28 / 541
第一部
第三話 姫君を喰う話(9)
しおりを挟む
群衆は阿鼻叫喚を上げ、逃げ惑っていた。
「ボクは姫君との約束を守ってキンスキーとやらを喰った。もちろん、死ぬまである程度息が続くようにはしてやった。苦しませてあげなきゃいけないからね。それから、わざと捕まった。君たちを食べるためだ」
大蟻喰は手を空に向けて広げ、
「血の雨よ、降れ! 『貪食』!」
小さい身体の腹部が突き破られるほど膨張し、巨大な口――並び立つ凄まじく尖った歯を持つ肉塊がうねりながら、群衆へ襲いかかった。
大蛇のように動きで逃げ惑う群衆をあますことなく噛みちぎり、飲み込んでいく肉塊。
骨が砕け、髄が散り、処刑を見に訪れた者は結局自らも処刑される側となっていたのだった。
だが、大蟻喰は視線をルナとズデンカに移した。既にだいぶ群衆から身を引き離して、まろび落ちた臓物の海の中で冷ややかに立っている。
「ルナ! ルナ・ペルッツ!」
大蟻喰は嬉々として叫んだ。
「やっぱり、キミが来たんだね!」
轟音と共に己の身内に肉塊を引っ込めると、大蟻食はルナ目掛けて凄いスピードですっ飛んでいった。
「ボクはルナの大脳が食べたい。小脳が食べたい。延髄が食べたい。脊髄が食べたい。食道が横隔膜が心臓が肺臓が肝臓が脾臓が胆嚢が腎臓が十二指腸が結腸が大腸が小腸が虫垂が膀胱が卵巣が子宮が膣が食べたい。キミの全てを食べて、食べ尽くして一緒にならならなきゃならないんだ!」
そうやってよだれを垂らしながらルナに囓り付こうとするところを強烈な殴打の一撃がはじき飛ばした。
「気色悪りぃんだよ!」
ズデンカだった。
「わたしは君に食べられてもいいよ。でも、今はだめだ。他にすることがあるから」
ルナは相変わらずだった。
「お前までなんなんだよ。おい、こいつ知ってるのかよ」
ズデンカは焦った。
「うーん、すぐには出て来ない、かな」
ルナは首をひねった。
「この姿じゃ覚えてないかもね。でも……」
ゆらゆらと立ち上がったかと思うと、大蟻食は再び跳躍して、ルナの元へ近づいた。
それを押さえようと遮るズデンカ。
「食べちゃえばそんなの関係ない!」
大蟻喰は勢いよく手刀をズデンカの額へ突き立てた。
「脳を食べさせてよぉ!」
しかし、血は流れない。ズデンカは冷ややかにニヤリと笑った。
「脳が……ない……?」
大蟻喰は微かに驚いたように見えた。その腹へ思い切りズデンカの回し蹴りが入り、地面へたたき伏せられる。
「あたしは吸血鬼でね。脳味噌はとっくの昔に腐れ落ちて、痛みすら感じねえよ」
額にぽっかり空いた暗い傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「ヴルダラク……知能が低い僻地の不死者かぁ」
血の混じった唾を吐き、大蟻喰はうそぶいた。
「ルナに触れんじゃねえ!」
「やーだよ」
靴で大蟻喰の顔を蹴りつけるズデンカ。相手はその足を掴んで握りつぶそうとした。
力と力のぶつかり合い。どちらもが物凄い力で押している。
ややあって二名は柘榴が弾けるように左右に分かれた。
再び、激しい勢いでぶつかり合う。
ズデンカと優に二倍近くの身長差があったが、大蟻喰は軽々と跳ね回り、蹴りや手刀を腕に何度も叩き込んだ。
激しい勢いで斬られてもズデンカはすぐに再生していく。
「キミ、よっぽど、ルナが好きなんだねぇ……ムカツク!」
大蟻喰の声に少し怒りが混じった。
「てめえはイカれてるよ」
ズデンカは大蟻喰の打撃を受け止めながら叫んだ。
ルナはそれを冷ややかに見ながらパイプを取り出して煙草を詰め火を点した。
「幻解」
ルナが次々と吐き出す煙が、あたりを覆い尽くした。
「ああ、ルナの幻想だぁ……」
大蟻喰はうっとりとした顔をした。
煙はやがて一つのかたちになっていった。それは先ほど大蟻喰が己の腹の中から引き出した、肉塊と同じかたちをしていた。
「まだ、まき散らされた脳の一つが生きていたらしい。最後に見た光景を再現出来たようだ」
ルナは平然としていた。ズデンカは大蟻食から離れて、それを急いで横抱きにして走り出した。
肉塊は大蟻食へと雪崩懸かっていく。
「しけたげんそーにむくいあれー」
自分の腕の中でへらへらと半笑いで決まり文句を唱えるルナをズデンカは渋い顔で見つめていた。
