに揺さぶられる周囲の空気。
穏やかで清涼感のあったセントラルパークは、今や核戦争後の世紀末もかくやという荒涼とした風景に変わり果てていた。
そんな中を二つの人影が、打ち合い、投げ合い、絞め合い、その都度轟音と地鳴りが巻き起こる。
一人は虎柄のボクシングパンツを身に付けた、逆髪の青年。もう一人は古代ギリシャの衣装を身に纏った絶世の美女。
どちらも体格が飛び抜けて優れているわけではないのだが、その拳が、その脚が、その腕が振るわれる度に、おおよそ人間には成し得ない破壊力が発揮され、地が抉れ、瓦礫が宙を舞う。
二人が動けば動くほど、その場所が公園だったのか、格闘大会の会場だったのか、原型が失われていく。いや、すでに失われていた。
「あ……あは……あははは……」
その光景を目の当たりにして、野摩は乾いた笑い声を上げた。
野摩は悟った。きっとここは地獄の一丁目で、あれは二体の鬼が自分に責め苦を負わせる順番を争っているのだと。決着がついた時には、いよいよ煮え滾った釜に落とされるか、燃え盛る炎の山に投げ入れられるのだと。
「あはははは―――――は」
吹き付けてくる衝撃の風に、真っ白になった髪がはらはらと散っていく中、野摩はゆったりと気を失った。
轟然と繰り広げられる攻防の最中、楠二郎は闘いの行く末を思索する。
アテナの使う『流水』は、楠二郎の持つ武術的特性を読み込んだことも相まって、見事に攻撃を受け流していた。そこから的確な反撃に転じ、楠二郎に返し技を見舞い続ける技量は、さすが戦いの女神と楠二郎も認めていた。
だが、それも完璧ではない。戦闘を継続していくうち、楠二郎の攻撃は四回に一回の割合でアテナにヒットしていた。
アテナも『流水』という絶技を100パーセントの確率で発揮できるわけではない。
楠二郎の技を見切るために受けた攻撃も、一切のノーダメージとはいかず、それがまた尾を引いてしまっている。
女神アテナは楠二郎が闘った相手の中で、間違いなく三本の指に入る強者だった。そのアテナに勝つための糸口として、四分の一の確率で攻撃が入ることは充分すぎるほどの好機だ。
問題は楠二郎自身の体力の方である。アテナに指摘された通り、傷はすぐに修復しても、血液まではすぐに元に戻らない。楠二郎の持つ細胞活性は、傷の即時癒着と復元が主であり、純粋な再生能力とは異なるからだ。
そして実際の負傷は完治していても、痛覚神経にはダメージを負った際の痛みの感覚が残っている。
それらは徐々に楠二郎の体力を奪っていく。
技は総合的に拮抗していても、楠二郎の体力に限界が訪れれば、それが決定的な敗因になる。
(この女神、どれだけ体力がありやがる!?)
轟然と繰り広げられる攻防の最中、アテナは闘いの行く末を思索する。
攻撃をあえて受けたことで、楠二郎の技の拍子を憶え、それを『流水』と併用して反撃を行うアテナ。
だが、アテナでも『流水』を完璧に成功させられるわけではなかった。
もし相手がアテナよりも数段格下であったなら、アテナはどのような攻撃を仕掛けられても、それこそ流れる水のように全ていなしてみせたことだろう。
そうできていないのは、楠二郎が操る角力が、想像以上に巧みであるからだった。
そしてアテナが『流水』を使用し始めたあたりから、楠二郎はさらにスピードも上げている。
それがアテナの『流水』さえも通り抜け、四分の一の確率で攻撃を当てるという驚異を成し遂げていた。
(果たして何百年弛まず技を磨き続けてきたのか)
楠二郎を強敵たらしめているのは、それだけではない。
傷を負っても即時復元してしてしまう細胞活性もまた強力だった。
あくまで傷を塞ぎ、元の形に戻すだけとはいえ、負傷による機能的不利は打ち消している。
アテナが指摘したように、血液の補填はできず、痛覚までは消しきれないとしても、これは戦いにおいて非常に大きな優位性となる。
さしものアテナも頑強な身体は備えていても、それなりの攻撃を受ければ傷は負う。それが蓄積すれば、当然、戦闘の継続に支障が出る。
対して楠二郎は、それがない。血液と痛覚の二点を除けば。
しかし、その二つの欠点を補って余りある利点が存在することに変わりはない。
事実、楠二郎はアテナの攻撃を受け続けながら、倒れるどころか怯むこともなく向かってきている。
単に武術に優れた戦士ではなく、単に再生能力を持つ怪物でもなく、その両方を持ち得る相手に、アテナは久しぶりに『苦戦』を強いられていた。
(『ネーメジス』どころではありませんね。『リィザ・クレバー』と闘った時のようです)
媛寿と一緒に『培養ハザード』のタッグプレイに挑んだ時のことが、わずかに脳裏に過ぎるアテナ。
それも束の間、アテナは楠二郎の掌打を受け流し、逆に楠二郎のこめかみに回転の遠心力を加えた掌打を叩き込む。
「ぐがっ!」
常人なら首の骨もろともに粉砕されているところ、やはり楠二郎はすぐに切り返してくる。細胞の復元力以上に、楠二郎の強さを支えているのは、どんな痛みにも耐え抜く強靭な精神力にあった。
(この鬼、どれだけ打てば倒れるのです!?)
上無芽に勝利した結城と#媛寿は、試験場の奥にあったドアを通り、そこにあった螺旋階段を駆け上がっていた。
媛寿の機転で難を逃れたのは良かったが、結城はさすがに上無芽が不憫に思えてきてしまった。
『サービス』だと言って媛寿はホイップクリームも上無芽の舌に乗せていたが、その際にぴくりとも動かなかったので心配になってくる。
無事だとしても、ショックでおかしくなっていないかと結城が慮っていると、
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