月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十話 蟻!蟻!(13)

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 雄と雌は互いの腹部を擦り付け合っていた。繋がった交尾器がはっきりと見える。

 雌のものは酒瓶の頭のようなかたちをしており、歪んだ線を描いて、細い雄の尖端を受け入れていた。

 女王は前脚を後ろに回し、雄を乱暴に押さえつけ、ずり落ちてしまわないようにしていた。

「何でこんなもん見せられなきゃならんのだ」

 ズデンカは呆れた。

「蟻だからだよ。交尾して子孫を残すのは、生物の本能だ」

 ルナは小気味よく言った。

「だが、こいつらは」

 ズデンカは蟻を見た。

「うん。増えると確実に多くの人を食い殺す」

「止めなきゃならねえ」

 ズデンカは拳を固めた。

「人を食い殺したい人は他にもいるよ」

 ルナはいたずらっぽく、チラリと後ろに視線を流した。

「ようやくボクの出番だね」

 大蟻喰が進み出た。

「殺すなよ」

 ズデンカは睨み付けた。そう言いながら厩の中を走り回って、息のありそうな作業員をルナの元へと寄せ集めていた。

「なんで? まあここの人たちは殺さない。だが早いか遅いかは別として、すべて殺す。それは決められていることなんだ」

 大蟻喰はズデンカの忠告に驚いてさえいるようだった。

「なら、あたしがお前を殺す」

「殺せるものならね」

 ズデンカが答えようとした刹那、大蟻喰は勢いよく走り出していた。

 交尾に熱中する巨大な女王蟻の交尾の動きで激しく揺れる背中へ飛び乗り、

「よっこいしょ」

 と腰を下ろす。

 にも関わらず女王も雄も気付いていないようだった。

「丸かじりにするのもありだけど」

 突然、大蟻喰は頭部を変化させた。黒い剛毛で覆われ、突き出したように鼻が長い獣の顔へ。

――鼻? いや、口か?

 ズデンカの距離からでは、それはどちらか見分けが付かない。

「あれが動物の大蟻喰だよ。本当の姿さ。知らんけど」

 ルナは言った。

「見たことのない獣だな」

 軽薄なルナの態度に腹を立てながらズデンカは答えた。

「まあ見ててごらん」

 鼻、と思われたところの先が二つにわかれて赤い舌が姿を現した。どうも、口が別にあるらしい。

 軋むような音を立て、蟻の甲殻が突き破られる。

 透明な液体が飛び散った。

「蟻には血がないからね。あれがその代わりだ」

 ルナが言う。

 それで気付いたのか女王は首を巡らし、脚を背中に回して大蟻喰を落とそうとした。

 だが、大蟻喰は舌を差し込んだまま身体を逆の方向へ曲げた。

 普通の人間なら骨が折れてしまう角度だ。だが、逆方向に手足を曲げながら、大蟻喰は蟻の脚を二本砕いていた。

「ブラヴォ! 見事なお手並みだ!」

 ルナは手を叩いた。

 大蟻喰は舌で蟻の髄を啜りながら、腕の長さを変化させて、雄を抱えているもう二本の脚を破壊した。

 脚を四本も失った女王は横たわりもがき始めた。

 雄が地面にずり落ちてそのまま無様にのたうちまわった。

 大蟻喰は出来うる限り女王の体液を吸い尽くし、舐めつくした。身体中に浴びて、びしょ濡れになりながら。

 そのうち女王も痙攣すらしなくなり、すっかり動きを止めた。

 全てはあっけなく終わったのだ。

 大蟻喰は下に降りて人間の顔に戻り、雄の前脚を気軽に踏みつけると首を捻って殺した。

 躊躇せずに。

 先ほど対峙したとき、戦うか迷ったズデンカは自分が臆病に思えてきた。

 大蟻食はといえば、そのまま美味しそうに蟻を囓っていた。
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