367 / 541
第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (5)
しおりを挟む
――病原菌を持った虫に噛まれでもしたらどうするんだ。
と言葉にしかけたところで、フランツは止めた。
オドラデクは人間ではないのだ。だから、何をしたって普通は死なない。
まさか、少しでも人間に――年の近い友達に感じ始めているのかと思うと、フランツは嫌な気分になった。
「ないなあ!」
オドラデクが顔を上げた。オリーブの葉っぱが貼り付きまくっていた。
「馬鹿か」
フランツは笑った。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに軽くなる。
「フランツさんも一緒に探してくださいよぉ!」
オドラデクは怒鳴った。
「別に俺は興味ないしな」
そう言ってフランツは歩き出した。
「ああっ! フランツさぁん!」
オドラデクの悲痛な叫びが木魂するが、フランツは無視を決め込んだ。
だが、結果として見付けたのはフランツだった。
把手《とって》がついた巨大な輪っかがシロツメクサを押し潰しながら置かれていたのだ。
その横には輪っかを越える巨大な盥があり、石鹸水がなみなみと満たされていた。
「何だこれは……」
フランツは足を止めた。
巨大なシャボン玉はまだ空中を漂っている。つまり、ついさっきまでここでシャボン玉を作っていた当人がいるはずなのだ。
「うわぁ、フランツさんのお手柄ですねぇ」
オドラデクはすぐに聞きつけて笑顔で駈け寄ってきた。
「ただ、そこにあっただけなんだが」
フランツは不満だった。
オドラデクは断りもせず、把手を握って輪を持ち、石鹸水にどぶんとつけていた。
「やめろ」
フランツは止めたが後の祭りだ。
石鹸の膜が貼られた輪っかを手にして、オドラデクは軽々と駆け回った。
すると、膜が空気で楕円形に膨らみ、やがてそこからちぎれて丸い球体へ形を整え、空へ浮かび上がった。
「えっへん! どうでしょうか。上手く作れたじゃあないですか」
オドラデクは立ち止まって輪っかを下ろし、自慢げに言った。
「だからどうしたと言うんだ」
フランツは少年時代を収容所で過ごした。その後もシャボン玉で遊ぶなどといった子供らしい遊びをしたことがない。
興味すら感じない。
「楽しいじゃないですか。綺麗な丸い玉を作れたときの達成感は段違い! 幸せな気分になりますよ」
「わからん」
フランツは首を傾げた。
「フランツさんもやってみなさい!」
と輪っかを押し付けられた。
「はぁ」
フランツはしばらく立ったままだったが、輪っかを宙に向けながらゆっくり歩き出した。
「走らなきゃ! もっと走らなきゃいけませんよぉ」
オドラデクは口に両手を当てて大声で叫んだ。
「うるさい」
そうは言いながらフランツは少し速度を上げた。
すると、また小さな球体が輪っかから生み出されては空に飛んでいった。
「小さいですねぇ!」
オドラデクはからかった。
「そりゃお前がたっぷり石鹸をつけてやったんだ、小さくもなるだろ」
フランツは口とは裏腹に悔しかった。
「へへんだ。じゃあ、たっぷりつけた上でやってみなさいよぉ!」
「おう、やってやる」
フランツは意気込んで盥まで歩いていき、石鹸水をたっぷり輪っかに漬けた。
そして、勢いよく走りだした。先ほどよりは大きめなシャボン玉が数多く生まれた。
「どうだ!」
フランツは叫んだ。
「甘い甘い」
オドラデクは空を指差した。
「ぼくの作ったシャボン玉は、そんな小さいもんじゃないですよ。まだ浮かび続けてますしねぇ」
「何だとぉ」
すっかりやる気になったフランツがまた盥まで歩いていこうとしたその時だ。
「勝手に俺のものを使うな!」
怒りに満ちた声が轟いた。
と言葉にしかけたところで、フランツは止めた。
オドラデクは人間ではないのだ。だから、何をしたって普通は死なない。
まさか、少しでも人間に――年の近い友達に感じ始めているのかと思うと、フランツは嫌な気分になった。
「ないなあ!」
