小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

遭遇戦 その5

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「うぎ~! はなせ~!」
「チッ! なんて馬鹿力のガキだ! おとなしくしやがれ!」
 暴れる媛寿えんじゅを押さえつけ、覚獲かくえは手錠で媛寿の両手を後ろ手に絞めた。
(チョコマカされても面倒だな。足にもやっとくか)
「なっ!? えんじゅのあしにさわるな! へんたい!」
 覚獲は懐からもう一個手錠を取り出し、媛寿の足首も繋ぎとめて動きを封じた。
「ぐぬ~! ふんぐ~!」
 両手を後ろに止められ、両足も繋がれてしまった媛寿は、うまく立ち上がることができず床をのたうつしかできない。そんな媛寿の様子を、覚獲は邪悪な笑みを浮かべながら眺めていた。
「てめぇをカワイがるのは後だ。そこでじっくり見てやがれ。コイツがボコられるところをな!」
 覚獲は倒れていた結城ゆうきの前髪を掴んで持ち上げると、メリケンサックを着けた拳を結城の脇腹にめり込ませた。
「ぐぶっ!」
「気絶すんなよ? てめぇが起きてねぇとたのしめねぇからな!」
 結城の襟首えりくびを掴んだ覚獲は、今度は鳩尾みぞおちひざ蹴りを見舞った。
「オラ! オラ! オラ!」
「ぐっ! あっ! がっ!」
 結城を掴んだまま逃さず、覚獲は膝を浴びせ続ける。その度に結城の口から苦悶の声が漏れ出た。
「ウオッラァ!」
「ぐあ!」
 連続の膝蹴りが終わると、結城は思い切り振り回されて床に叩きつけられた。
「まだ大丈夫だよなぁ? ああ?」
「うっ! ぐぅ……」
 倒れた結城の腹を踏みにじる覚獲。その蛮行を見せ付けられていた媛寿は、耳まで真っ赤になるほどの怒りに震えていた。
「やめろ! 結城に触るな!」
「ハッ! 安心しろよ。気絶させるまではしねぇ。ちょっと動けなくなってもらうだけだ。てめぇをるのを邪魔されねぇ程度にな」
 媛寿に振り向いた覚獲の顔は、これまで以上によこしまな笑みで歪んでいた。
さとり妖力ちからをもらってからのオレの愉しみなんだよ。女がいる男の目の前で、その女をぐっちゃぐちゃに犯ってやるのがよ。てめぇの女が目の前で犯られてる男の思考と、てめぇの男の前で犯られてる女の思考を聞きながらだとな、これ以上ないくらいにイっちまうんだよ。心の奥まで犯してやってる気がしてな。もうちょっと待ってろよガキ。もう少ししたら次はてめぇにヒイヒイ言ってもらうからな」
「~~~!」
 再び結城を痛めつけだした覚獲を、媛寿は視線で焼き尽くさんばかりににらみつけた。
 座敷童子ざしきわらしからこれほどの怒りを買った時点で、覚獲は何かしらの不運に見舞われていてもおかしくないはずだった。が、覚獲は何も気にすることなく、結城に殴る蹴るの暴力を加え続けている。
 媛寿は気付いていなかったが、手足を繋ぎとめている手錠は、人ならざる者の力を封印するしゅが施されていた。
 座敷童子としての力を出せなくなった媛寿は、結城が傷つけられていく様をただ見ているしかできなくなっていた。
「よっくも結城を~! ふんぎ~!」
 媛寿は力任せに暴れるが、無情にも鎖が音を立てるだけで、拘束が外れることはない。
「おとなしくしてろって言ってんだろ、ガキ。いまギャアギャア言わなくってもな、てめぇにも後でたっぷり泣き叫んでもらうんだよ。オレのイチモツぶち込んで―――おっと」
 覚獲の顔面に向かって、結城が右拳を突き出す。しかし、それを読んでいた覚獲はあっさりとその拳を止めた。
「媛寿に……手を……出すな!」
 すでに顔中の打撲痕が痛々しい結城が、息も絶え絶えに言い放つ。
(コイツ、まだこんな力が残ってやがったか)
「安心しろよ。殺すって言ってるわけじゃねぇ。てめぇの目の前でお愉しみしようって言ってるだけだ。オレが飽きたら返してやるよ」
 結城の反撃に少々驚いた覚獲だったが、それほど気にせず挑発的に舌なめずりをしてみせる。
「あなたは……お前は……許さない!」
 結城もついに怒りがこみ上げ、激情のままに左拳を振りかぶる。
「ハッ! だったらどうした!」
 だが、それも読んでいた覚獲は、結城の金的を蹴り上げた。
「あぐ!」
「文句があるならオレをブッとばしてみろよ、ブ男が!」
 メリケンサックがはめられた拳が結城の額をぐ。またもメリケンサックの鋭角が、結城の額を切って流血させた。
「ゆうき! こんの~!」
 結城の二度目の出血を見た媛寿は、身体を折り曲げ、渾身の力で上方向に跳ね上がった。
「がう~!」
 空中に舞い上がった媛寿は、頭を大きく振った勢いで、覚獲目がけて歯を剥きだした。
「なん―――ぐわ!」
 覚獲もまさかそんな動きをしてくるとは思わず、飛び込んできた媛寿に左腕を噛みつかれてしまった。
「イタタタ! この! 離せガキ!」
「ぐるるる!」
 腕に食いついて離れない媛寿に、覚獲は拳を振り上げようとするが、
「たあああ!」
「ぶっ!?」
 突進してきた結城の右ストレートを鼻っ柱に受け、覚獲は数歩後ずさった。
ゆふひゆうき! ふぉうふぃっふぁひゅもういっぱつ!」
「うあああ!」
 もう一度構え直した結城が拳を放とうとするも、
「調子に乗んじゃねぇ!」
 覚獲は傍のテーブルにあったビーカーを手に取り、結城の頭に投げつけた。
「ぐあ!」
「このグズが!」
 ビーカーが頭に当たり動きを止めてしまった結城は、その隙をついた覚獲に蹴られて転ばされる。
ゆふひゆうき!」
「てめぇもいいかげんにしやがれ!」
 結城を退けた覚獲は、左腕に噛み付いたままの媛寿を振り払った。
「ふわあ!」
 勢いよく振り払われた媛寿は、大きく放物線を描いて壁際まで飛んでいった。
「ぎゃふ!」
 壁にぶつかるかと思われた媛寿だったが、壁に付いていた小さな金属製の扉に衝突し、その中へ吸い込まれるように消えてしまった。
「え、媛寿!?」
「チッ! ダストシュートに入っちまった。集積所まで取りに行くのは面倒だな」
 媛寿が消えたダストシュートを苦々しげに見つめた後、覚獲は立ち上がろうとする結城に向き直った。
「クソ! お愉しみはお預けかよ。じゃあもうてめぇに用はねぇ。さっさと死ねよ」
 覚獲はメリケンサックを収めると、代わりにバタフライナイフを取り出し、刃を展開した。
(媛寿があの程度で終わるはずない。必ず帰って来る!)
 度重なる打撃で身体を震わせながらも、結城は媛寿の帰還を信じて拳を構えた。

