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第一部
第三十二話 母斑(8)
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「そんなことありませんわ……私はちゃんと生まれてから今までの記憶を……」
エルフリーデはそこまで言いながら、突然手で顔を蔽った。
「言わないで」
ルナは優しくその耳元で囁く。
「きっと辛いことを思い出させてしまうから」
エルフリーデは黙った。
「さて、どうするか。あえて置いておくことも出来るでしょう。でも、身体の持ち主のエルフリーデさんには旦那さんがいるし、もう一人のエルフリーデさんの苦しみを拡げてもいけない……」
ルナは迷うように首をクイッと動かした。
「お前の幻想を使えばいいじゃねえか」
「なるほど、その手があったかぁー!」
ルナはわざとらしくぽんと掌を打ち付けた。
「はあ」
ズデンカはため息を吐いた。
「でも、その前に確認を取らないとね」
ルナは指を一本立てて上唇に当てた。
――すかしてやがる。
ズデンカは言葉には出さず毒突いた。
「エルフリーデさん、あなたの苦しみを解消できるかも知れませんよ」
「どういう……風に」
エルフリーデは顔を隠したまま、苦しげに言った。
「わたしは幻想を使ってこの手帳に文字を書くことが出来ます。あなたが幻から生まれた存在なら、必ずその姿はインクになる。ヒュルゼンベックさんの奥様のエルフリーデさんの身体から出してあげることもできますよ。ただその代わりわたしの手帳の中で暮らして貰うことになりますけどね」
ルナは手帳を開いては閉じを繰り返した。
「お願いします。頭の中で色んな感情が渦巻いて、いてもたってもいられなくなりますもの……」
エルフリーデは呻きながら言った。
「わかりました」
ルナはさらさらと鴉の羽ペンで手帳に書き付けていった。
すると、エルフリーデの額の右側にあった母斑《あざ》が崩れるように消えて行くではないか。
「はぁ……はぁ」
エルフリーデは激しく喘いで、その場に転びそうになった。
「危ない」
ヒュルゼンベックが急いでそれを受け止める。そのままベンチへ寝かせた。
「なるほど、よくわかりました」
手帳に書き付けられた内容をルナは何度も吟味していた。
「結局、やつは何者だったんだ」
ズデンカは要点を訊いた。
「エルフリーデさんの語っていた人生に間違いはないよ。ただ彼女が生きたのは五十年前――スワスティカも台頭してくる前だねー――のことだった」
「あ?」
ズデンカは舌打ち混じりに言った。
「母斑《あざ》を持って生まれたエルフリーデさんに世間は辛く当たった。でも良い家に生まれたからか、高級娼婦としてカザック各地を周り、いかがわしい催しごとに呼ばれてお金を稼いでいたようだ。で、約五十年後、ヒュルゼンベックさんが招かれることになる、とあるお屋敷へ足を踏み入れた。首都ハイムにあるようだね」
ルナは手帳を見返しながら語った。
「それで、どうしたんだ?」
ズデンカは先を急かした。
「あまり詳しく説明したくないな。早い話、エルフリーデさんは殺された。それも無惨な殺され方だったらしい。エルフリーデさんが家族と縁を切っているので、残虐なことが趣味な貴族連中にとっては生け贄として格好だった。それでおそらく……」
ルナは言い惑った。
「早く言えよ」
「行為がおこなわれている間、映し出すように掛けてあったのが、例のヒュルゼンベックさんが奥方のエルフリーデさんと知り合うきっかけになった鏡だったようだ。血がそこに飛び散ったらしい」
ルナは黙った。
エルフリーデはそこまで言いながら、突然手で顔を蔽った。
「言わないで」
ルナは優しくその耳元で囁く。
「きっと辛いことを思い出させてしまうから」
エルフリーデは黙った。
「さて、どうするか。あえて置いておくことも出来るでしょう。でも、身体の持ち主のエルフリーデさんには旦那さんがいるし、もう一人のエルフリーデさんの苦しみを拡げてもいけない……」
ルナは迷うように首をクイッと動かした。
「お前の幻想を使えばいいじゃねえか」
「なるほど、その手があったかぁー!」
ルナはわざとらしくぽんと掌を打ち付けた。
「はあ」
ズデンカはため息を吐いた。
「でも、その前に確認を取らないとね」
ルナは指を一本立てて上唇に当てた。
――すかしてやがる。
ズデンカは言葉には出さず毒突いた。
「エルフリーデさん、あなたの苦しみを解消できるかも知れませんよ」
「どういう……風に」
エルフリーデは顔を隠したまま、苦しげに言った。
「わたしは幻想を使ってこの手帳に文字を書くことが出来ます。あなたが幻から生まれた存在なら、必ずその姿はインクになる。ヒュルゼンベックさんの奥様のエルフリーデさんの身体から出してあげることもできますよ。ただその代わりわたしの手帳の中で暮らして貰うことになりますけどね」
ルナは手帳を開いては閉じを繰り返した。
「お願いします。頭の中で色んな感情が渦巻いて、いてもたってもいられなくなりますもの……」
エルフリーデは呻きながら言った。
「わかりました」
ルナはさらさらと鴉の羽ペンで手帳に書き付けていった。
すると、エルフリーデの額の右側にあった母斑《あざ》が崩れるように消えて行くではないか。
「はぁ……はぁ」
エルフリーデは激しく喘いで、その場に転びそうになった。
「危ない」
ヒュルゼンベックが急いでそれを受け止める。そのままベンチへ寝かせた。
「なるほど、よくわかりました」
手帳に書き付けられた内容をルナは何度も吟味していた。
「結局、やつは何者だったんだ」
ズデンカは要点を訊いた。
「エルフリーデさんの語っていた人生に間違いはないよ。ただ彼女が生きたのは五十年前――スワスティカも台頭してくる前だねー――のことだった」
「あ?」
ズデンカは舌打ち混じりに言った。
「母斑《あざ》を持って生まれたエルフリーデさんに世間は辛く当たった。でも良い家に生まれたからか、高級娼婦としてカザック各地を周り、いかがわしい催しごとに呼ばれてお金を稼いでいたようだ。で、約五十年後、ヒュルゼンベックさんが招かれることになる、とあるお屋敷へ足を踏み入れた。首都ハイムにあるようだね」
ルナは手帳を見返しながら語った。
「それで、どうしたんだ?」
ズデンカは先を急かした。
「あまり詳しく説明したくないな。早い話、エルフリーデさんは殺された。それも無惨な殺され方だったらしい。エルフリーデさんが家族と縁を切っているので、残虐なことが趣味な貴族連中にとっては生け贄として格好だった。それでおそらく……」
ルナは言い惑った。
「早く言えよ」
「行為がおこなわれている間、映し出すように掛けてあったのが、例のヒュルゼンベックさんが奥方のエルフリーデさんと知り合うきっかけになった鏡だったようだ。血がそこに飛び散ったらしい」
ルナは黙った。
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