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第1話
騎士団長の執務室にて。騎士団付きの事務官がノックの返事を聴いてから入室すると、窓から外を見ている男に書類を渡す。
「団長、遠征の臨時予算がでましたよ」
「ありがとう」
書類を受け取った男はペラペラと捲っては、長ったらしい前置きの文章と、決定された予算額を確かめる。
「ふむ」
「……嬉しくなさそうですね?ほぼ申請通りの予算額ですが」
「そんなことはないよ、今年は人数が多いから有難いよ」
「では、予定通りに装備品の申請の準備と、メイドの募集に取り掛かりますね」
「ああ、よろしく」
男はまた外を眺める。窓の外の訓練場では、今年度入ったばかりの新人騎士達が先輩騎士達から指導を受けていた。まだ実践を経験していない騎士もそこそこいる為か、明るい声が飛び交う。
男は小さく溜息をついた。
ーーー
エマ・ウッドストラ、二十二歳。王都に来てもう七年になる。運良く王宮のメイドに採用されてから最低限の休みしか取らず、真面目に働いている。メイド長からの評価も上々だ。
「エマ、来月も騎士団の宿舎担当でいいの?」
「はい!もちろんです!」
(毎月聞いてくれるメイド長は優しいなぁ)
今日も朝一から張り切って宿舎に向かう。今日は第三騎士団の宿舎を掃除する。第三騎士団の宿舎は中々に汚い。第一騎士団は王族を中心に護衛を担当する近衛騎士が所属し、元々の出自が高貴な騎士が多く、宿舎を利用する騎士は少ない。
第二騎士団は王宮の警備と有事の際の戦闘力になるような実力者が所属している。第三騎士団は街の警備を主要な任務としているらしい。入団するとまずは第三騎士団に入り訓練を受け、実力者は昇進していく仕組みとなっているそうだ。下級騎士が多い第三騎士団は王都に実家がなければ、ほとんどが宿舎暮らしとなり、人数も多い。
宿舎の掃除はかなりの重労働である為、掃除場所の中で断トツで不人気だ。同僚のメイド達の中で進んで担当したがる人はいない。雨ざらしの外廊下には大量の泥汚れが溜まっているし、室内も同程度に汚れている。
数年前にどっぽん便所から水洗便所になり大分マシにはなったが、王宮と比べれば便所や手洗い場もすぐに汚くなる。
まずは扉が施錠されていない室内の土埃を箒で掃き出すことから始まる。メイドといえど、他人に入られたくない騎士は施錠して出掛ける。しかし数ヶ月も騎士として働けば、無料で掃除をしてもらえる楽さを理解して、施錠される部屋はほとんど無くなる。
室内の土埃と、廊下の土を合わせて掃いていく。部屋を行き来するたびに隣接している訓練場の騎士達の声が聞こえる。
騎士と出会えるかもしれないと、ここの掃除を希望する新人メイドがたまに現れるが、ひと月も持たずに担当場所を変えて欲しいと申し出ることがほとんどだ。騎士との接触はほとんどない。
掃除をする時間はとっくに訓練や任務に入っている騎士とはすれ違うことすら少なく、タイミングが合えばたまに挨拶をする程度で、好みの騎士と出会える可能性はさらに下がる。出会い目的で担当するには、あまりにも成果が得られない。
エマはそれでも良かった。国を守る騎士達に清潔な宿舎で過ごしてほしかったし、自分が少しでも役に立っていると思うと、自分の仕事に誇りを持てた。それに、ここの掃除をしたい理由がもう一つある。
エマが手馴れた手つきで掃除をするも、昼食の時間を過ぎても今日の仕事の半分ほどしか終わっていない。なんとか今日中に一階にある水場まで終わらせたい。必死に土を掃いて集めた。
「お腹、空いた……」
キリの良いところまで済ませると、何か食べようと、一旦掃除道具を片付ける。
「エマさん、ご苦労様です」
その声にシャキンと背筋が伸びる。低く体に響くような良い声に、すぐに誰か分かる。
「団長様、お疲れ様です!」
エマは深くお辞儀をして顔を上げる。そこには憧れのジルベルト・ベレットー二騎士団長がいた。
「いつも綺麗にしてくれてありがとう、助かるよ」
それだけ言うと颯爽と宿舎の一階にあるジルベルトの執務室に入っていった。宿舎の掃除はほとんどをエマが担当しているが、執務室の掃除は七十になるベテランのメイドが長年担当しているため、入ったことがない。このベテランメイドもジルベルトのファンだ。
宿舎の掃除を担当するのは憧れのジルベルトを一目でも見たいという気持ちが大きい。今日は会えるかな、と毎回、期待をしながら執務室の前を通りすがるが、いつも不発に終わる。
声を掛けてもらったのは一月ぶりだ。
(今日はなんて幸運なの!)
エマは第三騎士団の団長であるジルベルトにもう何年も憧れている。詳しい年齢は知らないが四十ぐらいだろうか。やわらかそうなブラウンの髪は、癖毛なのか、かきあげたように耳の後ろに流れている。少し重たげな瞼に長い目尻。笑うと目尻に少しだけ皺が浮かぶ。一様に体が大きい騎士の中では珍しく無骨さがなく、優雅な雰囲気すらある。王宮では階級が上がれば上がるほど、メイドを人とも思わない貴族が多い中、騎士団長であり、公爵家の嫡男でもあるジルベルトは、掃除をするメイドに感謝を述べてくれる。こんなに出来た人はいないと、この何年で何度も実感していた。
メイドをしていれば、王宮内で理不尽に辛い思いをすることもあるが、ジルベルトのような人もいると思うと、国のために騎士団のために毎日精を出して頑張れる。
(はああ、一度でいいからエッチしてくれないかなあ!)
