月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
275 / 541
第一部

第二十六話 挾み撃ち(8)

しおりを挟む
「ず、ズデンカさん!」

 狼狽する声が聞こえた。

「ここだ」

 ズデンカは短く、しかし大きく答えた。そこに怯えの感情が入らないように注意していた。

 ここに至って、自分の感情を悟られてはいけないと思っていた。

「お嬢さん、ナイフ捌きはうまいようですが」

 何かを抜く音がした。

 身体に刺さったナイフを抜いたのだろうか。痛みすら感じさせないほど、筋力増強剤の効き目は強いのかもしれない。

 そこでズデンカは気付いた。

「逃げろ! 奴は投げ返すぞ」

 カミーユはナイフを避けられるだろうか。投げるのは得意としても、避けられるとは限らない。

 吸血鬼でない以上、カミーユは一撃で殺されてしまう可能性もある。

――あたしが不甲斐ないから、みんなを危険に追い込んでしまう。

 ズデンカは自分を責めた。

――丈夫なあたしがみんなの盾になるべきだったんだ。それ何になぜだあたしはルナに苛立ったりして。

 激しく何かがぶつかり合う音が聞こえた。目が塞がっているズデンカはそれを見ることが出来ない。

 「やあ」

 耳元で声がした。

 とても、優しい声が。

 ズデンカはビックリした。

 ルナだ。

 寄り添うように立っているらしく、背中に温もりを感じた。

「なんで……お前が……」

「君が戻らないから気になって探しに来たんだよ。まさか捕まえられていたとは思わなかったけど」

「こんなところにいたら死ぬぞ!」

 ズデンカは叫んだ。

「大丈夫だよ。わたしは別に君に守られるだけの存在じゃない」

 ズデンカの紫の雲で煙った視界が何かに蔽われた。

 ルナの掌だ。
 
 ズデンカは確信した。

 なぜだか、気恥ずかしくなった。

「はい、これで大丈夫」

 掌が退けられた。

 目の前の煙はすぐに晴れていた。

 ルナはズデンカより身長が低いので、背伸びしなければ手は届かない。

 だが、今ズデンカは縄で縛られて地面にへたり込んでいた。

 だから、ちょうど良い距離になった。

 額と額がくっつくほど、息が掛かるほど、ルナの顔が近くに見える。

「離れろ」

 ズデンカはぼそぼそと言った。

「なになに? 聞こえない」

 ルナは笑った。

「……離れろよ」

「ズデンカは息を吐いた」

「君、怒っていたでしょ」

 ルナは図星を突いた。

「何でわかったんだ」

「わかるさ。ずっと旅してるから」

「……ああ、怒ってたよ」

 ズデンカは自分に対して正直になることにした。

「どうして?」

「お前があまりにも暢気で、危機意識がないからだ」

「それは失敬」

 ルナはおどけて脱帽して見せた。

「でも、これがわたしの性分だから。変えようがないよ。でも、君を苛立たせたとしたら、申し訳ないとは思う」

「ククッ! それ、謝ってるのか」

 ズデンカは思わず笑った。

「そうだよ。それが何かー?」

 ルナは少しだけ苛立つ様子を見せた。 

「お前の謝罪とは珍しいもんを貰った。今回はそれで許してやる」

「もう、なんだよー!」

「ところで……」

 ズデンカはこの時初めて遠くを見た。視界は戻ったのに今まで話で注意がそれていた自分がまた情けなく思えた。

「縄を解いてくれ、このままじゃカミーユが!」

 だが。

「大丈夫。良く見てごらん。カミーユさんもちゃんと戦える」

 大柄なパニッツァは幾度も打撃を繰り出そうとするが、カミーユはすれすれで避けていた。

「ひっ、ひええっ」

 顔には汗が流れ、怯えているような様子も見せるが、身体はたくみに躱していた。

「君ばかりが背負わなくてもいいんだ」

 ルナは優しく言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...