オドラデクが顔を上げた。オリーブの葉っぱが貼り付きまくっていた。
「馬鹿か」
フランツは笑った。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに軽くなる。
「フランツさんも一緒に探してくださいよぉ!」
オドラデクは怒鳴った。
「別に俺は興味ないしな」
そう言ってフランツは歩き出した。
「ああっ! フランツさぁん!」
オドラデクの悲痛な叫びが木魂するが、フランツは無視を決め込んだ。
だが、結果として見付けたのはフランツだった。
把手《とって》がついた巨大な輪っかがシロツメクサを押し潰しながら置かれていたのだ。
その横には輪っかを越える巨大な盥があり、石鹸水がなみなみと満たされていた。
「何だこれは……」
フランツは足を止めた。
巨大なシャボン玉はまだ空中を漂っている。つまり、ついさっきまでここでシャボン玉を作っていた当人がいるはずなのだ。
「うわぁ、フランツさんのお手柄ですねぇ」
オドラデクはすぐに聞きつけて笑顔で駈け寄ってきた。
「ただ、そこにあっただけなんだが」
フランツは不満だった。
オドラデクは断りもせず、把手を握って輪を持ち、石鹸水にどぶんとつけていた。
「やめろ」
フランツは止めたが後の祭りだ。
石鹸の膜が貼られた輪っかを手にして、オドラデクは軽々と駆け回った。
すると、膜が空気で楕円形に膨らみ、やがてそこからちぎれて丸い球体へ形を整え、空へ浮かび上がった。
「えっへん! どうでしょうか。上手く作れたじゃあないですか」
オドラデクは立ち止まって輪っかを下ろし、自慢げに言った。
「だからどうしたと言うんだ」
フランツは少年時代を収容所で過ごした。その後もシャボン玉で遊ぶなどといった子供らしい遊びをしたことがない。
興味すら感じない。
「楽しいじゃないですか。綺麗な丸い玉を作れたときの達成感は段違い! 幸せな気分になりますよ」
「わからん」
フランツは首を傾げた。
「フランツさんもやってみなさい!」
と輪っかを押し付けられた。
「はぁ」
フランツはしばらく立ったままだったが、輪っかを宙に向けながらゆっくり歩き出した。
「走らなきゃ! もっと走らなきゃいけませんよぉ」
オドラデクは口に両手を当てて大声で叫んだ。
「うるさい」
そうは言いながらフランツは少し速度を上げた。
すると、また小さな球体が輪っかから生み出されては空に飛んでいった。
「小さいですねぇ!」
オドラデクはからかった。
「そりゃお前がたっぷり石鹸をつけてやったんだ、小さくもなるだろ」
フランツは口とは裏腹に悔しかった。
「へへんだ。じゃあ、たっぷりつけた上でやってみなさいよぉ!」
「おう、やってやる」
フランツは意気込んで盥まで歩いていき、石鹸水をたっぷり輪っかに漬けた。
そして、勢いよく走りだした。先ほどよりは大きめなシャボン玉が数多く生まれた。
「どうだ!」
フランツは叫んだ。
「甘い甘い」
オドラデクは空を指差した。
「ぼくの作ったシャボン玉は、そんな小さいもんじゃないですよ。まだ浮かび続けてますしねぇ」
「何だとぉ」
すっかりやる気になったフランツがまた盥まで歩いていこうとしたその時だ。
「勝手に俺のものを使うな!」
怒りに満ちた声が轟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
第1王子だった私は、弟に殺され、アンデットになってしまった
竹桜
ファンタジー
第1王子だった主人公は、王になりたい弟に後ろから刺され、死んでしまった。
だが、主人公は、アンデットになってしまったのだ。
主人公は、生きるために、ダンジョンを出ることを決心し、ダンジョンをクリアするために、下に向かって降りはじめた。
そして、ダンジョンをクリアした主人公は、突然意識を失った。
次に気がつくと、伝説の魔物、シャドーナイトになっていたのだ。
これは、アンデットになってしまった主人公が、人間では無い者達と幸せになる物語。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる