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竜の恩讐編

天坂千春の憂鬱

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「そんなこと言ってきたの?」
 私立皆本みなもと学園の生徒会室、その執務机デスクでの作業のかたわら、皆本千春みなもとちはるもとい、天坂あまさか千春は電話を受けていた。
「で、ソレできるの?」
『でき、る、には、でき、る。あま、り、気は、進ま、ない、けど』
 電話の相手、ヴィクトリア・フランケンシュタインは普段から抑揚よくようのない口調だが、今回は輪をかけてトーンが落ちている。よほど気乗りしないのだと、千春も察していた。
「どう、する?」
「どうするって……」
 千春は革張りの椅子の背もたれに体を預け、考えるように少し目を閉じた。
「依頼人がそうしたいって言ってるなら、そうするしかないわ」
「そ、う、……」
「お願いできる? ヴィクトリア」
「了、解」
 それだけ答え、ヴィクトリアは通話を切った。
「ふ~」
 通常画面に戻ったスマートフォンを机に置き、千春は軽く息を吐いた。溜め息ではないが、そこにはわずかに不機嫌さが混ざっていた。
「こんな男にそこまでする価値あるのかなぁ……」
 引き出しから取り出した写真を見て、千春は誰もいない室内でひとりごちる。
 写真に映っているのは次の依頼の標的、小林結城こばやしゆうきという冴えない青年だった。
 ルーシーに社会的な経歴を探らせたが、千春の評価はそのどれもが『パッとしない』というものだった。むしろ落ちこぼれなのではないかとさえ思えるほどだった。
(特に犯罪歴もなし。関係者からの人物評ではとても恨みを買うようなタマじゃない。ホント、こんな男が何してそこまで恨まれてるんだか……)
 引き出しに写真を戻し、千春は天井をあおいだ。
(まっ、仕事は仕事。報酬さえ約束するなら、どんな相手でも地獄の底に落としましょう、ってね)
 変に引きずるのも効率が悪いと思い、千春は気分を切り替えて机の上にある書類整理を続行しようとする。
(でも、ちょっとイラつくわね。あ~あ、いまここに可愛い子でも来てくれれば発散できるんだけど―――)
「失礼します」
 千春が悶々もんもんと書類に向き合っていたところ、生徒会室の扉が開かれた。
「皆本会長、アンケート結果をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。こっちに置いてもらえるかしら?」
「はい」
 入室してきた女生徒は、品のある足取りで千春の執務机までやって来た。そしてアンケート用紙の束を、千春が指定した机のスペースにそっと置く。
「あら? 2―Aのクラス委員は別の方だったはずだけど」
「あっ、すみません。今日は田喜縞たきしまさんがお休みなので、代わりに私が」
「そうだったの。ご苦労様。お名前は?」
「は、はい。2―A組、出席番号13番の咲陽良阿夜さくひらあやです。皆本会長とお話できて光栄です」
「ありがとう。私もあなたのような可愛いが来てくれて嬉しいわ」
「そ、そんな、可愛いだなんて。で、では失礼しま―――」
 められて照れた咲陽良は、その顔を見られないようにと部屋を立ち去ろうとしたが、
「待って」
 千春に手首を掴まれて動きを止められてしまった。
「会長?」
 その行為を不思議に思い、咲陽良は千春の顔を見る。そこには清廉な皆本千春の顔はなく、欲望に口角をつり上げた天坂千春の顔があった。

「はあ……はあ……」
 二時間後、生徒会室の隠し部屋に連れ込まれた咲陽良は、生まれたままの姿でベッドに横たわり、荒い呼吸を続けていた。
 その隣では、同じく一糸纏いっしまとわぬ姿の千春が、満足そうにグラスのワインを飲み干していた。
「こ、こんな……初めてが女の人だなんて……」
「けっこう良かったわよ、あなた。はい、コレ」
 上気した咲陽良の頬に、千春は鍵を一つ置いた。
隠し部屋ここの鍵よ。毎週金曜日の放課後に乱交パーティーしてるから、その時に使って」
「えっ!? えぇっ!?」
 戸惑う咲陽良の耳元に、千春は口を寄せてささやく。
「今度はオモチャで可愛がってあげる。何だったら肉のオモチャも選びたい放題よ?」
「っ!」
 その言葉で咲陽良の体がビクリと反応する。それをさかなに千春はもう一杯ワインをあおった。
 だいぶ気晴らしができたが、千春にはまだほんの少しだけ、不満の欠片かけらが残っていた。
(気に入らないのよね。依頼内容の途中変更って)

 月と星の明かりだけが照らす室内で、その人物は窓から空を見上げていた。
 ただ空を眺めているようでいて、その目は天の国にいるであろう誰かへの祈りをたたえている。決して天の国からの声は聞こえないが、自身の祈りと言葉は届いていると信じて。
 そしてすぐ後ろに置かれた机の上には、もはや完全に溶けてしまった未開封のカップアイスが置かれていた。
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