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第一部
第十二話 肉腫(7)
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会話を聞いているだけで疲れたのか、フランツは部屋に戻るとすぐに眠りに落ちた。
ベッドに横になって毛布を被ると意識がなくなっていたのだ。緊張がゆるんだのだろうか。
眠りが浅くなった時、
「ねえ、起きてくださいよぉ。起きてったらぁ。こんな美女の誘いを断っていていいんですかぁ?」
甘ったるい声でオドラデクが耳元で話しかけてきた。
「もう夜の二時ですよぉ。通算九時間も眠っちゃってますよぉ」
襟元に手を掛けてくるのでフランツは空かさず振り払った。
「うるさい」
目を覚まして起きあがる。気分は爽快だった。
窓の外は真っ暗だ。
冬の夜風がしみじみと身に染みる。
オドラデクときたら、カーテンを閉める心遣いすらやった痕跡がない。
「なんとねえ、クローゼットの隙間から、寝息が聞こえるんですよぉ。ぼくぅ、怖くて眠れなぁい!」
両手で頬を押さえ、怯える振りをしながらオドラデクはガタガタと逃げ回った。
――あの母親の真似かよ。馬鹿らしい。
オドラデクは寝る必要がないのだ。
フランツはベッドから起き上がり、クローゼットに耳を当てた。宿に到着して以来、全く使っていなかったはずなのだが。
確かに寝息が聞こえてくる。
「おい、鞘の中に入れ。お前は武器らしくしろ」
フランツはクローゼットから離れ、鞘から空っぽの刀身を抜き放った。
「その必要はないみたいです」
オドラデクはクローゼットに近づき、フランツが止める暇もあらばこそ、一気に開けた。
中ではサロメが寝息を立てて眠っていた。背中の肉腫を板に押し付け、身を細めながら。
頬がこけ、涙が乾ききったその顔を哀れに思ったフランツは起こすのをやめることにした。
「寝かせてやる」
そう言ってサロメの身体を持ち上げ、ベッドに移した。大きな肉腫が間近に迫り、少しでも触って苦しめてしまったらと考えるとひやひやした。
幸い起きることはなく、サロメはうつぶせのまま枕に横たえられた。
「へえー、あなたがやるんですねえ」
オドラデクはふざけた声を上げた。
「仕方ないだろ」
フランツは頭を掻きながら言った。
「ぼくがやっても良かったのに。今、おっぱいだって付いてるんですよ?」
「やる気ないだろ」
サロメが起きるまでフランツは椅子に坐って本の残りを読んで過ごした。オドラデクも邪魔しようとはしてこなかった。
夜明け近くなって、サロメは目を覚ました。
「起きたか」
「はい」
サロメはうつぶせのまま言った。昼間とは違って、落ち着いているようにも見えた。
「どうやって逃げた?」
尋問するようにフランツは言った。
「ドアの後ろに隠れていました。母とあなた方が行ってしまった後に出てこの部屋へ忍び込んだんです。扉が開いたままでしたから。ちょうどクローゼットにも服が入ってなかったし」
「まあそうだろうな。そんなにしてまで、あの母親と離れたいか?」
出来るだけ冷酷にフランツは続けた。
「はい。さんざん話は聞かされたでしょう。母は私をどこまでも管理したいんです。いや、それだけじゃありません。生き続ける限り母は必ず私を哀れみの道具に使う。あなたにお願いしたいことは一つだけです」
「?」
首を曲げてこちらに向かって微笑み掛けるサロメを、フランツは見た。微笑みながら、その眼からは絶え間なく涙が滴っていた。
「私を、殺してください」
ベッドに横になって毛布を被ると意識がなくなっていたのだ。緊張がゆるんだのだろうか。
眠りが浅くなった時、
「ねえ、起きてくださいよぉ。起きてったらぁ。こんな美女の誘いを断っていていいんですかぁ?」
甘ったるい声でオドラデクが耳元で話しかけてきた。
「もう夜の二時ですよぉ。通算九時間も眠っちゃってますよぉ」
襟元に手を掛けてくるのでフランツは空かさず振り払った。
「うるさい」
目を覚まして起きあがる。気分は爽快だった。
窓の外は真っ暗だ。
冬の夜風がしみじみと身に染みる。
オドラデクときたら、カーテンを閉める心遣いすらやった痕跡がない。
「なんとねえ、クローゼットの隙間から、寝息が聞こえるんですよぉ。ぼくぅ、怖くて眠れなぁい!」
両手で頬を押さえ、怯える振りをしながらオドラデクはガタガタと逃げ回った。
――あの母親の真似かよ。馬鹿らしい。
オドラデクは寝る必要がないのだ。
フランツはベッドから起き上がり、クローゼットに耳を当てた。宿に到着して以来、全く使っていなかったはずなのだが。
確かに寝息が聞こえてくる。
「おい、鞘の中に入れ。お前は武器らしくしろ」
フランツはクローゼットから離れ、鞘から空っぽの刀身を抜き放った。
「その必要はないみたいです」
オドラデクはクローゼットに近づき、フランツが止める暇もあらばこそ、一気に開けた。
中ではサロメが寝息を立てて眠っていた。背中の肉腫を板に押し付け、身を細めながら。
頬がこけ、涙が乾ききったその顔を哀れに思ったフランツは起こすのをやめることにした。
「寝かせてやる」
そう言ってサロメの身体を持ち上げ、ベッドに移した。大きな肉腫が間近に迫り、少しでも触って苦しめてしまったらと考えるとひやひやした。
幸い起きることはなく、サロメはうつぶせのまま枕に横たえられた。
「へえー、あなたがやるんですねえ」
オドラデクはふざけた声を上げた。
「仕方ないだろ」
フランツは頭を掻きながら言った。
「ぼくがやっても良かったのに。今、おっぱいだって付いてるんですよ?」
「やる気ないだろ」
サロメが起きるまでフランツは椅子に坐って本の残りを読んで過ごした。オドラデクも邪魔しようとはしてこなかった。
夜明け近くなって、サロメは目を覚ました。
「起きたか」
「はい」
サロメはうつぶせのまま言った。昼間とは違って、落ち着いているようにも見えた。
「どうやって逃げた?」
尋問するようにフランツは言った。
「ドアの後ろに隠れていました。母とあなた方が行ってしまった後に出てこの部屋へ忍び込んだんです。扉が開いたままでしたから。ちょうどクローゼットにも服が入ってなかったし」
「まあそうだろうな。そんなにしてまで、あの母親と離れたいか?」
出来るだけ冷酷にフランツは続けた。
「はい。さんざん話は聞かされたでしょう。母は私をどこまでも管理したいんです。いや、それだけじゃありません。生き続ける限り母は必ず私を哀れみの道具に使う。あなたにお願いしたいことは一つだけです」
「?」
首を曲げてこちらに向かって微笑み掛けるサロメを、フランツは見た。微笑みながら、その眼からは絶え間なく涙が滴っていた。
「私を、殺してください」
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