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麗奈、スキルをもらう

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「どんなスキルをいただけるんですか?」


 話が長くなると思ったのか、神様は私を抱き上げて、ひじ掛けのついた大きな椅子に腰かけた。
 今まで神様以外に誰も私を膝に抱いてくれたことなどなかったから、まだこの態勢になれることができなくて、体が強張ってしまう。
 神様はすぐにそれに気づいて、優しく胸に抱き寄せてくれた。


「姿替えというちょっと珍しいスキルがあるんだ。そのスキルの持ち主は、まったく別の姿に変わることができるんだよ。人種や性別すら変えられるスキルだから、このスキルがあれば、君の正体がばれることは絶対にない」


 まったくの別人になれるのは、すごく嬉しい。
 私は母親そっくりの顔も、170センチという女性にしては高めの身長も嫌いだった。
 男の人になりたいと思ったことはないけど、勇翔の目を誤魔化すためには、男の姿というのは便利かもしれない。男として生きていくのは無理だから、せっかく別人になれるのに、一時的にしか使えない姿を作るのはもったいないかもしれないけれど。
 でも、勇翔から逃げ出すのが最重要事項だから、もったいないとか言ってられない。


「さすがに身長2メートル、筋骨隆々な獣人に姿を変えたりはできないけどね。元の姿とあまりにもかけ離れた姿にはなれないし、登録できるのは本来の姿の他に二つまで。その代わり、魔力パターンの違う完全な別人になれるし、それぞれが持つアイテムボックスは共有できるよ」


 さすがにいろいろと制限があるようだ。
 でも下手な変装をするよりもずっといいし、正体を知られずに出歩くには便利なスキルだと思う。


「魔力パターンとかアイテムボックスって何ですか?」


 初めて聞く言葉が出てきたので、わからないことは素直に聞いておく。
 これから生きる世界の知識だから、少しでも増やしていかなければならない。


「魔力パターンは、それぞれが持つ魔力の文様みたいなものだよ。指紋と同じで、一つとして同じものはないんだ。だから、魔力パターンが違うということは、全くの別人ということになる。アイテムボックスは、あちらでは誰もが持つ異空間に物を収納するスキルだよ。ただし、容量は人によって様々で、君に分かりやすいようにいうと、平均的な人族で、段ボール2~3箱分の容量かな」


 段ボール2~3箱分でも、常に荷物を持ち歩けるのならとても便利そうだ。
 かさばるものや重たいものを買いに行くのに便利だし、貴重品を盗られる心配もなくていいと思う。


「スキルは使えば使うほど育つから、魔力が少ない獣人族でも、稀に大きなアイテムボックスを持つ人がいるよ。生き物や所有権がないものは入れられないし、内部の時間経過も人によって様々だから、アイテムボックスと同じ機能を持ったアイテムバッグも使われてるんだ。魔力が多ければ多いほど、アイテムボックスの容量が増えるというのは知られているから、魔力を増やす努力をする人も多いよ。そういった研究をしたのも、過去の勇者たちなんだ」


 過去の勇者たちが世界に与えた影響はかなり大きいみたいだから、勇者である勇翔の言葉は周囲に受け入れられやすいだろう。
 その勇翔が私のことを婚約者だと言い張るのなら、私は言動に気を付けなければ、大きなトラブルを招き寄せるかもしれない。
 それにしても、勇翔より前に召喚された勇者たちって、みんな優秀過ぎる。
 慣れない異世界で魔王を封印するだけでも大変だったに違いないのに、スキルの研究をしたり列車を作ったり、精力的に活動していたんだなと感心してしまう。


「あちらで一番魔力の多い種族はエルフだから、姿替えの登録の一つはエルフにするとアイテムボックスの容量が増えるよ。登録二つ分と君の分で、3人分のアイテムボックスを足しただけの容量があるけど、多い方が何かと便利だからね」


 エルフと言われて思い浮かぶのは、古いファンタジー小説に出てくる弓を持った美麗な男性だ。
 でも、私の知識にあるのと同じような種族なのだろうか?
 変な先入観を持っていると失敗しそうだから、あちらの世界の知識が欲しい。
 私の不安を感じ取ったのか、神様が私の額にそっと額を合わせてきた。


「目を閉じて。種族ごとの一般常識程度の知識を渡すから。これがあれば、一人で出歩いてもあまり苦労はしないはずだよ」


 言われるがままに目を閉じると、たくさんの知識が頭に流れ込んでくるのを感じた。
 知識の奔流に耐え切れずに意識が遠のきそうになるけれど、神様がしっかりと支えてくれたから何とか堪えることができた。
 鈍く頭が痛んで、冷や汗が出てくる。
 乱れた忙しない呼吸を繰り返していると、宥めるように優しく背中を撫でられて、ゆっくりと息をついた。


「辛かったね。でもこれで、どの種族で登録しても、必要な知識が浮かんでくるから。君の年齢ならば知っていて当然の常識も入れておいたよ」


 汗ばんでいた体が、急にすっきりとする。
 神様が生活魔法のリフレッシュをかけてくれたのだと、知識を与えられたおかげで理解できた。
 生活魔法で体を綺麗にするだけならば、クリーンという魔法もあるけれど、リフレッシュだと、少しだけど気力や体力まで回復するみたいだ。
 火をつけたり水を出したりと、生活魔法にも色々とあるけれど、どの程度使えるかは人それぞれで、リフレッシュは生活魔法の中では魔力消費が多く、使える人も少ないようだ。


「ありがとうございます。魔法って、私も使えますか?」


 生活魔法に関しては、使えるようにならなければ苦労することになると、与えられた知識が教えてくれる。
 あちらの世界の人は、トイレに行くたびに、自分でクリーンをかけるものなのだ。
 生活魔法が全く使えない人はいないから、あちらのトイレにトイレットペーパーのようなものは一切ない。
 王族や貴族階級、それから冒険者の中には、トイレに行かなくて済むように浄化玉というものを使っている人も多いらしい。
 これは、ダンジョンなどに長期間籠る時にトイレに行かなくても済むようにと開発されたもので、発案者は初代勇者だそうだ。
 不要な老廃物がすべて消えてしまうという特性から、ダイエット効果を目的に使用する貴族女性も多く、浄化玉を簡単に挿入するための器具も開発されている。
 豊かな生活を送る階級がトイレと無縁の生活をしているので、安価な紙があってもトイレットペーパーの開発などは進まない。
 浄化玉はとても便利そうだけど、専用器具があったとしても自分で入れるのは怖いから、神様の力で自動的に入れてもらえないだろうか?
 今、浄化玉をいれることから逃れても、浄化玉は機能が果たせなくなると消えてなくなるみたいなので、いつかは自分で入れなくてはならなくなるのだけど。

 浄化玉を使用しない階級の人たちの間では、赤ちゃんのオムツですら、汚れるたびに生活魔法できれいにして、つけっぱなしで洗濯などはしないらしい。
 洗濯をすると服が傷むからと、平民はずっと同じ服を着ているのが普通のことのようだ。
 同じ平民でも富裕層は毎日服を着替えるけれど、魔法が使える使用人がいるので、生活魔法では落ちないような汚れの時しか洗濯しない。
 生活魔法では落とせない汚れ専門の洗濯業者がいるようで、そういった業者は過去の勇者の知識から、クリーニング屋と呼ばれている。
 でも大抵の場合、クリーニングに出してまで着られるようにするよりも、新しいものに買い替えてしまうらしい。
 だから、あちらのクリーニング屋さんは衣服のクリーニングだけでは商売が成り立たないので、冒険者の防具や絵画や彫刻などの美術品、時には建物や塀のクリーニングもするようだ。
 

「もちろん魔法も使えるよ。だけど、その姿の時は、生活魔法以外は使えない方がいいかもしれないね。そうでないと、あの勇者がダンジョンの中に君を連れて行こうとするはずだから。攻撃魔法も支援魔法も回復魔法も、勇者が帰還してから覚えるといい。それまで、魔法の素質は封印しておこう。何の力もないと思わせた方がいいから、スキルも料理と姿替え以外は封印しておくよ」


 神様の言う通り、攻撃できなくても回復魔法などが使えたら、勇翔は私をダンジョンに同行させるだろう。
 でも、魔物と戦わなくてはならないダンジョンに行くのは嫌だし、勇翔とはできるだけ別行動したい。
 魔法の素質がないともなれば侮られるかもしれないけれど、あの国では利用価値があると知られるのも危険そうなので、封印してもらえる方がありがたい。
 ティーブレンダーのスキルは使ってみたかったけど、まずは勇翔から逃げ切って自由を確保したい。


「浄化玉は、数年はもつ物を入れといてあげる。僕の作った特別製だから、初めてでも違和感はないはずだよ。効果が切れるときも、数日前に知らせてくれるからね」


 耳元でこっそりと囁くように付け足されて、ほんの少し恥ずかしくなってしまいながらも安堵の息をついた。
 だって、座薬でさえ抵抗があるのに、きっとそれよりも大きいに違いない器具を使うのは怖い。
 問題を数年後に先延ばしにしただけの気もするけれど、多分、その頃には少し世慣れて、心理的抵抗も少なくなっているはず。


「登録した別の姿の時には、魔法が使えるようにしておくよ。エルフは魔法に長けた種族だから、魔法が使えないのは珍しくて目立ってしまうからね」


 私が恥ずかしがっていることに気づいてくれたのか、神様が話を元に戻してくれた。
 神様の中で、エルフで登録するのは確定らしい。
 異論はないから問題はないのだけど。
 それより、エルフの他にもう一つ登録できるから、そちらの種族を何にするか悩んでしまう。
 できるなら、大嫌いな今の姿ではなく、違う姿で生きていきたい。
 それならば、あまり違和感のない種族で登録しておきたいけど、人族以外の種族のほうが勇翔にはばれにくいだろうか。


「もう一つの姿は、背を小さくしたいのなら、兎人族はどうだろう? 大体、今の身長と10センチくらいの誤差で姿を登録できるから、兎人族なら、小柄になれるよ。あの種族の場合、耳の先までが身長に含まれるから」


 兎の耳って、20センチくらい?
 150センチなら小柄で可愛いかもしれないけど、兎の耳って、バニーガールのイメージがあって、自分に似合うのか不安になってしまう。
 でも全くの別人だから、顔も違うし、何とでもなるのかな?


「神様が、登録する姿を作ってくださいますか? 兎人族の女性とエルフの男性で登録したいです」


 自分で容姿を決められるとなると悩んでしまいそうだから、神様に丸投げすることにした。
 背を小さくしたいという願望は、口にしなくても伝わっていたから、私が嫌だと思うような姿を神様が作ることは絶対にないだろうと、信じて任せることができた。
 

「任せて! 別人に見えるように作るし、それぞれの姿で身分証も用意しておくからね。身分証はどちらも自由度の高い冒険者ギルドのカードになるけど、出身国も登録時期もばらばらにしておくから、安心していいよ」


 神様の力で身分証まで用意してもらえるのなら、違和感なくあちらに溶け込むことができるだろう。
 冒険者ギルドのカードは、世界中のどこでも使える信用のある身分証で、商業ギルドなどと共通で使うことができるから、冒険者ギルドに登録してるからといって、魔物と戦わないといけないわけではない。
 調教師や吟遊詩人など、冒険者ギルドに登録しているけれど戦闘とは無縁な職種もあるらしい。
 街と街を繋ぐ安全な列車ができたことで、戦闘能力がなくても旅ができるようになったから、初代勇者の頃と比べると職種が増えているようだ。
 神様に知識を与えられたことで、直接教えられたわけでもないのにこれだけの知識が浮かんでくるのだから凄い。
 例え一人で生きることになっても、常識を知らずに苦労することはなさそうだ。
 できるなら、安全な場所で目立つことなく平和に暮らしていきたい。
 だから、魔物と戦う機会などなければいいと思う。


「あまり一度にたくさんの知識を与えると、脳の負担が大きいから、レベルが上がるにつれ、段階的に知識を得られるようにしてあるよ。勇者とリンクしておいたから、勇者が戦えば君のレベルも自動的に上がるようになってる。だから、勇者を適当におだてて戦わせれば、その分君も強くなる。勇者には取得経験値2倍のスキルを密かに与えておいたから、周囲が違和感を感じるほど成長が遅れることはないし、安心していいからね」


 勇翔が帰還するまでは、自動的に私のレベルも上がるようになったらしい。
 一方的に搾取するようで申し訳ない気もするけれど、神様のスキルのおかげで勇翔のレベルが上がり辛くなるわけでもないから、気にしないでもいいのかな。
 鑑定されたときや冒険者ギルドのカードなどに表示されるのは、名前や年齢くらいなので、レベルまで知られることはないから、私のレベルが急激に上がっていても誰もそれに気づくことはない。
 

「まだまだ教えたいことはたくさんあるけれど、そろそろタイムリミットだ。僕が必要だと思った物をいくつか与えてあるけれど、妖精の鍵も含めて、フルクバルトでは所持していることをできるだけ知られないようにね? 利用価値のない普通の少女だと思わせた方がいいから。王妃と本神殿の神官長には、神託で君を守るように伝えてある」


 神様とお別れなのだと思うと、不安が押し寄せてきた。
 このまま、神様のそばにいられたらいいのに。
 外は怖いし、未知の世界はもっと怖い。
 言葉にならないまま神様の胸に縋りつくと、きつく抱きしめられた。


「妖精の鍵を使って、別の空間に入ることで時間稼ぎをしたけれど、これ以上、体から魂が離れた状態だと、体がもたなくなってしまう。神界で人は生きられないんだ。人には人の生きるべき場所がある。だから、勇気を出していっておいで。幸せになるんだ、麗奈」


 初めて、神様に名前を呼ばれた。
 優しくて温かい声で励まされて、不安な気持ちは淡雪のように消えていく。
 

「幸せに、なりたいです……精一杯生き抜きますから、見ていてくださいますか?」


 私を縛り付けるものが何もない世界なら、自由でいられる。
 この優しい神様が統べる世界で、精一杯生きていきたい。


「ずっと見守ってる。僕の愛しい子の人生に、幸多からんことを」


 額に祝福のキスを落とされた瞬間、眩しく温かな光に包まれた。
 眩しさのあまり閉じていた目を開ければ、そこは見知らぬ部屋で、天蓋のついた大きなベッドに私は寝かされていたのだった。


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