恋愛短編集

雪夜叉

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ー新人教育は真夜中にー後編

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ー新人教育は真夜中にー後編

時間は止まることもなく
残酷にもその日は来てしまう。

綾瀬 紀花はパッとしないテンションを
なんとか引き上げようと
頑張りながら日勤からの申し渡しを
受けていた。

今日が初めての夜勤。

頼りになる北山と
苦手な村田
シャキシャキ仕事をこなす神原
看護師兼介護福祉士の所沢の
5人での勤務になる。

綾瀬は自分以外の
女性職員の所沢にくっついていた。

「紀花ちゃん 緊張してる?」

そんな綾瀬に村田はニヤニヤしながら
話しかける。

(気持ち...悪い...
あんな事してきたのに...
普通に話しかけて...来るなんて...)

綾瀬は少しだけ後ずさる。

「ほらほら 村田くん!
可愛い綾瀬ちゃんに絡んでないで
仕事しよーね。
さ、綾瀬ちゃんは私とお仕事ね」

所沢さんは分厚いファイルを
村田に手渡すと綾瀬を引き連れて
場所を移動した。

「初めての夜勤なんだよね?」

所沢は歩きながら聞いてくる。

「はい。足でまといにならないように
頑張ります!」

綾瀬はやっと笑顔を見せた。

「そんなに意気込まなくて
大丈夫だよー」

所沢はケラケラ笑う。

今日の天気は雨。
雨足も強く遠くでは雷もなっていた。

「夜勤はね日勤とは違って
巡回と雑務が基本的な仕事だから」

所沢はそう説明しながら
ある場所にたどり着く。

「仮眠室?」

「そ、仮眠室。
ここで順番に仮眠取るから
場所覚えておいてね?」

「はい...所沢さん。
ここは男女共用ですよね?」

「そうだけど?」

所沢の言葉に綾瀬は
顔をしかめる。

「ぷっ!あはははっ」

所沢は素直に感情が顔に出る綾瀬を見て
堪えきれずに笑いだした。

「綾瀬ちゃん 顔に出るよねー」

所沢はお腹を抱えながら笑っていた。

「そ、そんなに顔に出てますか!?」

綾瀬は動揺する。

「いやいや...もうね
さっきから笑い堪えるのに必死!
村田が話しかけてきた瞬間の
綾瀬ちゃんの顔が もぉー」

所沢はここぞとばかりに笑う。

「...顔に出してないつもり
だったんですけど...」

「大丈夫よ。村田は気づいてないから。
村田も使うって思うと嫌だろうけど
五十嵐くんも使ってるし。
ちなみに 五十嵐くんは右側のベッドしか
使ってないから」

「えっ!?なっ/////!?」

所沢の言葉に綾瀬は真っ赤になった。

「綾瀬ちゃんが五十嵐くん好きなの
誰でも知ってるよ??」

所沢はウィンクした。

「えぇえー!!」

綾瀬は2、3歩後ずさる。

「じゃあ...じゃあ...もしかして
五十嵐さんにも!?」

「それは ないよ。
五十嵐くん超鈍感だから」

所沢はにっこり笑った。

綾瀬はホッと息を吐く。
所沢はそんな綾瀬に近寄り
耳打ちする。

「いつから好きなの?」

「...学生の時に
たまたまココを通りかかって...
その時五十嵐さんを見かけて...
その時 とっても優しい笑顔で
お婆ちゃんの車椅子を押してたんです。
その笑顔が忘れられなくて
それから 1ヶ月後に またココに来たんです。
その日は雨なのに 五十嵐さん外にいて
とても 冷たい顔で 。
その日以来 何度かココに来て
五十嵐さんをみかけたんですけど...
一番はじめに見た 笑顔はなくて...」

綾瀬は俯いて語る。
それを聞いていた所沢は腕を組み
何かを思案していた。

「それ、五十嵐くんのお婆ちゃんね。
五十嵐くんね お婆ちゃんの介護したくて
介護福祉士の資格取ってココに就職したの
お婆ちゃんが亡くなられてからは
五十嵐くん あんまり笑わなくなったんだよね」

「そうだったんですか...」

「綾瀬ちゃんは
五十嵐くんのその笑顔に惚れたんだね」

所沢はそう言うと優しく微笑んだ。

そして2人は色々話しながら
各階を見て回った。

そしてステーションに戻る。

「綾瀬ちゃん 大丈夫そう?」

戻って来た 所沢に北山は声をかける。

「えぇ。ほんとにヤルつもりなの?」

「うん。村田くんにも そろそろお灸をね」

北山は横目で村田を見る。
戻ってきた綾瀬にベッタリ張り付いていた。

「...どうなっても 私知らないわよ?」

所沢は少しだけ呆れていた。

「その為の所沢なんだろぉー。
怪我人出ても何とかなる」

北山は無邪気に笑う。
そんな北山に所沢はさらに呆れた。

さっきまで遠くで聞こえていた
雷は 激しさを増し
このホームの上空あたりに
雷雲があるようだった。

消灯時間が来て
各階電気が消されていく。

2人ペアになって利用者の部屋を巡回する。

北山 綾瀬
所沢 村田
神原はステーション待機。
万が一見回り中
他の部屋からのコールに対応するためだった。

「よしっ!じゃぁ巡回スタート」

北山は懐中電灯片手に先を歩く。
綾瀬も懐中電灯を持ちその後ろをついて行った。

消灯時間になると
微灯ランプと廊下の足元ランプ
ぐらいなもので施設内は
暗さを増す。

(こんなに暗いんだ...)