エマは扉が閉まってもその場から動けずに今日遭遇できた喜びを神に感謝していた。
「団長、遠征の臨時予算がでましたよ」
「ありがとう」
書類を受け取った男はペラペラと捲っては、長ったらしい前置きの文章と、決定された予算額を確かめる。
「ふむ」
「……嬉しくなさそうですね?ほぼ申請通りの予算額ですが」
「そんなことはないよ、今年は人数が多いから有難いよ」
「では、予定通りに装備品の申請の準備と、メイドの募集に取り掛かりますね」
「ああ、よろしく」
男はまた外を眺める。窓の外の訓練場では、今年度入ったばかりの新人騎士達が先輩騎士達から指導を受けていた。まだ実践を経験していない騎士もそこそこいる為か、明るい声が飛び交う。
男は小さく溜息をついた。
ーーー
エマ・ウッドストラ、二十二歳。王都に来てもう七年になる。運良く王宮のメイドに採用されてから最低限の休みしか取らず、真面目に働いている。メイド長からの評価も上々だ。
「エマ、来月も騎士団の宿舎担当でいいの?」
「はい!もちろんです!」
(毎月聞いてくれるメイド長は優しいなぁ)
今日も朝一から張り切って宿舎に向かう。今日は第三騎士団の宿舎を掃除する。第三騎士団の宿舎は中々に汚い。第一騎士団は王族を中心に護衛を担当する近衛騎士が所属し、元々の出自が高貴な騎士が多く、宿舎を利用する騎士は少ない。
第二騎士団は王宮の警備と有事の際の戦闘力になるような実力者が所属している。第三騎士団は街の警備を主要な任務としているらしい。入団するとまずは第三騎士団に入り訓練を受け、実力者は昇進していく仕組みとなっているそうだ。下級騎士が多い第三騎士団は王都に実家がなければ、ほとんどが宿舎暮らしとなり、人数も多い。
宿舎の掃除はかなりの重労働である為、掃除場所の中で断トツで不人気だ。同僚のメイド達の中で進んで担当したがる人はいない。雨ざらしの外廊下には大量の泥汚れが溜まっているし、室内も同程度に汚れている。
数年前にどっぽん便所から水洗便所になり大分マシにはなったが、王宮と比べれば便所や手洗い場もすぐに汚くなる。
まずは扉が施錠されていない室内の土埃を箒で掃き出すことから始まる。メイドといえど、他人に入られたくない騎士は施錠して出掛ける。しかし数ヶ月も騎士として働けば、無料で掃除をしてもらえる楽さを理解して、施錠される部屋はほとんど無くなる。
室内の土埃と、廊下の土を合わせて掃いていく。部屋を行き来するたびに隣接している訓練場の騎士達の声が聞こえる。
騎士と出会えるかもしれないと、ここの掃除を希望する新人メイドがたまに現れるが、ひと月も持たずに担当場所を変えて欲しいと申し出ることがほとんどだ。騎士との接触はほとんどない。
掃除をする時間はとっくに訓練や任務に入っている騎士とはすれ違うことすら少なく、タイミングが合えばたまに挨拶をする程度で、好みの騎士と出会える可能性はさらに下がる。出会い目的で担当するには、あまりにも成果が得られない。
エマはそれでも良かった。国を守る騎士達に清潔な宿舎で過ごしてほしかったし、自分が少しでも役に立っていると思うと、自分の仕事に誇りを持てた。それに、ここの掃除をしたい理由がもう一つある。
エマが手馴れた手つきで掃除をするも、昼食の時間を過ぎても今日の仕事の半分ほどしか終わっていない。なんとか今日中に一階にある水場まで終わらせたい。必死に土を掃いて集めた。
「お腹、空いた……」
キリの良いところまで済ませると、何か食べようと、一旦掃除道具を片付ける。
「エマさん、ご苦労様です」
その声にシャキンと背筋が伸びる。低く体に響くような良い声に、すぐに誰か分かる。
「団長様、お疲れ様です!」
エマは深くお辞儀をして顔を上げる。そこには憧れのジルベルト・ベレットー二騎士団長がいた。
「いつも綺麗にしてくれてありがとう、助かるよ」
それだけ言うと颯爽と宿舎の一階にあるジルベルトの執務室に入っていった。宿舎の掃除はほとんどをエマが担当しているが、執務室の掃除は七十になるベテランのメイドが長年担当しているため、入ったことがない。このベテランメイドもジルベルトのファンだ。
宿舎の掃除を担当するのは憧れのジルベルトを一目でも見たいという気持ちが大きい。今日は会えるかな、と毎回、期待をしながら執務室の前を通りすがるが、いつも不発に終わる。
声を掛けてもらったのは一月ぶりだ。
(今日はなんて幸運なの!)
エマは第三騎士団の団長であるジルベルトにもう何年も憧れている。詳しい年齢は知らないが四十ぐらいだろうか。やわらかそうなブラウンの髪は、癖毛なのか、かきあげたように耳の後ろに流れている。少し重たげな瞼に長い目尻。笑うと目尻に少しだけ皺が浮かぶ。一様に体が大きい騎士の中では珍しく無骨さがなく、優雅な雰囲気すらある。王宮では階級が上がれば上がるほど、メイドを人とも思わない貴族が多い中、騎士団長であり、公爵家の嫡男でもあるジルベルトは、掃除をするメイドに感謝を述べてくれる。こんなに出来た人はいないと、この何年で何度も実感していた。
メイドをしていれば、王宮内で理不尽に辛い思いをすることもあるが、ジルベルトのような人もいると思うと、国のために騎士団のために毎日精を出して頑張れる。
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