暗闇の家

因幡雄介

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バッドエンドルート

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 私は両耳を手で押さえた。

 それは恐怖という本能。

 最後まで聞いてはいけないという警告。

『なんという想像力か 動物にはできぬ創造性 人間にしか不可能だ 侵略者であるわれわれでは われの子宮にて生み出せし稚魚を よく育ててくれた』

 だがようしゃなく、それは私に話しかけてくる。

 私はたまらず叫び、

「どういうことだ? あれはなんだ?」

『われらは侵略者 数が足りぬ 生み出せる者が必要なのだ だからしかけた 死者の書 この家 地下の餌 ノート すべてはわれらの意図』

 それは静かに、どこかほほ笑みながら答える。

 ノート、家、死者の書……。

 すべて、しかけた、だと?

「罠だったのか? あのノートの内容も? 家族が復活したということも?」

『恐れをも乗り越える 強い意志が必要なのだ 相手が異物だと知ったとしても それを育てていける意思 そうでなければ うまく育たぬ 親が逃げては 子は飢える 親が攻撃すれば 力を持たぬ子は死ぬのだ』

「おっお前の言ってることがまったくわからない! 私は家族といた! 妻と娘はどこに行った!」

『ああ 人間よ あわれな人間よ お前はもう十分やってくれた』

 私の問いを無視し、それは高揚した声を上げる。

 木製のドアが突き破られた。

 出ているのは金属製の刃物。

 それを取り除かれた隙間から、異様な者の瞳が映る。

「ぱーぱー」

「あーなーたー」

 二つのそれが、手に斧を持って、ドアを破ろうとしている。

 まきを割るのに使っていた。

 なぜ、斧を置いていた場所を知っている?

 私はパニックを起こした。

 化け物から逃げなければ。

 ドアが悲鳴を上げて打ち崩される。

 私は壁に設置されていた取ってを、おもいっきり下げた。

 黒塗りの天窓が開き、太陽の光が差し込んできた。

 ふたりの化け物が、光で目に腕をかざす。

 それを見計らい、私は背の高い化け物に体当たり。

 次に小さい化け物を蹴り飛ばした。

 階段を駆け下りていく。

 冬用に買った灯油タンクのふたを開け、家の中にまき散らした。

 ここは私の家族が住む家じゃない。

 怒りと悲しみが混じりだす。

 タンクを投げると、机にあった物に当たり、床に落ち壊れる。

 同時に、ふたりの化け物が階段から下りてきた。

 私はライターに火をつけて投げ、床が燃え広がったのを確認し、玄関を突き破って外に出た。

「うっ!」

 わきばらに痛み。

 包丁が突き刺さっている。

 のっぽの化け物に体当たりしたとき、やつが持っていた包丁が深く刺さったか。

 激痛が増していく。

 血の量がすごい。

 内蔵まで到達しているか。

 家から数メートル離れた所で、あおむけに倒れる。

 そして笑った。

 声にすら出せない笑いだ。

 乾ききっていた。

 わかってた。

 わかってたんだ。

 日本の葬儀は火葬だ。

 死体は骨しか残っていない。

 あんなにはっきりとした形の、妻と娘が生き返ってくるはずがない。

 死んだ人間は生き返らない。

 バカでもわかる正論だ。

 私は化け物を育てていた。

 殺人まで犯して。

 妻と娘に見えたのは、私が正気を失ったために起こった幻影だ。

 火が家の壁に燃え移っていく。

 私と、家族に擬態した化け物が住んでいた家。

 思い出が燃えて……。

「……なっ……に」

 私は目を丸くして、家を見上げる。

 火が消えている。

 あれだけ灯油をまいたのに。

 家がいびつな形に変化していた。

 黒い窓から丸っこい、無機質な目がのぞく。

 天窓が一斉に開かれ、空に向かって口を開いていた。

 鯉が口を開けて、餌をねだるように。

 家の壁には無数のうろこ。

 表面から出る粘っこい液体で火を消したのか。

 美しい壁の純白さには見ほれた。

 あの模様は人を魅了する。

 逃げなければ。

 私は起き上がろうとしたが、血を流しすぎたせいで力が入らない。

 車が遠くで止まった。

 出てきたのは不動産の社員。

 よかった。私をあの化け物から……。

「おおっ! 夢で伝令を受け、人間を連れてまいりましたが、うまくいったようですな! 偉大なる神よ!」

 不動産の社員は、ひざまずき、涙を流して祈る。

 邪神の信者。

 あいつがいろいろと仕組んでいたのか。

 ああ、そうだ。なんで忘れてたんだ。

 あの女子大生。

 家で肉を解体するときに見た死体の表情。

 うっとりとした笑みを浮かべていた。

 いけにえになるためにきた信者か。

 石で頭をなぐっているときに、つぶやいていたのは、邪神たちの名前だな。

 正気を失い現実を見ていないのは私だった。

 家自体が、侵略者という化け物だったのだ。

 黒く塗られた窓はやつのまぶた。

 地下に散らばった骨の池はやつの胃袋。

 壁の中ではえずっていたネズミは、やつのいびきだったのだ。

 私のような弱った人間を誘い込み。

 死者の書や偽ノートで惑わし。

 自らの子宮で侵略者の子を育てさせる。

 玄関が開いた。

 ふたりの異形なる者が、手に斧を持ってやってくる。

 魚の頭に入っている一本の黒い縦帯。

 見たことある。

 麦突だ。

 コイ科に分類される魚。

 他の魚に托卵し、仮親に育てさせるという魚。

 鳥で有名なのはカッコウか。

 そうやってやつらは、この地球上の生物に成り代わり、増殖していくのか。

『ありがとう 人間よ わが子の餌となれ』

 意識が途切れそうになる私に、『鯉の家』がささやいてくる。

 鯉、か。

 日本では錦鯉という観賞用の魚がいて、色彩や斑点が美しく、国魚と呼ばれている。

 家族恋しさに、餌を求めて口を開けていた鯉に引っかかったか。

 自分の愚かさにあきれて笑いも出なかった。

 私は青い空を見つめた。

 妻が大好きだった空。

 彼女と

 娘と

 手をつなぎ

 歩いた

 あの

 緑が続く

 草原は

 いつの

 ことだった

 ろう。

 魚頭の化け物が斧を振り上げる。

 私は、青い空を閉じ、闇を見続けていた。





了 



【おまけ】

バッドエンドルート:『わが子の餌となれ』

ハッピーエンドルート:『偽物の家族と一生一緒に』
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みんなの感想(1件)

2021.04.24 ユーザー名の登録がありません

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因幡雄介
2021.04.25 因幡雄介

なっ・・・何よりです。(;^ω^)

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