「こーのー!」
 ダストシュートの中を真っ逆さまに落下していた媛寿は、身体を反転させると壁を思い切り蹴った。
 運よく下階のダストシュートの扉に当たり、そこから室内への脱出がかなった。
「わぎゃ! どぴ! ふぎゃ!」
 だがあまりに勢いよく室内に飛び込んだせいで、手錠で身動きが取れなかった媛寿は、室内に安置されていた物品にぶつかりながらボールのように跳ね回ってしまった。
「はぶ!」
 ようやく止まることができたが、媛寿は顔を床に打ちつけ、まるでシャチホコのような状態になっていた。
「ぬぐぐ~! にゃんのこれしき!」
 媛寿はしゃちほこ体勢から足を大きく振り、空中に跳び上がると身体の上下を入れ替えた。
「あぎ!」
 またも着地を考えていなかったため、媛寿は床に思い切り尻餅をつき、数秒間もだえていた。
「~~~! なんのこれしき!」
 尻餅の痛みから立ち直った媛寿は、後ろ手のまま袖を振った。左袖からはビー玉、おはじき、チョロルチョコ等々、細かな物がいくつも落ちて散乱した。
 そうしていると、小さな針金のような物が床に落ちた。
「あった!」
 媛寿は針金状の器具を確認すると、後ろ向きのまま右手で器具を掴み、左手の手錠の鍵穴に差し込んだ。
「ん! こう……こうして……こう!」
 しばらく鍵穴をいじっていると、左手首に止められていた手錠はかちりと音を立てて外れた。
「はずれた!」
 両手が自由になった媛寿は、すぐさま足の手錠も外しにかかる。今度は一回外せた鍵なので、時間をかけずにあっさりと足も解放された。
「よおぉっしゃああ!」
 立ち上がった媛寿は両手を上げて雄叫おたけぶ。東北にいた頃、暇に飽かして屋敷の倉や金庫の鍵をいじくり回していた媛寿にとっては、電子ロックでもない手錠の鍵など知恵の輪よりも軽い。
「よっくもやってくれたな~!」
 拘束が解けたところで、媛寿は覚獲に対する怒りが限界点を超えて燃え盛っていた。
「ぜ~ったい許さない! 特大の不幸玉ふこうだまお見舞いしてやる! 一生下痢ピーになる呪いかけてや―――あぶ!」
 怒りに任せて再度突撃しようとした媛寿だったが、着物の裾が何かに引っかかり盛大にこけてしまった。
「いった~い! はなうった~!」
 いったい何に引っかかったのかと振り向いた媛寿は、それを見て目を丸くした。見覚えがあったからだ。
「……これって」
 実物を見るのは初めてだったが、その四角柱のシルエットは『培養ハザード』と『マランドー』でよく見た代物だった。アテナと一緒にネットで実物を扱う動画も見たことがある。
「!」
 媛寿は周りを見渡した。よく見るとそこは、上無芽かみなめと戦った試験場の前に通った部屋だった。ダストシュートで真っ直ぐその部屋へ落ちてきたということは、結城たちがいるのはすぐ上の階ということになる。
 媛寿はにやけた。まさしく悪戯いたずらを思いついた時の子どもの顔だった。
 すぐに後部の排気管を引っ張り出し、前部の安全カバーを開ける。
「ふぬ! うぐぐ~!」
 媛寿の体格では重量と大きさが合わないために、ふらふらと身体を振られてしまうが、
「ぬうん!」
 何とか足の踏ん張りをかせ、砲口を天井へと定めた。あとはグリップのトリガーを引くだけ。
「ゆうきを~……らせはせんぞぉー!」
 怒号とともに、媛寿はトリガーを引き絞る。M202四連装ロケットランチャーのトリガーを。
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