「ボクは姫君との約束を守ってキンスキーとやらを喰った。もちろん、死ぬまである程度息が続くようにはしてやった。苦しませてあげなきゃいけないからね。それから、わざと捕まった。君たちを食べるためだ」
大蟻喰は手を空に向けて広げ、
「血の雨よ、降れ! 『貪食』!」
小さい身体の腹部が突き破られるほど膨張し、巨大な口――並び立つ凄まじく尖った歯を持つ肉塊がうねりながら、群衆へ襲いかかった。
大蛇のように動きで逃げ惑う群衆をあますことなく噛みちぎり、飲み込んでいく肉塊。
骨が砕け、髄が散り、処刑を見に訪れた者は結局自らも処刑される側となっていたのだった。
だが、大蟻喰は視線をルナとズデンカに移した。既にだいぶ群衆から身を引き離して、まろび落ちた臓物の海の中で冷ややかに立っている。
「ルナ! ルナ・ペルッツ!」
大蟻喰は嬉々として叫んだ。
「やっぱり、キミが来たんだね!」
轟音と共に己の身内に肉塊を引っ込めると、大蟻食はルナ目掛けて凄いスピードですっ飛んでいった。
「ボクはルナの大脳が食べたい。小脳が食べたい。延髄が食べたい。脊髄が食べたい。食道が横隔膜が心臓が肺臓が肝臓が脾臓が胆嚢が腎臓が十二指腸が結腸が大腸が小腸が虫垂が膀胱が卵巣が子宮が膣が食べたい。キミの全てを食べて、食べ尽くして一緒にならならなきゃならないんだ!」
そうやってよだれを垂らしながらルナに囓り付こうとするところを強烈な殴打の一撃がはじき飛ばした。
「気色悪りぃんだよ!」
ズデンカだった。
「わたしは君に食べられてもいいよ。でも、今はだめだ。他にすることがあるから」
ルナは相変わらずだった。
「お前までなんなんだよ。おい、こいつ知ってるのかよ」
ズデンカは焦った。
「うーん、すぐには出て来ない、かな」
ルナは首をひねった。
「この姿じゃ覚えてないかもね。でも……」
ゆらゆらと立ち上がったかと思うと、大蟻食は再び跳躍して、ルナの元へ近づいた。
それを押さえようと遮るズデンカ。
「食べちゃえばそんなの関係ない!」
大蟻喰は勢いよく手刀をズデンカの額へ突き立てた。
「脳を食べさせてよぉ!」
しかし、血は流れない。ズデンカは冷ややかにニヤリと笑った。
「脳が……ない……?」
大蟻喰は微かに驚いたように見えた。その腹へ思い切りズデンカの回し蹴りが入り、地面へたたき伏せられる。
「あたしは吸血鬼でね。脳味噌はとっくの昔に腐れ落ちて、痛みすら感じねえよ」
額にぽっかり空いた暗い傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「ヴルダラク……知能が低い僻地の不死者かぁ」
血の混じった唾を吐き、大蟻喰はうそぶいた。
「ルナに触れんじゃねえ!」
「やーだよ」
靴で大蟻喰の顔を蹴りつけるズデンカ。相手はその足を掴んで握りつぶそうとした。
力と力のぶつかり合い。どちらもが物凄い力で押している。
ややあって二名は柘榴が弾けるように左右に分かれた。
再び、激しい勢いでぶつかり合う。
ズデンカと優に二倍近くの身長差があったが、大蟻喰は軽々と跳ね回り、蹴りや手刀を腕に何度も叩き込んだ。
激しい勢いで斬られてもズデンカはすぐに再生していく。
「キミ、よっぽど、ルナが好きなんだねぇ……ムカツク!」
大蟻喰の声に少し怒りが混じった。
「てめえはイカれてるよ」
ズデンカは大蟻喰の打撃を受け止めながら叫んだ。
ルナはそれを冷ややかに見ながらパイプを取り出して煙草を詰め火を点した。
「幻解」
ルナが次々と吐き出す煙が、あたりを覆い尽くした。
「ああ、ルナの幻想だぁ……」
大蟻喰はうっとりとした顔をした。
煙はやがて一つのかたちになっていった。それは先ほど大蟻喰が己の腹の中から引き出した、肉塊と同じかたちをしていた。
「まだ、まき散らされた脳の一つが生きていたらしい。最後に見た光景を再現出来たようだ」
ルナは平然としていた。ズデンカは大蟻食から離れて、それを急いで横抱きにして走り出した。
肉塊は大蟻食へと雪崩懸かっていく。
「しけたげんそーにむくいあれー」
自分の腕の中でへらへらと半笑いで決まり文句を唱えるルナをズデンカは渋い顔で見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる