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第一部

第十一話 詐欺師の楽園(16)

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 目が覚めると、実験室の寝台の上にいた。

 わたしは隣を見た。

 すると、いるはずの存在がいなかった。繋げられた半身が消えていたんだ。

 脇腹には皮膚が抉れた痕が――君も見たことがあるだろうけど、今も残る痕が出来ていた。

「ビビッシェ!」

 わたしはまず声を上げていた。毛布をはねのける。

 すると駆け寄ってきた誰かに強く抱きしめられた。

 ステラだった。

「ビビッシェ! ビビッシェはどこへいったの?」

「気にするな! 気にするな!」

 ステラは怒鳴っていた。

 わたしを気にして言ってくれていたんだって、今ならわかるよ。

 ふふふ、照れなくていい。

 わたしは次第に気を失う前に起こったことを思い出していった。

 震えが止まらなくなった。目の前にハウザーがまた現れたらと思うと怖くて仕方がない。

 ステラに話を聞くと、わたしは手術を受けてから十日近く眠っていたらしい。

 よほど疲れていたのか、自分が起こした奇跡的な力にはそれほどの代償が必要なのか。わたしは色々考えてみたけど、その時は答えがでなかった。

 相変わらずお腹は減った。どんな時でも空いちゃうよね。

 どっさりとはいかなかったけど、ステラが集めてくれたパンや作ってくれたスープをたくさんお腹の中に放り込んださ。

 だけど、また実験室の鎧戸がノックされた。

 ハウザーがやってきたんだ。

 有無を言わず扉は開かれる。

 わたしは即座に視線を逸らした。もうなにも話したくない。

「ビビッシェがどうなったか知りたいんだろう」

 ハウザーはわたしが思っていることを先回りしてきた。

「だって君の双子の妹だもんね。つい最近まで『繋がって』いた」

 わたしは何も答えなかった。

「用済みになった。だから、切り離した。君はある種の力を持っていたが、彼女には欠片もなかった。不要だ」

 黙っていたが、わたしは手を握りしめていた。そこになぜか力が籠もった。

「繋いでみて思ったがやっぱり、別々の人間を双子にするのは無理がある。いかさまの類いだ。処分するしかないね」

「……」
「十日間、じっくり君の身体を調べさせて貰った。それで分かったんだが」

 思わずわたしは寝台から身を起こしていた。

 逃げだそうとしたんだ。

 でも、出来る訳がなかった。

 弱い力で肩を押さえられていた。身を振りほどけばすぐにでも離れられそうなくらい。

 でも。

 冷たいものを首筋に感じた。

「話はまだ終わってない」

 頸動脈へメスが突き出されていたのだ。少しでも動けば切れてしまう。

 わたしは唾を飲むことすら出来なかった。

 「君には幻想を実体化させる、不思議な力があるらしい。幻想って言ってもぼんやりしてるな。頭の中に思い付いたことを出現させられるって訳だ。ほんとうに、大した能力だ」

「……」

「調べなくちゃいけないことは、たくさん残っている」

 メスがおろされた。

 わたしはほっと息を吐いた。

「俺は、この能力を他の人間に移植できないかと考えているんだ。思念を武器に出来る。こんなに強いことがあるかい? 既に親衛部に特殊工作部隊を作っている。彼らにこの力を与えられたら、こんなに素晴らしいことはないだろう」

 ハウザーはなお後ろに振り向けないわたしの耳元で恍惚と言った。
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