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第一部
第三十一話 いいですよ、わたしの天使(6)
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相変わらず、ファキイルは無口だった。
「何かいいもの見付けたか」
フランツは聞いた。取り敢えず情報は交換しておく方がいいからだ。
「この街には天使がいる」
「像を見たんだな」
「うむ」
「なんか感想はあるか? あれはお前に似てるんじゃないか」
フランツは言った。もちろん冗談のつもりだ。
「そうか。似ているのか」
ファキイルは素直に頷いていた。
「いや、否定しろよ」
フランツは苦笑した。
「構わない。我はどちらでもいい」
ファキイルは平然としていた。
「そうか」
フランツにもファキイルの相槌が伝染っていた。
「実は小さな女の子がいてな」
「お前に娘がいたのか」
ファキイルは平然と言った。
「違う。ちょっと事件があって、知り合いになったんだが」
フランツは己の頬が火照るのがわかった。
「我と何か関わりがあるのか」
「お前とは同じぐらいの背丈だからな。今家の中にはオドラデクしかいない。あいつは人を恐がらせる。俺は今から買い物にいくから、相手をしていてくれないか?」
と後ろに見えるウジェーヌの家を指差して言った。
「わかった」
ファキイルはとぼとぼと足どり遅く歩き出した。
――飛ぶのは一瞬だろうが。
と考えながらフランツはその後ろ姿を見送った。
後は手短に買い物を済ませればよかったが、この時間帯だ。開いている店はほとんど見当たらなかった。
扉を閉ざしていたパン屋の店主が勘定台で船を漕いでいるのを窓越しに見、叩き起こして無理を言い、売れ残りのパンを安値で買った。
さて、それでも一時間は掛かってしまった。フランツは不安になる。
恐る恐る扉を開いてみると、中の気温は上がっていた。
それもそのはず、何年も放置された古いストーヴが赤々と燃えているのだ。
「誰がやったんだ」
「ファキイルさんですよ」
椅子を二つ並べた上で寝っ転がりながらオドラデクが言った。
「お前、そんなことも出来るのか」
「オドラデクに言われたのでな」
一瞬フランツはオドラデクを睨んだ。
ファキイルはクロエと向き合っていた。クロエは先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子を見せている。
「凄いな」
フランツは素直に感心していた。普段の無愛想さからこんなことが出来るとはとても思えなかったからだ。
「凄くはない」
とファキイルは謙遜する様子もなく言ってのけると両端を結んだ紐を両指に掛けて蜘蛛の巣のようなかたちにしていた。クロエは不器用ながらそれを引っ張って別の形を作ろうとしている。
「それはなんだ」
「あれ、フランツさん、あやとり知らないんですかぁ?」
「知らん」
オドラデクに馬鹿にされて、フランツは恥ずかしくなった。
「紐を使って、もののかたちを作る遊びですよ。まあ地域によってマイナーだったりしますけどね」
フランツは同年代の子供とあまり交わらないで育った。
確かに収容所に入れられていた頃は、同い年の子供の友達もいたが、皆がりがりに痩せていて、物すら与えられないので遊ぶ余裕がなかったのだ。
「端から見てたんですけど、ファキイルさん実に上手いですよ。伊達に千年も生きていないですね」
「旅人から教わった」
ファキイルは手短に答えた。
あやとりを教えて貰いながら、クロエはだんだん目を擦り始めた。
眠そうにしているのだ。
「大変だ!」
フランツはベッドを探し始めた。
「あれあれ、甲斐甲斐しいことで」
オドラデクは嘲笑った。
「何かいいもの見付けたか」
フランツは聞いた。取り敢えず情報は交換しておく方がいいからだ。
「この街には天使がいる」
「像を見たんだな」
「うむ」
「なんか感想はあるか? あれはお前に似てるんじゃないか」
フランツは言った。もちろん冗談のつもりだ。
「そうか。似ているのか」
ファキイルは素直に頷いていた。
「いや、否定しろよ」
フランツは苦笑した。
「構わない。我はどちらでもいい」
ファキイルは平然としていた。
「そうか」
フランツにもファキイルの相槌が伝染っていた。
「実は小さな女の子がいてな」
「お前に娘がいたのか」
ファキイルは平然と言った。
「違う。ちょっと事件があって、知り合いになったんだが」
フランツは己の頬が火照るのがわかった。
「我と何か関わりがあるのか」
「お前とは同じぐらいの背丈だからな。今家の中にはオドラデクしかいない。あいつは人を恐がらせる。俺は今から買い物にいくから、相手をしていてくれないか?」
と後ろに見えるウジェーヌの家を指差して言った。
「わかった」
ファキイルはとぼとぼと足どり遅く歩き出した。
――飛ぶのは一瞬だろうが。
と考えながらフランツはその後ろ姿を見送った。
後は手短に買い物を済ませればよかったが、この時間帯だ。開いている店はほとんど見当たらなかった。
扉を閉ざしていたパン屋の店主が勘定台で船を漕いでいるのを窓越しに見、叩き起こして無理を言い、売れ残りのパンを安値で買った。
さて、それでも一時間は掛かってしまった。フランツは不安になる。
恐る恐る扉を開いてみると、中の気温は上がっていた。
それもそのはず、何年も放置された古いストーヴが赤々と燃えているのだ。
「誰がやったんだ」
「ファキイルさんですよ」
椅子を二つ並べた上で寝っ転がりながらオドラデクが言った。
「お前、そんなことも出来るのか」
「オドラデクに言われたのでな」
一瞬フランツはオドラデクを睨んだ。
ファキイルはクロエと向き合っていた。クロエは先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子を見せている。
「凄いな」
フランツは素直に感心していた。普段の無愛想さからこんなことが出来るとはとても思えなかったからだ。
「凄くはない」
とファキイルは謙遜する様子もなく言ってのけると両端を結んだ紐を両指に掛けて蜘蛛の巣のようなかたちにしていた。クロエは不器用ながらそれを引っ張って別の形を作ろうとしている。
「それはなんだ」
「あれ、フランツさん、あやとり知らないんですかぁ?」
「知らん」
オドラデクに馬鹿にされて、フランツは恥ずかしくなった。
「紐を使って、もののかたちを作る遊びですよ。まあ地域によってマイナーだったりしますけどね」
フランツは同年代の子供とあまり交わらないで育った。
確かに収容所に入れられていた頃は、同い年の子供の友達もいたが、皆がりがりに痩せていて、物すら与えられないので遊ぶ余裕がなかったのだ。
「端から見てたんですけど、ファキイルさん実に上手いですよ。伊達に千年も生きていないですね」
「旅人から教わった」
ファキイルは手短に答えた。
あやとりを教えて貰いながら、クロエはだんだん目を擦り始めた。
眠そうにしているのだ。
「大変だ!」
フランツはベッドを探し始めた。
「あれあれ、甲斐甲斐しいことで」
オドラデクは嘲笑った。
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