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第一部
第二十八話 遠い女(3)
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「あたしは持ってねえな」
――ぬいぐるみなど、親から与えられたことすらない。
ズデンカは己の来し方を振り返った。
子供としては無愛想な方だった記憶がある。
だが人形遊びもしてみたかった。これは確実に覚えている。
でも、父からは与えられなかった。現代のように商業化されたぬいぐるみの製造は行われていなかったが、それでも手製のものを売っている行商はいたと記憶している。
しかし、父は頑なに買い与えなかった。沢山兄弟がいる中の腹違いの末娘だったため、大切に思われていなかったのだろう。
――ちっ、あいつのことはまだ、我慢ならねえ。
ズデンカは顔をしかめた。
「ズデンカさんもぬいぐるみを持ってみてはいかがですか。私、違う子を作ってみ酔うかなって思ってるんです!」
「そうか……なら、頼む」
ズデンカはそう言った後で悔いた。
自分でもぬいぐるみがどこまで欲しいのかよくわからなかったし、余計な労力をカミーユに掛けることにも繋がる。
だがニコニコ微笑んでいるカミーユの前では、撤回を切り出せなかった。
「ぬいぐるみとは。もう、子供じゃないのだから……」
アデーレは頬杖を突きながら退屈そうに外を見詰めて言った。
「そんなこと言わないでアデーレも本当は欲しいんでしょ、ね」
とルナはアデーレを見詰める。
「ル、ルナも欲しいのか、だったら」
アデーレはあからさまに焦って身を乗り出す。
「わたしは欲しくなったら、その時は店舗で買い求めるよ」
暗にカミーユを気遣っているのか、自分も作ってと言わないルナにズデンカは苛立った。
――これじゃあ、あたしだけが作ってくれって頼んだみてえじゃねえかよ。
ズデンカは居心地が悪くなった。
ちらちらと何度も視線を送っても、カミーユは笑顔を崩さない。
――純粋に喜んでくれているならいいか。
そうこうするうちに兵士がやってきて窓越しにアデーレに耳打ちすると、
「少し用事がある」
と立ち上がって出ていった。
「ところで、カミーユさんはナイフを投げるのが実にお上手ですね」
ルナは話題を変えた。
カミーユは先ほど元スワスティカの残党と交戦した際に見事なナイフ捌きを見せていた。
「ええっ、そんなことありませんよ!」
「お分かりだと思いますが、スワスティカの残党による今回の襲撃はわたしを狙ったものです。あなたを巻き込んでしまうことになりました。申し訳ない」
とルナはぺこんと頭を下げた。
「いえいえ、旅に付いていく以上、私も覚悟はしています!」
と言うカミーユの膝をズデンカが見るとガタガタと震えていた。
覚悟というのは、死の覚悟の意味だろう。
ネルダの国境を越えたら、三人だけで旅を続けなければならない。
ズデンカはルナと雇用関係にあるが、カミーユはサーカス団の座長バルトルシャイティスに言われて付いてきただけなのだ。
命を捨てなければならない理由など、何一つない。
幾ら身体能力に長けていても、不死者のズデンカや幻想を実体化出来るルナと比べて、カミーユは己を守る術が少ない。
ズデンカは厄介者と考えるには恩を受けすぎていた。
これはおそらくルナも変わらないだろう。
だから、今のようなことを言ったのだ。
カミーユとの距離は、いまだに遠く感じられた。
――ぬいぐるみなど、親から与えられたことすらない。
ズデンカは己の来し方を振り返った。
子供としては無愛想な方だった記憶がある。
だが人形遊びもしてみたかった。これは確実に覚えている。
でも、父からは与えられなかった。現代のように商業化されたぬいぐるみの製造は行われていなかったが、それでも手製のものを売っている行商はいたと記憶している。
しかし、父は頑なに買い与えなかった。沢山兄弟がいる中の腹違いの末娘だったため、大切に思われていなかったのだろう。
――ちっ、あいつのことはまだ、我慢ならねえ。
ズデンカは顔をしかめた。
「ズデンカさんもぬいぐるみを持ってみてはいかがですか。私、違う子を作ってみ酔うかなって思ってるんです!」
「そうか……なら、頼む」
ズデンカはそう言った後で悔いた。
自分でもぬいぐるみがどこまで欲しいのかよくわからなかったし、余計な労力をカミーユに掛けることにも繋がる。
だがニコニコ微笑んでいるカミーユの前では、撤回を切り出せなかった。
「ぬいぐるみとは。もう、子供じゃないのだから……」
アデーレは頬杖を突きながら退屈そうに外を見詰めて言った。
「そんなこと言わないでアデーレも本当は欲しいんでしょ、ね」
とルナはアデーレを見詰める。
「ル、ルナも欲しいのか、だったら」
アデーレはあからさまに焦って身を乗り出す。
「わたしは欲しくなったら、その時は店舗で買い求めるよ」
暗にカミーユを気遣っているのか、自分も作ってと言わないルナにズデンカは苛立った。
――これじゃあ、あたしだけが作ってくれって頼んだみてえじゃねえかよ。
ズデンカは居心地が悪くなった。
ちらちらと何度も視線を送っても、カミーユは笑顔を崩さない。
――純粋に喜んでくれているならいいか。
そうこうするうちに兵士がやってきて窓越しにアデーレに耳打ちすると、
「少し用事がある」
と立ち上がって出ていった。
「ところで、カミーユさんはナイフを投げるのが実にお上手ですね」
ルナは話題を変えた。
カミーユは先ほど元スワスティカの残党と交戦した際に見事なナイフ捌きを見せていた。
「ええっ、そんなことありませんよ!」
「お分かりだと思いますが、スワスティカの残党による今回の襲撃はわたしを狙ったものです。あなたを巻き込んでしまうことになりました。申し訳ない」
とルナはぺこんと頭を下げた。
「いえいえ、旅に付いていく以上、私も覚悟はしています!」
と言うカミーユの膝をズデンカが見るとガタガタと震えていた。
覚悟というのは、死の覚悟の意味だろう。
ネルダの国境を越えたら、三人だけで旅を続けなければならない。
ズデンカはルナと雇用関係にあるが、カミーユはサーカス団の座長バルトルシャイティスに言われて付いてきただけなのだ。
命を捨てなければならない理由など、何一つない。
幾ら身体能力に長けていても、不死者のズデンカや幻想を実体化出来るルナと比べて、カミーユは己を守る術が少ない。
ズデンカは厄介者と考えるには恩を受けすぎていた。
これはおそらくルナも変わらないだろう。
だから、今のようなことを言ったのだ。
カミーユとの距離は、いまだに遠く感じられた。
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