小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

竜の忌み姫 その3

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母娘おやこ?」
 パーシアンからげられた事実を、佐権院さげんいんはわずかばかりの間理解できなかった。
『ああ。ピオニーアは八つの時に、リズベルを身ごもった』
 佐権院は繋鴎けいおうの方を見るが、当の繋鴎はいたって真剣な表情をしている。
 それが充分に事実を裏付けていた。
ピオニーアあいつの運命を狂わせたのは、王家オレたちのせいでもある』
 パーシアンはその経緯を語った。

 近代に入り、赤の一族ジェラグの中では三つの派閥が台頭していた。
 一つは再び栄華を取り戻すべく世界により打って出るべきとする改革派。
 二つは現状維持を望む保守派。
 そしてどちらともなく、ゆるやかに世界との関係を進展させて行こうとする穏健派。
 それらが発足した当初は、まだ意見を交える程度だったが、近年においては議論が過熱する一方だった。
 こと改革派は世界から竜の畏敬と神秘が忘れ去られる現状を嘆き、今こそ赤の一族ジェラグの威光を誇示すべきという声が高まっていた。
 
『オレもアガット赤の一族ジェラグの行く末について思うところはあったが、日本に留学していろいろ学んだ後じゃ、どの意見もむなしく思えた。今や世界に生き残ってる竜は、手の指で数えられる程度だ。そんな中で、竜の血を引いてるってだけで、もう神秘も何も失ったジェラグオレたちが出てって、何か意味があるのかってな』
 パーシアンの声には、悔しさともあきらめとも取れる色が混ざっていた。
『だが、オレたちが優柔不断だったせいで、ピオニーアをあんなことに巻き込んじまった』

 十五年前、当時改革派の幹部だったコチニールは、アガット摂政パーシアンが改革派の意見にあまり耳を傾けていないと知り、現体制では赤の一族ジェラグを変えることはできないと考えた。
 そして思い至ったのが、王族から新たに改革派の御輿みこしとなる人物をかつぎ上げること。
 その白羽の矢が立ったのが、ピオニーアだった。
 幼くして聡明であり、様々な知識の吸収に積極的だったピオニーアは、当時から王家の中でも一目置かれていた。
 ピオニーアを新時代の王家の始まりとし、さらに竜の血の力も証明されれば、改革派を勢いづかせることができる、と。

「まさか、そのコチニールという人物がピオニーアを?」
『いや、コチニールの奴はあれで身の程を知っていた。あいつの子胤たねじゃない』
「では誰の……」
『事実が発覚した時に王の前で問い詰めたが、答える前に自ら片目をえぐり出しやがった。そこまでされたら何も問えなくなっちまった』

 その後、コチニールは追放となったが、事態はそれで収まらなかった。
 ピオニーアは身ごもった子どもを堕ろすことを拒んだのだ。
 年齢的にも無理があり、状況的にも良い判断ではないと誰もが思った。
 だがピオニーアは断固として譲らず、やむなくアガットとパーシアンは繋鴎の伝手つてを頼り、日本から腕利きの闇医者を呼び寄せた。
 帝王切開によってピオニーアとその子どもは無事に分娩されたが、元よりピオニーアの年齢では帝王切開すら無理があったため、二度目の妊娠は不可能となった。

『ピオニーアがなぜ望まぬ形で身ごもった子を産もうとしたのかは未だに分からん。それでどうなってしまうのか、ピオニーアも知ってたはずなんだがな』

 赤の一族ジェラグはかつての日本と同様、名誉を何より重んじ、それは現代においても変わっていない。
 ピオニーアがリズベルを産み落としたことは、赤の一族ジェラグにとって明らかな醜聞スキャンダルだった。
 ピオニーアは王位継承権どころか、存在自体を抹消され、母娘ともに幽閉同然の身となった。

『オレもアガットも、その処遇に納得していたわけじゃない。他の連中からの反発を抑えるために、そうするしかなかったんだ。言い訳にしかならないがな。その償いってもんじゃないが、二人にはできる限りの援助をした……』

 リズベルが生まれて五年が経った頃、ピオニーアからの申し出があった。
 それは日本への留学の許可を求めるものだった。
 ピオニーアはいずれ日本で生活基盤を整えた暁には、リズベルとともに赤の一族ジェラグとの関係を一切絶つと誓った。
 事実上の追放であり、赤の一族ジェラグにとっても二人を遠ざける口実として有用だった。
 アガットとパーシアンにしても、二人をこのままれ物扱いで赤の一族ジェラグに置いておくよりは、よほど良い処遇に思えた。

『オレたちは昔世話になった繋鴎に、ピオニーアを預けることにした。繋鴎ならオレたちの時と同様、うまくやってくれると思ってな。それまではオレたちがリズベルの面倒を見て、時期が来れば送り出す。それで良かったはずだった。リズベルがあんなことを言い出すまでは……』

 喫茶・砂の魔女のボックス席には、片側に結城ゆうき媛寿えんじゅ、反対側にリズベルと千春ちはるが座った。
 しかし、席に着いてから誰も言葉を発する者はなく、無情に時間だけが過ぎていく。
 その沈黙を破ったのは、意外にも結城だった。
「本当……だったんだね。見たら本当に……そうなんだなって……思える。君は……ピオニーアさんの……子どもなんだって」
 リズベルの肩がわずかに動いた。
 他でもない結城からは、どんな叱責や罵声を浴びせられても仕方がないと考えていた。もはや唾棄されることさえ、抗議する資格はない、と。
 だが結城からもたらされたのは、リズベルをピオニーアの子だと認める発言だった。
 それを聞いただけで、リズベルは理解してしまった。
 小林結城は、自分を殺そうとした相手を、微塵みじんも憎んでいない、と。
(ピオニーアの想いは……本物だった……)
 日本に留学してから、ピオニーアは毎月必ずリズベルに手紙を送っていた。
 日本での暮らしや日本語の習得法、そしてリズベルを励ます内容がいつもつづられていた。
 幽閉されているリズベルにとって、ピオニーアからの手紙は唯一の希望だった。
 ただ、手紙が途切れるほんの少し前から、内容に変化が現れた。
 偶然知り合った青年と少女とともに、いろんな場所へ行ったという内容が追加された。
 胸躍むねおどる冒険も、もの悲しさが残る結末も、リズベルはまるで本の中の物語を読んでいる気分になった。
 それはこれまでの手紙と違い、ピオニーアに別の感情が芽生えているあかしだった。
 ピオニーアは心の底から、その青年たちとの交流を喜び、楽しみ、嬉しく感じている。
 そのことが、リズベルにとっても喜ばしい変化だった。
 三年前から手紙が途絶え、リズベルはピオニーアの身を案じる日々が続いた。
 五ヶ月前、ようやく手紙が届くも、それはピオニーアからではなかった。
 内容を読んだリズベルは愕然がくぜんとした。
 ピオニーアは小林結城という男に殺された。
 そう記されていた。
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