月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十五話 隊商(2)

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 やがてドアがノックされる。

 開ければ、バルトルシャイティスが立っていた。傍にはカミーユが心配そうに控える。

「おや、ご迷惑でしたかな? お着替えが済むまで外で待っていましょうか」

 と気を遣ってくれた。

「いや、今すぐ訊きたいようだ」

 ズデンカは苦笑いを浮かべながら腕を組んだ。

「カミーユから聞いたのみですが、ペルッツさまは何かお話をお求めなのですかな。確かに小生も長く旅をしておりますから、幾つかは珍しいお話を披露することも出来ます」

「ほほほおおお! それは、それはぁ!さっそく、さっそくお話してくださいっ!」

 禁断症状のように手をブルブル動かしながらルナは叫んだ。

 急いで周りを見回し、先ほど投げ出した毛布の中を探るが、

「ない! ない! 君っ! 手帳と羽ペンがない! 出してぇ!」

 とわめき散らす。

「やれやれ」

 ズデンカはクローゼットに吊っていたルナの服を探り、鴉の羽ペンと古ぼけた手帳を取り出して、ルナへ手渡した。

「よしっ、じゃあ語ってくださいぃ! 今すぐにでもぉ!」

 ルナはバルトルシャイティスに縋り寄り、話を所望した。

「おいおい!」

 ズデンカはルナを無理に引き離した。

「そこまでお望みでした。わかりました。もう大分前のことになりますが……」

 バルトルシャイティスは語り始めた。

 
 三十年は前のことです。その頃小生は二十代の若者でした。今とは違って、髪の毛もふさふさ生えていましたよ。

 我々が住んでいる地域トルタニアから黒洋海を遙かに越えて、今のシエラレオーネ政府の所在地より南に下った国、マフフーズでサーカス団の一員として旅をしていたのです。

 今ならあそこまで遠い地域に行こうとは思いませんね。トルタニアを回っても十分にお金は稼げますから。

 当時の座長のヴァールブルクが変わり者でしてね。出来るだけ遠く離れた場所で稼げば名を成せると考えていたんです。

 結局、その思い上がりのせいで身を滅ぼしましたが。それは今回のお話とは何の関係もありませんで。

 興行の世界で生きていくコツを多く教えてもらったので、それは感謝しておりますが、正直弱い人間ですよ。

 でも小生も当時は若かったので、まあそう言うこともあるのかなと考えて、ヴァールブルクの言うことはほとんど全て鵜呑みにしていました。

 マフフーズなど、なかなか行ける場所ではないので、大喜びでした。

 結局小生を含むサーカス団員の給料が半年ばかりなしになって旅費に注ぎ込まれた、と言うわけですけどね。

 お金とはそういうものです。誰かが払わなければなりません。

 いえいえ、ここの宿泊費や薬代をペルッツさまにお願いするつもりはございませんのでご安心のほどを。

 マフフーズは見渡す限りの砂漠でした。

 ルナさまもご覧になられたでしょうか。

 ほほう。駱駝に乗ったこともおありで。なら話が早い。

 小生たちはそこを旅しました。お金がかかるため、駱駝にこそ乗りませんでしたが、一緒に旅をしている連中とは何人も行き合いましたよ。

 気分はどうだったか、ですか?

 最悪でしたよ。

「こんな酷い目に合うなら来るんじゃなかったよお」

 って終始ぼやいていました。

 進む度に靴に砂粒が入って、こそばゆくってなりませんでしたね。

 それも最初のうちで、だんだん足が重くなっていく。なので靴を脱いで大量の砂を掻きだしました。

「でも、一生に何度も見れるもんじゃないし、楽しんじゃいなよ」

 曲芸師のコレットはお気楽そうでした。小生より二三才上の姉のような存在で、密かに思いを寄せる相手でもありました。
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