小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

コチニールの襲撃 その2

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「おおおオオォ!」
 骨がきしむような音を立てながら、コチニールの顔面は変形していった。
 口元がワニに似た形にせり出し、まだ人間ヒトの物だった歯も合わせて鋭くり返っていく。
 軋みがおさまる頃には、唯一人間的な特徴のあった顔が消え、コチニールは正真正銘の醜悪な巨獣へと変わっていた。
「ガアアア!」
 耳障みみざわりな咆哮ほうこうとともに飛びかかるコチニール。
 右前脚で千春ちはるを、左前脚でアテナを、そして牙で媛寿えんじゅを、それぞれ攻撃しようとしてきた。
 が、
「しゃあっ!」
「おおっ!」
 千春は祢々切丸ねねきりまるの刀身で爪を防ぎ、アテナは前脚をじかつかんだ。
「今です! エンジュ!」
 アテナが言うが速かったか、媛寿は掛け矢ハンマーを捨ててきびすを返し、倒れていたリズベルを肩にかついだ。
 実に、ここにそろった誰もが、すでに戦闘の継続が難しい状態にあった。
 アテナは左腕と両脚に計四箇所の創傷そうしょうを負い、槍や神盾アイギスはおろか鎧すらも身に着けていない完全な丸腰。
 千春は頭部の打撲と裂傷、脹脛ふくらはぎの創傷に加え、内臓を損傷して大幅にパワーダウンしている。
 媛寿もまた千秋ちあきの荷重結界を破る際の無理がたたり、満足に戦うことすらできない。
 コチニールの戦闘力が未知数である以上、この場で戦うことはけて仕切りなおす。
 そのためにコチニールの目的であるリズベルをずは隠す、というのが三者共通での認識だった。
 千春とアテナが動きを止め、まだ脚を怪我していない媛寿が、リズベルを天逐山てんぢくざんから逃がす。
 そのための連携だった。
「リズベル! 逃げるよ!」
 自身よりずっと体格差のあるリズベルを、媛寿は肩担ぎして移動しようとする。
 左腿ひだりももを刺されたリズベルは動けないので、多少引きずってても連れて行かなければならなかった。
「逃ガすモのカァ!」
 しかし、意図を察したコチニールが、尾を大きく振ると、並んでいたとげの一つがはずれて飛んだ。
「エンジュ! け―――」
「えっ?」
 アテナの声で振り向いた媛寿のすぐ前に、コチニールの放った棘はせまっていた。
 媛寿は何が起こっているのか理解できなかったが、危険であることだけはわかった。
 咄嗟とっさにリズベルを横へ突き飛ばすも、媛寿自身は完全に回避することができなかった。
「うあっ!」
 飛来した棘が通り過ぎる際、鋭い先端が媛寿の左腕を切り裂いた。
「うっ! ああ!」
 媛寿は腕を押さえて転がり、突き飛ばされたリズベルも再び地に伏す形になった。
「エンジュ!?」
「こんのぉ!」
 千春は止めていた右前脚を受け流し、祢々切丸をコチニールの肩口に突き入れた。
「これで心臓まで突き入れて―――」
 祢々切丸の刀身をさらに深く押し込もうとした千春だったが、コチニールの傷口から噴出した青黒い血を見るや、即座に祢々切丸のつかを手放した。
「くっ!」
 コチニールの血がブレザーにかかると、布地が白煙を上げて焼け焦げた。
 それを予想していた千春はすぐにブレザーを破って捨て、大事には至らなかったが、その間アテナだけでコチニールを止めることになってしまった。
「う……ああ……」
 四肢の負傷と結城ゆうきを失った精神的ショックから、アテナの力はかなりの部分が弱体化していた。
 本来ならコチニールを丸ごと持ち上げてしまえるアテナの膂力りょりょくも、今は片方の前脚に押し返されてしまう程だった。
 さらに千春が離れてしまっては、コチニールは牙も、もう片方の爪も、自由に使うことができるのだ。
「ガああアァ!」
 コチニールはアテナの左の脇腹にみついた。
「ぐあ! ああ!」
 アテナの古代ギリシャ装束ペプロスに血がにじみだし、同時に細かな白い煙も立ちのぼった。

「うぅ……」
 投げ出されて身体を打ちつけた痛みと、左腿の傷の痛みに、リズベルは背を曲げてうめいた。
 少しだけ目を開いてみると、大木を背に事切れた結城の亡骸なきがらが見えた。
 偶然ではあったが、媛寿がリズベルを突き飛ばした先は、結城のすぐ近くだった。
 再び亡骸を目にして、リズベルの心は悲しみでき乱された。
 もはや取り返しのつかないあやまちだった。
 決して奪ってはいけなかったものを奪ってしまった。
 ピオニーアが守り通したものを、他ならぬ自身の手で壊してしまった。
 その後悔と自責が、ピオニーアを失ったことと同等か、あるいはそれ以上に、リズベルを深く傷つけた。
(ごめん……なさい……ピオニーア……ピオニーア……)
「!」
 心の中で謝罪するばかりだったリズベルは、ふとあることに気付いた。
 そして上体を起こし、結城の亡骸と、自身の手のひらを交互に見つめた。
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