綾瀬はそう思いながら北山の後に続く。
たまに稲光が光りパッと明るくなる。

「北山さん」

「うん?どしたの?」

綾瀬は立ち止まり北山を呼ぶ。
北山は振り返り 綾瀬を見た。

「さっき...向こうに人影が見えたんですけど...」

「はい?」

北山は綾瀬が指さす方を
稲光で照らされる廊下の先を見る。

「ま、まさかぁ!?」

廊下の先を見ても人影はなく。

「不審者でしょうか?私 見てきます!」

「え!?ちょっ!?」

綾瀬は北山の制止も聞かず
小走りに走り出した。

「あ、綾瀬ちゃん!?」

北山が追いかけようとしたが
ポケットのピッチがなる。

北山は舌打ちをしながら
ピッチを見ると所沢からだった。

『ど、どうしよう!!村田が居なくなった!』

「ハァ!?今 僕も綾瀬ちゃんとはぐれたんだけど」

北山と所沢がやり取りしている時
一際 大きな雷鳴がなり
一瞬にして施設内は暗闇に落とされた。



「きゃぁ!!」

雷鳴に驚いた綾瀬は
その場にしゃがみ込み耳を塞ぐ。
その拍子に 手にしていた懐中電灯を落としてしまい
壊れたのか光を灯さなくなってしまった。

(どうしよう...勝手に動いてこれじゃ
迷惑かけまくりだよ...)

綾瀬は涙ぐみながら その場から
動けずに居た。

そんな時 足音が聞こえた。

「...北山...さん?」

綾瀬は北山だろうと思い
名を呼んでみた。
が、足音の主は返事をしない。

(え...北山さんじゃないの...?)

綾瀬は怖くなり 小刻みに震え出す。

「...紀花ちゃん」

綾瀬は驚きの余り声も出ない。

所沢と反対側へ行ったはずの
村田が今 目の前に居る。

真っ暗な闇の中
村田の荒い息遣いだけが
聞こえているような気がする。

村田はゆっくりと綾瀬へ手を伸ばす。

「!!!!」

綾瀬は声にならない悲鳴をあげた。



「神原!非常電源は!?」

ステーションに戻った北山と所沢は
配電室に居る神原を怒鳴りつけていた。

「早くしなさいよ!」

『わ、わかってますよぉー』



配電室の神原は慌てながらも
配電盤を確認していく。

「あ、ありましたよ!
着けます!」

神原はそう言いながら
落雷によって落ちたブレーカーを上げた。


その瞬間
パッと微灯と足元ランプが着き
いつもの夜勤風景にもどった。


「...そこまでだ」

その声に綾瀬を押し倒して
馬乗りになっていた村田は身体を竦ませる。

「な、なんで!?」

ゆっくりと振り返った村田の声は裏返る。

そこには大輝の姿があったからだ。

ぎゅっと目を瞑っていた綾瀬も
パッと目を開き大輝の姿を探した。

「お前死ぬ覚悟できてるんだろうな?」

底冷えするほど怒気を含んだ
大輝の声に村田の顔は引き攣った。

綾瀬の上に馬乗りになり
ズボンは半分下げた村田と
洋服は乱れズボンを
引きずり下ろされそうに
なっている綾瀬を
交互に見た大輝は
それ以上言葉を発する事なく
村田の頭を鷲掴み引き剥がす。

そしてそのまま殴りつけた。

勢いよく村田は吹き飛ぶ。
そんな村田にゆっくりと大輝は近づき
さらに殴りつけた。


「おい!五十嵐 落ち着け!!」

ステーションから駆けつけた
北山と所沢。

所沢は綾瀬に駆け寄り
手にしていたブランケットをかけた。

北山は大輝を村田から引き離し
なんとか事を収めようとする。

「落ち着けって!」

北山の声にやっと大輝も
振り上げた拳を下ろした。

配電室から駆けつけた神原は
村田を押さえつけた。

「とりあえず...
村田の件は僕と所沢で処理する。
神原はステーション待機。
綾瀬ちゃんの事は...五十嵐 任せるよ」

北山苦虫をかみ潰す様な顔で
事態の処理に頭を働かせる。

北山に引き立てられて村田は
ズルズルと連行される。
その後を所沢と神原は着いて行った。

大輝はかけられたブランケットを握りしめ
震えている綾瀬に近寄り膝まづく。

「...大丈夫か?」

その言葉に綾瀬は
せきを切った様に
泣き出した。

「...五十...嵐さん...怖か...った...」

泣きながら途切れ途切れに
話す綾瀬をぎゅうっと
優しく抱きしめた大輝。

「...無事で良かった
お前にまで何かあったら
俺は...もう 笑うことさえ
できなくなる所だった...」

「...ヒック.....」

抱きしめていた綾瀬から
少しだけ身体を離して
愛おしいそうに見つめる大輝を
涙が溢れる瞳で綾瀬は見つめた。

「綾瀬...俺はお前が好きだ」

「...ッ...ほんと...です...か」

「あぁ...」

「...わた...しもっ...好き」

綾瀬は何とか言葉にすると
大輝に抱きついた。

大輝は綾瀬を抱きしめ返す。

それだけで 充分すぎる程
2人は幸せだった。



数日後
村田はクビになり
事情を考慮され
休みになっていた綾瀬は
職場に復帰した。

「おはようございます。大輝さん」

朝から職員入口で
大輝にあった綾瀬は満面の笑顔を見せた。

「おはよう」

それに大輝は 数年前に見せた笑顔で
綾瀬に応える。

そして今日も 忙しい日が始まった。

                                                          END
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