362 / 377
竜の恩讐編
幕間 霧の中のクド
しおりを挟む
霧の中にかろうじて浮かぶテールライトの光を頼りに、女学生風の少女、クドは小型乗用車でリムジンを追走する。
クド自身、それほど年月を経た付喪神ではない。ようやく百年を回って変じることができた、非常に新しいタイプの付喪神だった。
そんなクドでさえ、いま走行している霧の異質さを、肌でひしひしと感じていた。
明らかに普通の霧ではなく、おそらくある種の異空間であり、現実から隔絶された場所を通ってどこかへ誘おうとしている。
狐狸妖怪が旅人を惑わせる際に使う常套手段に似ているが、空間まで歪めているとすれば桁が違う。
千春たち『ナラカ』の面々が乗ったリムジンが動き出した際、すぐに後を追ったのは正解だった。
もし霧の中に入れなかったら、千春たちがどこへ向かったか、足取りが途絶えてしまうところだった。
リムジンのテールライトを追えている限りは、クドも迷うことはない――――――はずである。
周囲の一切が見通せず、追っている自動車の先が安全かどうかも判らないという異様な状況において、クドは存外冷静にハンドルを握っていた。
クドが人間ではなく、付喪神であるというのもあるが、もう一つは霧の白さにあった。
放たれる自動車のヘッドライトと、それを反射する真っ白い霧。
それはクドにとって、とても懐かしい、当たり前だった景色を思い出させる。
白い銀幕の中に、自身が放つ光で様々な活動写真を映して観客を楽しませていた、劇場での思い出を。
「っ!」
つい甘い思い出に浸りそうになり、クドは少し頭を振って気をしっかり持った。
いまリムジンを見失ってしまえば、それこそ霧の中を永遠に彷徨うことにもなりかねない。
もう劇場で観客を沸かせるものではなく、播海家に仕える存在であることを、改めて自身に言い聞かせる。
(劇場とともに処分されそうになったところを救われた、あの時から……)
左目でリムジンのライトを強く見据え、クドはいまのスピードと方向を保とうとした。
少し近付きすぎたのか、わずかにリムジンの車内が見えた気がした。そこに座るプラチナブロンドの髪の輝きも。
「……」
クドは一瞬だけ口元を引きつらせた。
その髪色を見た時、フリル付きの眼帯で覆われた右目に、ある『記録』が再生されそうになったからだ。
突き立てられる短剣の刃。
闇に舞い散る鮮血。
血に塗れて倒れるプラチナブロンドの女。
その傍らに跪く、着物姿の少女。
奥歯を強く噛み、クドはその『記録』を抑え込んだ。
それは繋鴎から、『秘匿レベルを上げておけ』と言われている内容だった。
クド自身であっても、みだりに再生することは許されない。
様々な感情が綯い交ぜになりながら、クドは乗用車を運転し続けた。
霧の白さはいよいよ薄くなろうとしている。
クド自身、それほど年月を経た付喪神ではない。ようやく百年を回って変じることができた、非常に新しいタイプの付喪神だった。
そんなクドでさえ、いま走行している霧の異質さを、肌でひしひしと感じていた。
明らかに普通の霧ではなく、おそらくある種の異空間であり、現実から隔絶された場所を通ってどこかへ誘おうとしている。
狐狸妖怪が旅人を惑わせる際に使う常套手段に似ているが、空間まで歪めているとすれば桁が違う。
千春たち『ナラカ』の面々が乗ったリムジンが動き出した際、すぐに後を追ったのは正解だった。
もし霧の中に入れなかったら、千春たちがどこへ向かったか、足取りが途絶えてしまうところだった。
リムジンのテールライトを追えている限りは、クドも迷うことはない――――――はずである。
周囲の一切が見通せず、追っている自動車の先が安全かどうかも判らないという異様な状況において、クドは存外冷静にハンドルを握っていた。
クドが人間ではなく、付喪神であるというのもあるが、もう一つは霧の白さにあった。
放たれる自動車のヘッドライトと、それを反射する真っ白い霧。
それはクドにとって、とても懐かしい、当たり前だった景色を思い出させる。
白い銀幕の中に、自身が放つ光で様々な活動写真を映して観客を楽しませていた、劇場での思い出を。
「っ!」
つい甘い思い出に浸りそうになり、クドは少し頭を振って気をしっかり持った。
いまリムジンを見失ってしまえば、それこそ霧の中を永遠に彷徨うことにもなりかねない。
もう劇場で観客を沸かせるものではなく、播海家に仕える存在であることを、改めて自身に言い聞かせる。
(劇場とともに処分されそうになったところを救われた、あの時から……)
左目でリムジンのライトを強く見据え、クドはいまのスピードと方向を保とうとした。
少し近付きすぎたのか、わずかにリムジンの車内が見えた気がした。そこに座るプラチナブロンドの髪の輝きも。
「……」
クドは一瞬だけ口元を引きつらせた。
その髪色を見た時、フリル付きの眼帯で覆われた右目に、ある『記録』が再生されそうになったからだ。
突き立てられる短剣の刃。
闇に舞い散る鮮血。
血に塗れて倒れるプラチナブロンドの女。
その傍らに跪く、着物姿の少女。
奥歯を強く噛み、クドはその『記録』を抑え込んだ。
それは繋鴎から、『秘匿レベルを上げておけ』と言われている内容だった。
クド自身であっても、みだりに再生することは許されない。
様々な感情が綯い交ぜになりながら、クドは乗用車を運転し続けた。
霧の白さはいよいよ薄くなろうとしている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる