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第一部
第三十話 蟻!蟻!(1)
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――ネルダ共和国中部都市クンデラ付近
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツ一行は馬車に揺られてネルダ共和国の要衝とも言われる大都市クンデラ近くまでやってきていた。
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカの故郷であるゴルダヴァに到る鉄道が開かれているので向かうことにしたのだった。
オルランド国の兵士たちにラミュの国境付近まで運んで貰った馬車に、今ルナとナイフ投げカミーユ・ボレルが二人で乗っている。
しかし、いささか手狭だ。
この馬車で長らく旅を続けてきたが、ルナ一人用に作られているため、車内はあまり広くない。
実際ルナとカミーユは密着するかたちで詰め込まれていた。
カミーユが他の旅人の視線を恥ずかしがって幌を外すのを嫌がったので、中は見るからに暑苦しそうだ。
もう春も半ばに到っている。夏の跫音が響いてきそうな季節だ。
風もちょうどいい涼しさらしい。いや、不死者のズデンカはよくわからないのだが、さらには行き合う旅人や馭者の表情からそれとなく察した。
「蒸し暑いよー」
ルナが音を上げていた。幌で隠れて見えないが、心から参っているらしく思われた。
「ふん」
ズデンカはルナとカミーユがよろしくやっているのが気に食わない。
本来はルナと自分の二人旅だけだったところに、カミーユが割り込んできたのだから。
――だが。
ズデンカは正直揺れ動く部分もあった。旅をするうちにカミーユの性格も見えてきて、憎みきれなくなる。
さらに庇護欲というか守りたい気持ちも湧いてきて、頭の中に複雑な感情が溢れかえって堪らないのだった。
ズデンカの脳味噌はないはずだが。
「ズデンカさん……」
カミーユは弱々しい声をあげる。
「もうすぐクンデラだ、我慢しろ」
この都市は検問がない。ネルダは民主制なので、外から入ってくるものは厳しく取り締まるが中の通行は自由らしい。ズデンカが通過した経験のある百年ほど前にはちょっとした移動でもとやかく言われていた覚えがあるが。
ルナ一行を乗せた馬車も、入り口付近の広場に停まった。
「ふば、ふばばばぁ」
汗を流し、ぜいぜい息を荒くしながらルナは出てきた。
カミーユもふらつきながら馬車を降りてくる。
「思い知ったか」
先に馬車を降りて腕組みをして待ち構えていたズデンカは言った。
「何をだよ」
ルナが訊いた。
ズデンカは答えない代わりに、
「こいつをどうする」
馬の背中を軽く叩いた。
「うーんと、厩《うまや》でも借りて……」
と言ってルナは一瞬嫌な顔になった。
「どうした?」
ズデンカは見逃さなかった。
「いや、ちょっとね……厩では過去に、嫌な経験があってね……」
ルナは額の汗をハンカチで拭いた。暑いから出した汗ではなく、冷や汗のようだった。
――いつのことだ?
厩舎と交渉するのはほとんどズデンカの仕事だ。ルナが行ったことなどほぼ皆無なのに、何でこんな顔をするのだろう。
「はははははっ、何でもない何でもない! みんなで行くとしよう!」
ルナはあからさまな空元気で歩き出した。
カミーユもぐったりとなりながらその後を追う。
「大丈夫か」
「これぐらいでへこたれてられません……お祖母ちゃんに扱かれましたもん……」
カミーユは武術に長じたボレル家の出身者だ。
運動神経はなかなかのものだろう。精神的にはへこみやすいがズデンカは信じることにしてズデンカはルナの方に注意を注ぐことにした。
――今だって襲われるかもしれねえんだからな。
街中ほど危険なのだ。旧スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがどこで目を光らせているかわからない。
部下たちはほとんど退けたはずだが、肝心の本人はしばらく行方をくらませているのだ。
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツ一行は馬車に揺られてネルダ共和国の要衝とも言われる大都市クンデラ近くまでやってきていた。
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカの故郷であるゴルダヴァに到る鉄道が開かれているので向かうことにしたのだった。
オルランド国の兵士たちにラミュの国境付近まで運んで貰った馬車に、今ルナとナイフ投げカミーユ・ボレルが二人で乗っている。
しかし、いささか手狭だ。
この馬車で長らく旅を続けてきたが、ルナ一人用に作られているため、車内はあまり広くない。
実際ルナとカミーユは密着するかたちで詰め込まれていた。
カミーユが他の旅人の視線を恥ずかしがって幌を外すのを嫌がったので、中は見るからに暑苦しそうだ。
もう春も半ばに到っている。夏の跫音が響いてきそうな季節だ。
風もちょうどいい涼しさらしい。いや、不死者のズデンカはよくわからないのだが、さらには行き合う旅人や馭者の表情からそれとなく察した。
「蒸し暑いよー」
ルナが音を上げていた。幌で隠れて見えないが、心から参っているらしく思われた。
「ふん」
ズデンカはルナとカミーユがよろしくやっているのが気に食わない。
本来はルナと自分の二人旅だけだったところに、カミーユが割り込んできたのだから。
――だが。
ズデンカは正直揺れ動く部分もあった。旅をするうちにカミーユの性格も見えてきて、憎みきれなくなる。
さらに庇護欲というか守りたい気持ちも湧いてきて、頭の中に複雑な感情が溢れかえって堪らないのだった。
ズデンカの脳味噌はないはずだが。
「ズデンカさん……」
カミーユは弱々しい声をあげる。
「もうすぐクンデラだ、我慢しろ」
この都市は検問がない。ネルダは民主制なので、外から入ってくるものは厳しく取り締まるが中の通行は自由らしい。ズデンカが通過した経験のある百年ほど前にはちょっとした移動でもとやかく言われていた覚えがあるが。
ルナ一行を乗せた馬車も、入り口付近の広場に停まった。
「ふば、ふばばばぁ」
汗を流し、ぜいぜい息を荒くしながらルナは出てきた。
カミーユもふらつきながら馬車を降りてくる。
「思い知ったか」
先に馬車を降りて腕組みをして待ち構えていたズデンカは言った。
「何をだよ」
ルナが訊いた。
ズデンカは答えない代わりに、
「こいつをどうする」
馬の背中を軽く叩いた。
「うーんと、厩《うまや》でも借りて……」
と言ってルナは一瞬嫌な顔になった。
「どうした?」
ズデンカは見逃さなかった。
「いや、ちょっとね……厩では過去に、嫌な経験があってね……」
ルナは額の汗をハンカチで拭いた。暑いから出した汗ではなく、冷や汗のようだった。
――いつのことだ?
厩舎と交渉するのはほとんどズデンカの仕事だ。ルナが行ったことなどほぼ皆無なのに、何でこんな顔をするのだろう。
「はははははっ、何でもない何でもない! みんなで行くとしよう!」
ルナはあからさまな空元気で歩き出した。
カミーユもぐったりとなりながらその後を追う。
「大丈夫か」
「これぐらいでへこたれてられません……お祖母ちゃんに扱かれましたもん……」
カミーユは武術に長じたボレル家の出身者だ。
運動神経はなかなかのものだろう。精神的にはへこみやすいがズデンカは信じることにしてズデンカはルナの方に注意を注ぐことにした。
――今だって襲われるかもしれねえんだからな。
街中ほど危険なのだ。旧スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがどこで目を光らせているかわからない。
部下たちはほとんど退けたはずだが、肝心の本人はしばらく行方をくらませているのだ。
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